山田太一が死んだ――『飛ぶ夢をしばらく見ない』(山田太一)(2)

『飛ぶ夢をしばらく見ない』は、女が会うたびに若返っていく、ということを除けば、他はシリアスな話だ。
 
そう思いつつ読んだが、しかし女の若返りも含めて、じつはすべてがシリアスな話だとすれば、どうか。
 
何を言っているのか、分からないと思う。では、具体的に考えてみよう。
 
山田太一は助監督のころから、将来妻になる女性と付き合っていた。

書くものには、そういう女性との色っぽい話は、ほとんどないが、『その時あの時の今―私記テレビドラマ50年―』には、20代の失敗談として、その女性との話が出てくる。
 
木下恵介監督の下についたとき、夜、ロケ地を抜け出して、その女性と一晩を過ごし、こっそり帰ってきたのだ。

それは先輩の助監督に見つかって、叱責を食らうが、木下恵介監督は不問に付す。そういう失敗談のエッセイなのだ。

山田太一とその女性は、結婚する前から惚れ合って、身も心も結ばれていた。
 
そして時は流れて、50歳をいくらか超えたとき、ある夜、ふと妻の寝顔を見る。その顔を見たとき、山田太一は驚く。30歳を出たばかりの顔に、戻っているのだ。
 
起きてからの会話。

「君は寝ている顔がきれいだね」
「どういうこと?」
「とても50歳には見えない。せいぜい30歳すぎにしか見えない」
「それは、ありがとう。でもそう言われても、素直に喜ぶ気にはなれないわね。なんか突拍子もなくて」
「でも、本当だよ。君が起きてなくて、眠っているのは残念だ」
「はいはい。それよりも、今日の予定の確認はしたの」
 
山田太一は本当のことを言っているのだが、妻はなかなか本気と取らない。
 
それから数カ月たって、また徹夜明けに妻の顔を見る。何と今度は、20歳すぎに見える。
 
しばらくその顔を見ていると、妻は突然、目をつぶったまま、にっこり笑った。夢を見ているのだ。
 
何だか奇蹟のような瞬間で、ああ、この顔にさわりたい、いっそキスしたい、と思う。
 
しかし、妻の寝顔が20歳すぎの顔だったので、それに触ってキスをした、などと言っては、いかに妻とはいえ、不審者を見る目になるだろう。認知症のはじまりか、と。これ以後は、寝室を別にするとも言い出しかねない。
 
山田太一は、寝顔に触りたいという衝動を必死にこらえ、その顔を見ていたにちがいない。
 
そのとき、天啓が下ったのだ。この女の得も言われぬ美しさは、自分一人のものだ。妻自身にさえも分かっていない。しかしそれを、逆転させる手がある。それが、『飛ぶ夢をしばらく見ない』を執筆することだった。
 
そしてまた、第二の天啓がやってくる。女が30代から20代へと若返っていくなら、その先はどうなる。こうして最後は、幼女になって人ごみに紛れて消える、という決定的な場面を得たのだ。

(『飛ぶ夢をしばらく見ない』山田太一、
 新潮社、1985年11月20日初刷、1986年8月15日第8刷)

山田太一が死んだ――『飛ぶ夢をしばらく見ない』(山田太一)(1)

山田太一のエッセイ集『その時あの時の今―私記テレビドラマ50年―』を読みながら、山田太一の全集ができないものか、できたら面白い、とブログに書いた。
 
それから少し経って、山田太一が死んだ。11月29日のことだ。
 
山田太一の全集といえば、『飛ぶ夢をしばらく見ない』が、諸作品の中心に来ることになる。私はそう思っている。
 
とはいえ37年前に読んだ本で、よく覚えているつもりだが、念のためにもう一度読んでおこう、と思って読みだしたのが、11月29日だった。
 
こんなことってあるんだ。もちろん、しょっちゅうではないにせよ、あることはある。それは当然だ。
 
山田太一が、この世におさらばするときに、ふと見れば夜中に、『飛ぶ夢をしばらく見ない』を開いているのが見える。一声掛けとこうか、となるんじゃないか? ならないか。
 
とにかく私は、そういうふうに感じた。
 
これは1人称の「私」が、1人の女、それも徐々に若返っていく女と、付き合う話だ。
 
そういうと、ファンタジーだと思う人が出て来そうだが、厳密にはそうではない。67歳から徐々に若返っていく女、以外のところは、徹底してリアリズムなのだ。
 
37年前に読んだときは、ただ圧倒されて、強烈なファンタジーとしてしか覚えていなかった。
 
今度読んだときは、女が妖精のようである以外は、徹底したリアリズムで、これはこれで圧倒された。
 
そのリアリズムは、そぎ落とした、彫刻のような文章で、しかしレーモン・ラディゲのように、静止した文体ではない。彫刻刀で言葉を彫って、それが動き始めるのだ。
 
一つ、例を引く。

冒頭、「私」が入院している病院で、女がひょんなことから同室になる。2人の間はカーテンで仕切られていて、顔を見ることはできない。

「しかし、女の声は明るかった。私もつられておしゃべりになる。
『今日の私は、何処〔どこ〕か気取ったところがあって、こともあろうに詩を誦んだり』
『いけません?』
『きっと、あとで声が出るでしょう』
『どうして?』
『羞ずかしくて』
『何故いけないかしら?』
『似合わない』
『そうかしら? お声だけ聞いていると、ちっともそうな風には思えないわ』」
 
カーテンで仕切られたまま、2人はとめどなく話し、とうとう言葉だけで性交してしまう。「私」は、ティシューの中に射精した。
 
翌日、看護婦が、間にあるカーテンを乱暴に剝ぎ、女は白髪の老婆であることが分かる。

「私」にはどうしようもない、行き場のないやりきれなさだけが残る。
 
しばらくして、女は会社に電話を架けてくる。「私」は、会うつもりはない。なにしろ70歳くらいの老婆だから。
 
けれども女は突然、現れる。すでに老婆ではなく、ふくよかな中年女として。「私」はそこで初めて、生身の女を愛〔いつく〕しみ、性行為に没頭する。
 
その後、何度か、女は「私」の前に現われるが、そのたびに若返り、その度に心行くまで性行為を愉しむ。
 
最後に「私」の前に現われたときは、4,5歳の幼女だった。しかしもちろん、中身は67歳の老婆なのだ。
 
女が童女であれば、直接の性交はできない。「私」はひたすら性器を舐め、女はどこまでも、そういうことをさせて満足する。
 
そして最後、幼女は人ごみに紛れて消えていく。
 
やはり中心は、一編のファンタジーなのだが、今回読み終わったときには、なぜこういう作品を書いたのか、ということが疑問として強烈に残った。
 
それがいつまでも頭を去らず、そして4,5日たつうちに、正解の尻尾らしきものを捉まえた。

説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(7)

本書はインドのカーストと、ナチスのユダヤ人迫害と、アフリカ系アメリカ人の人種差別を、同列に並べて論じている。アメリカの黒人(アフリカ系アメリカ人)差別は、単なる差別というよりは、あとの2つ、カーストとユダヤ人迫害に匹敵するものだ。その2つと比べることによって、アメリカの人種差別が、世界で類を見ないほどになっていることが分かる。

秋元由紀は、「訳者あとがき」でこう記す。

「よく知られている二〇一四年のマイケル・ブラウンさんの射殺事件や二〇二〇年のジョージ・フロイドさんの窒息死事件など、丸腰のアフリカ系アメリカ人が正当な理由なく警官に殺され、多くの場合その警官が起訴さえされない事件が大きく取り上げられるようになったことを通じ、米国でも、アフリカ系アメリカ人が直面しているのは単なる突発的な差別的行為ではなく、社会の隅々にまで浸透しているレイシズムであるという認識が、アフリカ系アメリカ人以外の人のあいだにもかなり広まった。」
 
そういうことはあるかもしれない。こうして本にすることによって、あらためてアメリカ全体で起こっていることに、愕然と気づくということがあるかもしれない。黒人が警官に射殺されたり、馬乗りになって窒息させられることは、「単なる突発的な差別的行為」ではないことがよく分かるから。
 
しかしそういうことを、インドのカーストやユダヤ人の殲滅と、同列に論じることは、私には強い違和感がある。
 
それを同列におくことは、むしろその由来と、それぞれの特殊な成り立ちを、無視するものではないか。

1冊の書評としては長くなるので、これ以上は書かないが、この3つの中ではインドのカーストが、もっとも複雑で分からないものである。差別の構造が現に今あるのに、それがよく分からない、とはどういうことか。

少し前にこのブログで取り上げた、『インド―グローバル・サウスの超大国―』でも、インドのカーストについては、日本人には複雑で分からないから、触れない方がいいだろう、という結論だった(それがいいかどうかは分からない、と私は思うが)。

もう一つ、この本の編集について、言っておきたいことがある。
 
これはほとんど編集をしていない本である。仮に編集者が読んで難しいと思っても、それを著者と議論することなく、原則として著者の原稿どおり、としてすませてある本だ。
 
例えばこういうところ。著者がデトロイトに着いて、シャトルバスに乗るとき、2人の麻薬取調官に、付きまとわれる場面だ。

「わたしに起きたことは、ほぼどんな人でも最悪の面が引き出されてしまう乗り物で旅するときに人が被りうるもっともひどい出来事とは到底言えない。」
 
こういう文章を、そのまま残してあるのだから、バッカじゃないか。よほどじっくり読めばわかるが、大部の本を読んでいるときは、時間がかかり、不愉快である。こういうものが、全体の約1割ある。
 
編集者は、ここはこういうことですね、と大意を要約したのち、すっきり言い換えないといけない。
 
もう一つは、いくつかの語彙については、訳注をつけてほしい。これはどのくらい付けるかで、編集者が、どの程度の読者を狙っているかが分かって面白い。
 
この本に関して言えば、編集者は具体的な読者を思い浮かべていない。

例を挙げる。

「バラモンスプレイニング」「マンスプレイニング」「ホワイトスプレイニング」、あるいは「フレンチツイスト」、あるいは「レッドライニング」「制限約款」。いずれもコンピュータで簡単に分かるが、本を読んでいるときに、コンピュータで検索はしない。こういうところが、あちこちに散見する。
 
え、「フレンチツイスト」くらい分かるだろうって。このヘアスタイルの女性が、岩波の本の読者になるとは、ちょっと考えられないので。
 
よく「あとがき」に、お世話になった人は多いが、文章の最終責任は著者一人にある、と書いてある。そういうことを言わせるためには、編集者の十全の努力がいるのだ。これは編集者が、著者に書かせている言葉なのだ。

そういうことを含めて、本文、目次、装幀、紙質、装本の、全体の最終責任は、編集者が執るべきものなのだ。

(『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』イザベル・ウィルカーソン、
 秋元由紀・訳、岩波書店、2022年9月6日初刷)

説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(6)

2042年には、白人は多数派ではなくなるという、国勢調査の予測が出た。これは白人にとっては、恐ろしいことだった。
 
その前哨戦として2008年には、黒人であるオバマが大統領になった。

私のように日本から見ていれば、アメリカも少しずつ変わっていくんだなあ、ですむけれど、アメリカ国内では激震が走った。

「オバマの政敵たちは〔中略〕大統領とファーストレイディをサルとして描いた。反対派の集会では、人びとは銃を見せびらかし、『オバマに死を』と書かれたプラカードを掲げた。」
 
バラク・オバマとミシェル・オバマは、文字通り命懸けだったのだ。しかしこんなプラカードを公けにされて、取り締まれないことの方が問題だ。
 
それにしてもアメリカの白人は、徹底的に病んでいる。

「二期目の二〇一五年には、警察が丸腰のアフリカ系アメリカ人を殺す割合は白人アメリカ人を殺す割合の五倍になっていた。この傾向によって、警察による殺害はアフリカ系アメリカ人の若い男性や少年の主な死因の一つになり、若い黒人男性や少年の一〇〇〇人に一人がこのような事件で亡くなった。」
 
こういうことが、当時からわかっていたとすれば、何とかしなければいけなかったと思うが……。でもたぶん分かっていて、どうにもできなかったんだろう。取り締まるべき警察が元凶なんだから。
 
この章の最後に、こんなことが出ている。
 
2012年11月、オバマが再選を果たした翌日のことだ。

「フロリダ州南部では、六十四歳の悩める男性がこの上なく極端な行動に出た。警察によれば、キーウェストで日焼けサロンを経営していたヘンリー・ハミルトンというこの男性は、選挙の前に友人たちにこういっていた。『バラクが再選されたら、俺はもうこの世にはいない』。ハミルトンはそのとおりにした。遺体は選挙結果が判明してから一日半後に自宅のコンドミニアムで見つかり、ダイニングルームには空になった処方薬の瓶が二つ残っていた。」
 
これはこれで言葉がない。しかしそれでも、この男に生きているうちに会ったなら、と考えると……やはり掛ける言葉はないか。
 
ある学者はこう書く。

「アメリカの福音派が、他のキリスト教徒や他の宗教組織、また無信仰の人ともっとも区別される点は、神学ではなく政治である。二十世紀を通じて、福音派の連合は神学、白人性、保守派政治を絡み合わせた……二十一世紀初めに福音派を自称することは、銃を持つ権利や合法な中絶の廃止や低い税金を支持していることの合図となる。」
 
宗教が、これらの政治目標を支える基盤となっている。そうすると著者が、これは「カースト」であるということも、理解できる気がする。
 
この学者は、さらに続けて書く。

「自分が福音派の白人であると考えている人たちは、個人的な信仰心に関係なく『白人のプロテスタントの国家を擁護するためにトランプのもとに団結した。〔中略〕ゲイの権利の勝利、合法な妊娠中絶の永続、バラク・オバマの当選は、かれらにとって、かつて自分たちが知っていたアメリカのために闘う必要があるとの合図になった。』」
 
アメリカの白人は何代にもわたって、アフリカ系アメリカ人を差別し、虐待し、虐殺してきた。それが怯えの源泉である、と著者は言う。
 
その上、2042年には、白人は少数に追いやられ、現在持っている富や、社会的地位も失われるかもしれない。
 
それが垣間見えたのが、オバマ大統領の2期8年間だった。そういうふうに考えると、トランプがなぜ大統領になれたかが分かる、とイザベル・ウィルカーソンは言う。

説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(5)

そして次は、イザベル・ウィルカーソン自身の話だ。
 
イザベルは早朝の便で、シカゴからデトロイトに着いたばかりだった。その日は『ニューヨーク・タイムズ』の記者として、取材をすることになっていた。
 
空港でシャトルバスを待っているとき、突然、白人男性と白人女性に話しかけられた。

「なぜデトロイトにいるのですか? 何をしに来ました?」
 
そこから始まって、しつこく延々と聞いてくる。2人の白人は、麻薬取締局(DEA)の人間だった。どうしてDEAの人間が?
 
イザベルはともかく、自分一人のせいでバスを待たせているので、必要なことを一気に伝えた。

「シカゴに住んでいて、今日は日帰りです。『ニューヨーク・タイムズ』の記者です。バスに乗らないと」。
 
しかし2人は、去っていかない。

「バスに乗るのは認めます。一緒に乗らせてもらいますが」。
 
まるで不条理小説だ。

「他の乗客はわたしを、それから捜査員を、そしてまたわたしを睨んだ。わたしは事態がまったく信じられず、あまりのショックに恐怖も感じなかった。捜査員だけでなく、軽蔑とさげすみの目を向けるバスの乗客全員からとがめられ、責められながらそこに坐っているのは、精神的暴力を受けているようだった。」
 
もし突然こんなことが起これば、誰であっても動転する。場合によっては恐怖のあまり、逆に暴力沙汰を起こすかもしれない。
 
イザベルはもちろん、そんなことはせずに、落ち着きを取り戻し、最良の方法を選ぶ。

「記者だというのを信じてくれなかったので、わたしはいかにも記者らしく振る舞うことにした。バッグからペンとノートを取り出す。ノートを取るのは止められないだろう。それはわたしにとって呼吸のように自然で、安心させてくれる反応だった。」
 
イザベルは2人の係官について、ノートに微細に特徴を描いた。ささやかな逆襲である。
 
空港から跡をつけた2人は、バスが止まると表情を変えずに、坐ったまま、「よい一日を」と言った。あっけない結末だった。
 
しかしイザベルは、その日の記憶がほとんどなく、車を運転するのにヘマばかりやっていた。

怖い一日であった、私はそう思った。こんなことが日本で起こったら、と考えると、異常性は際立ってくる。
 
もう一つの問題は、プールである。1960年前後に、公共施設での人種隔離が、違法となった。これを受けて南部の都市は、白人専用だったプールを閉鎖したり、そこにコンクリートを流し込んだりした。黒人と水を共有するくらいなら、誰も泳げない方がいい、というわけだ(ほんとに正気かね)。
 
これは5,60年前の話ではない。
 
2015年に、テキサス州マキニ―で、黒人のティーンエイジャーたちが、プールパーティーに参加したところ、白人の住民が、不法侵入であると警察に通報した。

「通報を受けて到着した警官が歩道にいた十五歳の少女を引っ張り、地面にうつ伏せに押し倒し、全体重をかけて動けないようにした。ビキニを着た少女の細い体に大の大人が膝をのせて体重をかけ、その下で少女はどうすることもできずに泣いている。黒人の少年たちがとっさに駆け寄って助けようとすると警官はピストルを向け、少年たちは後ろに下がった。」
 
異常な光景である、そうとしか言いようがない。
 
同時に昔から思っていることだが、なぜアメリカの黒人は、オリンピックの水泳に、ただの一度も出てこないんだろう。

説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(4)

前回のリンチの例は、少なくとも20世紀前半のことだ、と思うかもしれない。そうではない。
 
イザベル・ウィルカーソンは、こんなふうに書いている。

「富と名声があっても、従属カーストに生まれた人は警察による残虐行為から守られたことがない。」
 
警察が守るのではない。残虐行為の主体は警察なのである。これをどういうふうに考えればいいか。

「二〇一五年、ニューヨーク市警がマンハッタンのナイトクラブの外でNBA選手に脚の骨を折るけがをさせた。これが原因で、アトランタ・ホークスのフォワードだったこの選手はシーズンの残りの試合に出ることができなかった。最終的に四〇〇万ドルの和解金が支払われることになり、選手はすぐにこれを公設弁護人のための基金に寄付すると言った。」
 
それはそれで決着がつくまでの流れだが、著者はこの事件に関し、肝心なことを書いてない。
 
ニューヨーク市警の暴力警官は逮捕されたのか。これが一番肝心なことだ。そして400万ドルの和解金が出たというが、それはどこから出たものなのか。まさか税金から出たのではあるまい。すると、この警官が払ったのか。

いや、そんな莫大な額を一警官が払えるわけがない。するとニューヨーク市警が払ったのか。でもそれだと、税金からと同じことではないか。
 
これはニューヨーク市警の中に、狂気の警官モドキが、まぎれていたようには見えない、ということが最大の問題だ。
 
このような警察の例は、それこそ枚挙にいとまがない。

「二〇一八年には、元NFL選手のデズモンド・マローが、自分の車にコーヒーを投げつけてきた別の車の運転手と口論になり、警官がマローを殴り倒したという報道があった。その年の春に出回った映像では、警官たちがマローの腕と脚をねじり上げ、地面に押し倒してうつ伏せにした。それから警官たちはマローを仰向けにして喉を押さえ、マローは重さに耐えきれずに意識を失った。この映像が広く注目されると、警察署内で調査が行なわれ、警官一人が解雇された。」

「警官一人が解雇された」、ですむ問題ではない。わずか5年ほど前のことである。アメリカの警察は、まったく狂気の集団というほかない。直ちに再教育して、まともな集団に再編成すればいいではないか、と外から見ている分には考える。
 
そうはいかない。たとえば日本なら、出入国管理官の問題がある。管理官は、移民を申請してくる外国人を虐待している。これはたまに殺人事件として浮上する。しかしもちろん、誰も処罰されない。アメリカとまったく同じである。

「『人生でどんなに有名になっても、どんなに裕福になっても、どんなに人に崇められても、何をしようとも』とちょうどその前年にNBAスターのレブロン・ジェイムズは記者たちに言っていた。『アフリカ系アメリカ人男性かアフリカ系アメリカ人女性であれば、いつまでもそのままさ』。」
 
にわかには信じられない。けれども、そういうことなのである。
 
2016年、トランプが当選した大統領選挙の後で、アメリカの日常の中で白人による黒人市民の監視が、あまりにありふれたものになった。
 
著者はいろんな、信じられない例を挙げている。たとえば黒人が、フイラデルフィァのスターバックスで友人を待っているとき、あるいはセントルイスで自分のコンドミニアムに入ろうとしたとき、警察に通報する様子が録画された。
 
イェール大学の大学院生が、居眠りをしていた話は、ゾッとさせる。

「〔大学院生が〕寮の共有エリアで勉強中に居眠りをしていたところ、女性が大学の警察を呼んだ。警官はこの大学院生が寮の自室のドアを鍵で開けてみせてからも身分証明書を見せろと要求した。『イェール大学の建物にいるのだから』と警官の一人は言った。『ここにいる権利があるのか確かめる必要がある』。」
 
一歩間違えば狂気、しかも集団狂気に陥る可能性がある。あるいはもう陥っているか。

「警官が黒人市民を襲ったり銃撃したりする事件が広く知られているため、今ではアメリカ人のほとんどは、黒人について警察に通報すれば生死に関わる状況になり得ることを知っている。」
 
アメリカはまともではない。これは国内が最高度に緊張し、弾ける寸前の段階、いわば内戦の一歩手前である。

アメリカで仕事をする日本人は、相当数いるはずだが、こういうことを、アメリカにいる間は誰でも知っていて、しかし日本に暮らす人は知らなくていいと考えたのか、それともアメリカにいて、特に何にも感じなかったのか、どっちなんだろう。
 
それともトランプが大統領一期で落選した結果、アメリカはまともになったのか。とてもそうは思えないが。

説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(3)

「人種の観念は、人類の歴史なかでは最近できたものである。それは大西洋奴隷貿易の始まり、つまりのちに奴隷制から生まれるカースト制度に起源を持つ」と、イザベル・ウィルカーソンは断定的に書くが、そう決め付けてしまっていいものだろうか。
 
たとえば日本の場合、7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された『万葉集』には、朝鮮半島の人々は、分からない言葉でやかましくさえずる、とある。

「日本」は8世紀初めにできたばかりで、朝鮮半島から来る人々を、下位に見ていたか、上位に見ていたかは、分からない。しかしこのとき、「人種」が違うというふうに取らなかっただろうか。
 
蛇足として言えば、そのときのどちらの「種」が、今の「日本人」になっているのかは分からない。つまり私が、どちらの「種」に属するか、あるいはもはや「人種」は混交しているかもしれない。
 
しかし著者は、なおも言い募る。

「人種とは、現代の人間があまりにも長いあいだ語ってきたために侵されることのない真実だとみなされるようになったフィクションなのである。
 二〇年前、ヒトゲノム解読によってすべての人間は九九・九パーセント同じであることが証明された。〔中略〕
『人種の概念は』とモンタギューは書いた。『実際、都合よく低いカーストと見なされていたものに対して自分たちの特権を維持し守ろうとしている搾取階級が故意に作り出したものだった』。」
 
そして著者は、決定的なことを書く。

「ヨーロッパ人が新世界にまで進出し、自分たちと見かけの異なる人びとと衝突するまでは、現在のわたしたちが理解する人種差別という概念は西洋文化に存在しなかった。『人種差別は現代の概念である』と歴史家のダンテ・プッツォは書いた。『十五世紀以前には、西洋の生活や思想のなかに人種差別と描写できるものは事実上なかったからである。』」
 
たしかに「人種差別」は、15世紀以後のことかもしれない。しかしそれと「人種」は、混同すべきではないと思うが、どうか。

人種を中立で使う場合も、あるのではないか。もちろんアメリカでは、著者が言うように、人種は差別と結びついてのみ、使われるのかもしれないが。
 
ここで断っておかなければならないのは、と著者は言う。「どちらの国でも、カースト制度を正式に規定した法律は、米国では一九六〇年代の一連の公民権法によって、またインドではもっと前の一九四〇年代に、廃止されている。しかしどちらのカースト制度も、人の心や慣習、制度や社会基盤のなかで生き続けている。」
 
正式には、過去の遺物なのである。そういうことは、どこの国にもある。例えば日本では、夫婦2人に子供が2人、夫は外へ働きに出かけ、妻は専業主婦で家と子供の世話をするという、今は圧倒的に少数のモデルを、政府は推し戴いている。戦後すぐの高度成長の頃のモデルを、日本人は古来これでやってきた、と思っているのである。

「人の心や慣習、制度や社会基盤のなかで生き続けている」ことがらは、容易に改変できない。
 
それどころが、「アフリカ系アメリカ人」のリンチは、何千人もの見物人を集めた、お祭り騒ぎだった。写真家は事前に情報を知らされ、リンチの執行者や見物人に写真を売った。

「ずっと後に『タイム』誌は書いた。二十世紀になる頃、リンチの絵葉書は通信手段としてあまりにありふれたもので、リンチ場面の絵葉書は『絵葉書産業の下位部門として成長した。一九〇八年にはこの部門があまりに拡大し、暴徒による殺人の犠牲者を題材にした絵葉書を送る習慣があまりに不快感を与えるようになったので、合衆国の郵政長官がそのような絵葉書の郵送を禁止した。』」
 
本当に「アフリカ系アメリカ人」は、アメリカ人のうちには入っていなかったのだ。
 
そしてこの命令が出てもなお、リンチの思い出を人と共有するのをやめず、それ以後は絵葉書を、封筒に入れて送るようになったという。
 
まったく鬼畜の仕業だ、と思うかもしれない。しかし私は、第2次大戦で、兵隊が右手に抜刀、左手に切り落とした首を2,3個持っている写真を、自然に思い浮かべる。写真のネームは、「百人切りを達成した××少尉」、という「晴れがましい」ものだった。
 
リンチの思い出は、その気圏の中に入ってみれば、共有したいものなのだ。

説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(2)

私はイザベル・ウィルカーソンの、アメリカにおける「カースト」には疑問符を付すが、その「カースト」の表看板である「人種」が、人為的なものだという見方には、ううっと唸ってしまった。

「米国では、人種はカーストの見えない力が持つ、目に見える手段である。カーストが骨で、人種が肌である。人種はわたしたちに見えるもので、根拠のない意味を与えられ、その人が何者であるのかを手っ取り早く伝える身体的特徴である。」
 
ここでは「根拠のない意味を与えられ」、というところが重要である。
 
人種は「生物学的」ではなく、「社会的な構成概念」である、ということなのだが、これはちょっと分かりづらい。これは後ほど、力点を変えて、もう少し分かりやすく説明する。
 
それにしても、アメリカにおける「カースト」については、アメリカ人自身も、虚を突かれる思いだったのではないか。そもそも奴隷および奴隷制についても、直接論じたい話題ではあるまい。

「アメリカ人が奴隷制について語るのを嫌うのは、一つには奴隷制についてわずかながら知っていることが、アメリカが公正で啓発された国であり、世界の民主主義の指針だという認識と合わないことがあるからである。奴隷制はアメリカ史の中の『悲しく、暗い一章』として片付けられることが多い。まるで、奴隷制と自分たちとのあいだの距離を大きくすればするほど、奴隷制が引き起こす罪悪感や恥を避けやすくなるかのようである。」
 
どんな国にも避けて通りたい恥部はある、ということだ。
 
アメリカの奴隷制は、1619年から1865年まで続いた。

「二五〇年間にわたり、奴隷制こそがアメリカだったのである。」
 
そして南北戦争が起き、25万人もの兵士や民間人の死の上に、アメリカ合衆国の奴隷制は終わりを告げた。
 
しかし、問題はそこからである。

「その後のごく短い期間、南部再建〔リコンストラクション〕時代として知られる一二年間で、北部は南部の立て直しを試み、解放されたばかりの四〇〇万もの人を助けようとした。しかし連邦政府は政治上の都合のために一八七七年撤退してしまい、下級カーストの人びとは、まさに自分たちを奴隷にした者たちの元に残された。」
 
ここで言う「下級カースト」とは、「アフリカ系アメリカ人」のことである。

ここに残されたアフリカ系アメリカ人は、どうなったか。

「南北戦争で負けた恨みを抱えた支配カーストの人びとは下級カーストに敵意を向け、再構築されたカースト制度のなかで自分たちの主権を回復させるために新たな拷問や暴力を用いた。〔中略〕
 最下層の人びとは、歩道をすぐに下りなかった、投票しようとしたなど、カースト制度に対するどんな違反をしても殴られ、殺されることがあり、加害者のほうは処罰を免れた。」
 
日本語がおかしいのではないかと思うが(「歩道をすぐに下りなかった、投票しようとしたなど」)、大意はストレートに読み取れる。ようするに奴隷制は、ほとんど変わらずに残ったということだ。
 
もし本当にそうなら、こう書くべきであろう。南北戦争で北軍が勝利した後、見かけ上の奴隷制はなくなったが、それは表向きのことで、むしろ内面に食い込んだ分だけ、いっそう深刻になった。

これはアメリカ史の通説と全然違う。

この章の最後に、こんな挿話が載せられている。
 
数年前、イザベル・ウィルカーソンはロンドンで講演をした。そのときナイジェリア生まれの女流劇作家がやってきて、アフリカには黒人はいない、といった。
 
イザベルはぎょっとした。アフリカは黒人の大陸なのに、と疑問に思った。
 
劇作家は言った。

「アフリカ人は黒人ではありません。〔中略〕アフリカ人はイボ人、ヨルバ人、エフェ人、アカン人、ンデべレ人です。黒人ではない。自分自身であるだけ。大地にいる人間です。それがアフリカ人の自分についての見方で、それがアフリカ人のあり方です。」
 
そうか、そう言うことか。私は納得する。

「『アフリカ人はアメリカに行ったりイギリスに来たりするまでは黒人ではない』と彼女は言った。『そのとき初めて黒人になるのです』。」
 
当たり前のことだが、考えてみるまでは分からない。そういう思い込みは、しょっちゅうある。この思い込みは鮮やかで、参ったと言わざるを得ない。

説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(1)

さて、問題の『カースト』である。

読み始める前は、ここで言う「カースト」は、アメリカにおける差別の比喩だと思っていた。読み始めてみると、アメリカの黒人差別は、比喩ではなく「カースト」そのものである、というのがイザベル・ウィルカーソンの主張であった。

彼女はそれを証明しようとして、孤軍奮闘する。
 
いや、発売たちまちベストセラーというから、「孤軍」ではないのかもしれない。もちろん読者は黒人、というよりも、著者にならって正確に言えば、「アフリカ系アメリカ人」が主であったろう。
 
そんなことはない。それ以外の白人や黄色人種もけっこう読んでいる、となれば、「カースト制」が打ち破られる日も近いかと思うが、この本を読む限り、そう言うことはありそうもない。
 
著者はここで、インドのカーストと、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害と、アフリカ系アメリカ人の人種差別を、同列に置いて論じている。
 
私は、これはさすがに無理だと思ったが、しかしA5判450ページの本の厚みがあれば、腕力のある著者なら、私を説き伏せることなど朝飯前であろう、とも思う。
 
だから著者の理屈に屈しないよう、頑張ってかたくなな読書の姿勢をとったのである。
 
しかし結論から言うと、著者は冷静に議論を進めるのではなく、いったん原稿に取りかかれば、悲しみ、悲憤、恐怖、怒り、そのほかの感情を押し殺すのが、精いっぱいだったようだ。
 
まずは2016年の大統領選挙から見ていこう(なおこの本では、オバマやトランプといった大統領は、なぜか固有名詞では語られない。これがどういう効果を持つのかは、私には分からない)
 
2016年の選挙速報の後、ある人々は、自分の思っていることを言いやすくなったと感じた。むかし失われた社会秩序が、戻ってきたと感じたのだ。

「昔ながらの秩序、先祖たちの時代の閉鎖的なヒエラルキーに戻るという感覚は、まもなく憎悪犯罪や集団暴力の波となって国中に広がり、大きく報じられた。大統領就任式の直後、カンザス州で白人の男がインド系のエンジニアを射殺した。男はそのエンジニアと、同じくインド系の別の同僚に向かって『俺の国から出て行け』と言いながら撃った。」
 
こういう感覚、「俺の国から出て行け」と言いながら発砲する感覚は、日本人には無縁だろう。

「翌月、身だしなみのよい白人の陸軍退役軍人が、黒人を殺すことを使命としてボルティモアからバスでニューヨークに行き、タイムズスクエアで六十九歳の男性のあとをつけて剣で刺し殺した。この退役軍人は、ニューヨーク州でテロリズム容疑で起訴された最初の白人至上主義者となる。」
 
翌2017年はアメリカ近現代史上、集団暴力による死者の数が、もっとも多くなった。

「ラスヴェガスでの事件で最多の死者が出たのに続き、国中の公立学校、駐車場、街頭、大規模店で銃乱射事件が起きた。二〇一八年の秋、ピッツバーグのシナゴーグで礼拝していたユダヤ人一一人が殺され、米国国内で起きた反ユダヤ主義の犯罪としては最悪のものになった。」
 
まだまだ、こういう例はいっぱいある。
 
問題は、なぜトランプが大統領になったとたん、こういう犯罪、黒人や有色人種を殺したり、銃を乱射して無差別に人を殺す犯罪が増えたのか、である。
 
大統領が変わったからと言って、凶悪な犯罪が大量に噴き上げてくる、ということは、通常はありそうにない。
 
そこで、イザベル・ウィルカーソンは考えた。これはよくある人種差別ではない、アメリカ建国の前から存在する、カースト制が発動したのだ。

並みのキャメラマンじゃない――『誰かが行かねば、道はできない―木村大作と映画の映像―』(木村大作・金澤誠)(4)

木村大作は『極道の妻たち 三代目姐』(降籏康男監督、89年)を皮切りに、同シリーズを計7本担当している。
 
最初の『三代目姐』は三田佳子主演、2作目以降は岩下志麻で、その関係で初回からキャメラマンをやった。降旗康男は、以後は撮っていない。
 
僕はこの映画は、シリーズのどれも見ていない。テレビでもやっているから、しばらくは見ていても、つまらなくて消してしまう。
 
そのこととは別に、キャメラマンとして、女性について面白い観察をしている。

「女優さんには、それぞれクセがあるね。一般的に言えるのは、精神状態がよくないと目の黒目が動くんだよ。そういうときには『この辺を見てくれないかな』と指示することで、少し気分を変えるようにする。俳優にとって目線というのはすごく大事なんだよ。」
 
誰でも、どんなときも、目線というのは大事なものだけれど、とりわけ女優にとってはそういうものだろう。木村大作は、特に女を綺麗に撮るというので、吉永小百合、岩下志麻、十朱幸代など、女優に人気があったのだ。

『あ・うん』は向田邦子の原作で、高倉健の主演。ここでは藤純子が富司純子〔ふじすみこ〕として、17年ぶりに映画に出演するのが話題になった。しかも相手は高倉健、誰だって「緋牡丹博徒」シリーズを思い出す。
 
木村大作は相当気を使ったという。富司純子が衣装合わせをしたときの話。

「役は水田の妻・たみで、いつも和服を着ている。だから反物だけで、いろんな色のものを100反ぐらい並べたんだよ。富司さんはパッと座って反物全体をじっと見回してから、『何もありませんね』とぴしゃりと一言。凄かったよ、歌舞伎役者みたいな言い方で決まっていた。誰も何も言えない空気になってしまったから……。」
 
衣装合わせは、藤色系が好きだというので、何とか間に合わせたけれど、それからも高倉健と同等に渡り合うことができ、その品格、佇まい、厳しさは、富司純子だけのものだった。
 
僕はこれもテレビで見ている。面白いけれども、それだけのものだった。しかし映画は映画館で見る以外に、批評してはいけないと思う。

向田邦子の原作は、読んだけれども覚えていない。だいたい向田邦子のものは、当時は「人間通」などとと呼ばれる人から、名人級だと持ち上げられもしたが、今になってみれば、小市民の哀歓以外の何ものでもなく、しかもかすかに男に媚びている(これはとても嫌だ)。たしかに作文としては、上手なものだと思うけれど。

『おもちゃ』を撮っているときに、深作欣二監督が木村大作に語ったことは、忘れられない。この映画の設定は、売春防止法が施行される昭和33年頃である。

「ところが、時子は、現代の大阪の街を走って行くわけだよ。深作さんは『大ちゃん、時代が違っていてもビビることはない』って、そのままの大阪で撮ったんだ。少しも昔風の感じには作っていない。深作さんはその理由を『それだと大阪という街が持つ活力がなくなってしまう。だから背景は現代の大阪でいいんだ』と言うんだ。街のエネルギーを重視して、そういう選択をする、その発想は本当にすごいと思ったね。」

『おもちゃ』なんて、聞くも初めての映画だが、背景は現代の大阪でいいというあたり、深作欣二の映画に在る、街と人を含めた活力の源泉を見る思いがする。
 
残りは飛ばして、いよいよ『劔岳 点の記』である。これも新田次郎の原作で、この映画は木村大作が監督・脚本・撮影を兼ねている。
 
この部分は読んだことは読んだけど、百聞は一見に如かずで、NETFLIXで見た。139分の映画で、さすがに木村大作渾身の映画で、見た後しばらくは何も言えなかった。
 
主演の浅野忠信は、木村監督が色を付けそこねていて、まったく影の薄い、主役という以外に言いようのないものだが、部下の松田龍平と、マタギの香川照之が、抜群に良かった。松田龍平は、松田優作よりも良かったし(親父は一本調子の役しかできない)、香川照之も不祥事で蟄居なんかしてないで、詫びるべきところにお金を払って詫びを入れ、早く映画に出て来なさい。この映画を観れば、誰でもそう思うはずだ。
 
しかし映画を観た後、素晴らしい傑作だけれども、ほんのちょっと教科書風なところが気になった。
 
前回も言ったみたいに、映画は映画館で見たものが映画なので、NETFLIXで、しかもあろうことか雄大な風景そのものが、見ようによっては主役なのだから、この映画をいま僕が批評するということは、もってのほかなんだけれども、でもちょっともの足りない。
 
それでNETFLIXで、続けて『仁義なき戦い』を観た。冒頭からこちらの血が騒ぎ、体が熱くなる。やっぱり映画はこれでなくっちゃ。
 
しかし、しばらく観ていると、だんだん冷めてくる。もちろんつまらなくはない。十分に面白い。でも、全体が古いのだ。『劔岳 点の記』に比べると、新しさという点では、まったく問題にならない。あらためて『劔岳 点の記』の良さを、思い知らされた。
 
なおこの本は奥付を見ると、2009年6月20日に出ている。それは『劔岳 点の記』の公開の日である。金澤誠はピタリとその日に合わせている。会ったことはない人だけれど、素晴らしい編集者だと思う。

(『誰かが行かねば、道はできない―木村大作と映画の映像―』
 木村大作・金澤誠、キネマ旬報社、2009年6月20日初刷)