曲がり角の一作——『ドアの向こうに』

黒川博行は全部読んでいると思っていたが、これだけは読んでなかった。
 
1989年に講談社から出た『ドアの向こうに』は、93年に講談社文庫に入った。おそらくそれが品切れになり、2004年に創元推理文庫に収録された。

その後、重版してるから、私のように、黒川博行は全部読むという人がいるのだと思う。
 
大阪東南部でバラバラ死体が発見され、その数日後、心中事件が起こる。心中は完全な密室であった。その謎をどう解くか、そしてバラバラ殺人との関連は。
 
謎に挑むのは大阪府警捜捜査一課の、文田巡査部長と総田部長刑事、通称「ブンと総長」である。
 
この作品がどういう位置にあるかは、「創元推理文庫版あとがき」に詳しい。

「『ドアの向こうに』は一九八九年五月に講談社推理特別書下ろし作品として刊行された。八九年といえば、わたしが四十歳、バブルの絶頂期に書いた作品だ。当時は高校の教師を辞めて作家専業になっていたが、収入が激減し、株の売り食いでしのいでいたころである。この作品は〝特別書下ろし〟と銘打っていたから著者に別途の取材費が出て、それがほんとにありがたかったことを憶えている。わたしもほんの少しはバブルの恩恵に浴したのだろう。」
 
黒川博行は1986年に『キャッツアイころがった』で、サントリーミステリー大賞を受賞しているが、その売れ行きは、たいしたことはなかったのだ。とにかく高校教師の年収にすら(といっては失礼かな)及ばなかった。

「ストーリーはきれいさっぱり忘れて、大阪文化と京都文化の軋轢を書いたものだとしか印象に残っていなかった。改めて読み返してみると、なんとガチガチの本格派パズラーではおまへんか。」
 
こんなことを言うと、作者には失礼ながら、密室殺人の謎解きは、正直ウザったい。キッチリとよくできているだけに、よけいそういう思いが募る。今では黒川博行に期待するものが違う。

「この作品あたりを境にして、わたしは徐々に本格からハードボイルドに移行していったように思う。」
 
そうも言えるが、刑事2人の、またはチンピラとやくざの、掛け合い漫才に移っていった、という言い方もできると思う。

そしてこちらの方が、黒川博行の特異な面白さを、より正確に表わしている。

(『ドアの向こうに』黒川博、
 創元推理文庫、2004年7月23日初刷、2007年12月14日第2刷)
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日本の課題をぼんやりと——『本心』(2)

日本の人口は、仮に2050年頃になれば、65歳以上が約半数を占めるようになるだろう。
 
こういう人口構成になれば、日本は破綻すると思いませんか。出生率はどんどん先細りになり、老人はさらに寿命を延ばしているだろう。
 
もちろんその時になれば、65歳以上を老人とは呼ばずに、働きたい人は80歳まで、働けることになっているだろう。
 
これは見方を逆にすれば、80歳までは、働かなくては食えないということだ。もちろん年金は、そういうふうにしか支給されない。
 
しかし老人は老人で、どう働かせたって、限界は見えている。

日本人の生きる道は、移民に頼るほかない。
 
しかし行政をやる連中に、そういうことが分っていない。今年3月、スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが、名古屋市の入管施設で収容中に亡くなった。

妹2人が、真相を知りにやってきた。そこでビデオを見せるのに、看守に疚しいことがあったのだろう。都合の良いところを、2時間に編集して、しかも妹2人にのみ見せる。これではもうだめだ。
 
ベトナムやバングラデシュから来る若い働き手は、コロナのせいで、今はどうなっているか知らない。しかし日本人の側が、こういう調子ではお先真っ暗である。
 
これは韓国も同じである。出生率は日本より少ない。ぼやぼやしていると、韓国は風前の灯火、消滅してしまう。

そして実は中国でも、同じことが起こっている。長く一人っ子政策を勧めてきた結果、人口構成比は、年寄りがあまりにいびつに巨大化している。習近平は慌てて、3人までの子どもは良しとした。しかしもう遅い。一人っ子に慣れた男や女は、教育費の高騰もあって、複数の子どもを持ちたくないのだ。

それではというので、中国が移民政策を取っても、どうしようもないと思いませんか。
 
アジアの3国は、このままでは早晩凋落する。
 
そうすると移民の国、アメリカは、ガタピシはあるだろうが、やはり先頭を切って歩むのではなかろうか。
 
と思っていたら、昨年からのコロナ騒動である。非正規の働き手は、どんどん馘になっている。
 
コロナ・ワクチンが新種株に効かなくて、このまま来年も、同じように逼塞して暮らすとすれば(そしてひょっとすると、再来年も)、日本人の働き手の様子は、どんどん変わって行くだろう。

『本心』は北海道新聞、東京新聞、中日新聞、西日本新聞に、2019年9月6日から2020年7月30日まで連載された。
 
もうコロナは流行り始めていた。平野啓一郎が、連載に手を入れるにしても、入れないにしても、日本人が両極に分かれるのは、火を見るよりも明らかだったに違いない。

(『本心』平野啓一郎、文藝春秋、2021年5月25日初刷)
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日本の課題をぼんやりと——『本心』(1)

平野啓一郎は篤実な作家である。また理知的な作家でもある。サービス精神も旺盛で、読んでいるときは巻を措く能わず、となる。
 
しかし読み終わってみると、いま一歩、抜けが悪い。そう思ってきたのだが、この小説は違った。
 
舞台は2040年代入り口の日本、そこでは自殺によく似た「自由死」が、合法化されている。
 
主人公の「僕」は、シングルマザーの母と、貧しい家庭で生きてきた。その母が、「もう十分に生きた」からと言い、「自由死」を望む。

「僕」は驚き、母に思いとどまらせようとする。しかし母は、「自由死」ではなく、事故で死んでしまう。
 
母の「本心」は、どのようなものであったのか。

「僕」はそれを探るために、AI/VRの先端技術を使って、〈母〉を再生しようとする(AI/VRは人工知能と仮想現実)。その〈母〉は仮想現実の中では、生前そっくりである。しかしAIを埋め込まれた〈母〉には、「心」がなかったのだ。
 
母の本心を探ることは、この小説の通奏低音である。その上に立って、何人かの人物が躍動する。
 
こういう小説は、二度三度読まねば、よく理解することはできない。それでも、一度読んだだけで、実に面白い。
 
しかしここでは、この小説の前提とされることから、心に浮かんだよしなしごとを書いてみよう(『本心』については、また改めて書評する)。
 
この小説では、すでに日本人は富裕層と貧しい層の2つに、極端に分化している。

「結局のところ、人間にとって、真に重要な哲学的な問題は、なぜ、ある人は富裕な家に生まれ、別のある人は貧しい家に生まれるか、という、この不合理に尽きるだろう。」
 
2040年代には、そこまで極端な分裂が起こっている、というのが、平野啓一郎が小説の前提とした事柄である。
 
今世紀中までを考えれば、私は、日本人の問題は「環境問題」と「移民」に尽きると思っている。
 
環境問題は、世界中で同じことが起こっている。突然の洪水や、各地で起きる山火事、そのもととなっている地球温暖化と二酸化炭素排出問題。これは世界中から知恵を集めてくるしかない。それで間に合わなければ、悲惨なことになる。これは日本人だけで解決できる問題ではない。
 
もう一つの「移民問題」は、日本が是非とも解決しなければいけない問題である。
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ひまがあれば―—『終身刑の女』

女流作家、レイチェル・クシュナーが描く「プリズン・ノヴェル」の傑作、とオビに記されている。
 
「解説」を引こう。

「ロミーは現在、二十九歳。サンフランシスコに生まれ、《マーズ・ルーム》という名のストリップ・クラブで働き、ジャクソンという名の幼い息子を儲け、シングルマザーとして生活した。その後ロサンゼルスに引っ越し、二年前(二〇〇一年)に殺人容疑で逮捕される。自身が貧困で、母親もまた同様であったため、ロミーは弁護士を雇うことができず、輪番制の公選弁護人に弁護を委ねることしかできなかった。」
 
その結果、ろくな裁判しか受けられなかったロミー・ホールは、「二つの終身刑プラス六年」という大変重い刑を受けた。
 
ロミーの同房の囚人が出てくる。気の合うやつもいれば、合わないやつもいる。そしてみんなコカインに類する薬をやっている。娑婆にいるときは、セックスは挨拶代わりだ。

カート・ケネディは、ストリップ・クラブでロミーに一目ぼれし、ロサンゼルスまで追いかけてきて、ロミーに殺される。

ロミーはカートをストーカーではないかと恐れ、息子に危害が加えられると思ったのだ。しかしそれを、裁判で主張することはなかった。金がなくて、ろくな弁護士しか雇えなかったから。
 
小説は、刑務所に入るところから、そこで暮らし、最後は脱獄し、そして捕まる寸前までが、メインの時間の流れで、その間に回想が入り、また同房の囚人たちや刑務所の署員たちが、一人称で語る。つまりこれは、群像劇を狙ったものなのだ。
 
ここに登場する人物たちは、すべて底辺を蠢いている人たちであり、それは実は、アメリカのまごうかたなき現実なのだ。
 
ふたたびオビの一節から。

「ドラッグ、万引き、銃、タトゥー——犯罪から逃れられなかった悲惨な女の一生。」
 
この小説は、フランスのメディシス賞(外国小説部門)受賞作であり、アメリカのブッカー賞最終候補作である。
 
しかしですね、僕にはあまり面白くなかった。丹念な描写、計算され尽くした回想、一人ずつの一人称の語り、これでもか、これでもか、というくらいリキの入った、いかにもナントカ賞にふさわしい力作。
 
しかし主人公のロミー・ホールはじめ、魅力的な人物は一人も出てこない。すべて最底辺に暮らす明日なき人々で、そしてその人々が、きつい言い方をすれば、一人も生きていない。
 
レイチェル・クシュナーは、こういう人々を上から見下ろして書いている。どんなに丹念に書き込んでも、登場する人物たちは、作者が現状を説明するための手駒でしかない。アメリカの現実はこのようなもの、どこにも出口はない、ということか。

しかしそれを小説にするには、何か強烈な一工夫がいる。そうでないと、底辺をルポしたものと変わりがない。
 
500ページ弱を読んだ感想としては、おひまならどうぞ、ですね。

(『終身刑の女』レイチェル・クシュナー、池田真紀子・訳、
 小学館文庫、2021年2月10日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:32Comment(0)日記

貴重な失敗の記録――『ゲンロン戦記——「知の観客」をつくる』(3)

東浩紀は、ゲンロンスクールで「飲み会」をやることについて、こんなことを言っている。

「飲み会は飲み会ですから、内容だけ見ればなんの勉強にもならない。取り留めのない話が多い。そこだけ見れば出席の必要はないということになるでしょう。けれども現実としては明らかに成果につながっている。でもどうつながっているのかはわからない。」
 
これは少し前までの、著者と編集者の濃い付き合いと同じことだ。『追悼・長谷川郁夫』で長谷川さんが言う通り、あの時代の編集者というのは明け方まで飲むから、先に帰るわけにはいかない、先に帰ったらよそに決められてしまうかもしれないから、だから最後まで残っている。そういうことだ。
 
人間同士のコミュニティの作り方は、少なくとも明治時代以降は変わらない。インターネットやSNSがいくら幅を利かせても、そんなものは表面上のことに過ぎない。人間の本質はまったく変わらないものだ、というふうに話を収束させてしまうと、後の話がつながらない。結論はもう少しまってもらおう。
 
ゲンロンの活動の大きな柱に、チェルノブイリの「観光」がある。これは2013年以降、ほぼ1年に1回のペースでツアーを組んでいる。

「チェルノブイリツアーは、小さいながらも、ゲンロンの原点というか哲学の原点に触れている企画でもあります。ゲンロンは、言葉の力を信じている会社だけど、同時に言葉の力をとても疑っている会社でもある。『観光』でその両義性を体験してほしいんです。」
 
僕にはこれは、よくわからない。実際に行けば、未知の世界が開けてくるのかもしれないが、つまり「百聞は一見に如かず」なのだが、僕はもう手足が悪いので、どうしようもない。
 
ゲンロンは、5回のツアーで100以上の日本人を、チェルノブイリ原発に連れて行った。

「そういう実践を積み重ねていることが、ぼくには『論争』よりも大事です」と東浩紀は言う。
 
ゲンロンは出版社ではあるが、それと関連して3つの事業を展開している。

「2013年2月に始まったゲンロンカフェ、同年11月に始まったチェルノブイリツアー、そして2015年4月に始まったゲンロンスクールです。」
 
こういう出版社もあるにはあるが、やはり特殊な形態ではないかと思う。
 
もちろん、だから悪いとか良いということではない。
 
東浩紀は、ゲンロンは、小さな会社でなければいけないという。

「なぜならば、いまの時代、ほんとうに反資本主義的で反体制的であるためには、まずは『反スケール』でなければならないからです。その足場がなければ、反資本主義の運動も、すべてがページビューとリツイート数の競争に飲み込まれてしまうからです。」
 
だからゲンロンは、小さな会社のままでなければいけないのだという。

「そのような活動こそが、ほんとうの意味で、反資本主義的で、反体制的で、オルタナティブな未来を開くと信じているのです。」
 
現代の資本主義は、すでに行き場をなくしている。一部の資本家と、大半の下層階級に分かれて、それはますますひどくなっている。それに、いつ収束するやもしれぬコロナ禍が襲いかかる。
 
対抗する東浩紀の「オルタナティブな未来」に、思わず半分、期待してしまう。

(『ゲンロン戦記——「知の観客」をつくる』東浩紀
 中公新書ラクレ、2020年12月10日初刷)
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貴重な失敗の記録――『ゲンロン戦記——「知の観客」をつくる』(2)

東浩紀はとにかく正直で率直だ。それは第一級の美点だ。

「30代のぼくは、自分がなにをやりたいのかわかっていませんでした。〔中略〕大学でも教えたし、テレビにも出たし、小説も書いたし、アニメの原作までやりました。でも根本的に受け身でした。どれについても『やったらできそうだな』という感覚でした。大学にも残れそうだし、小説家にもなれそうだ。テレビで有名になったら政治家にだってなれるかもしれない。そんな感覚でいたわけです。」
 
東浩紀は、はじめ哲学者として、「存在論的、郵便的——後期ジャック・デリダの思想と精神分析」を著し、その後も華々しい活躍を見せ、またいくつかの大学で教鞭を執った。2010年には小説『クォンタム・ファミリーズ』で三島賞も受賞する。
 
文字通りなんでもできる才人である。そして僕は、こういう人は苦手である。何でもできるんだから、その局面局面で、相手をしてくれる人が現われるだろう。
 
いろんなことができてしまうということは、過ぎてしまえば、何も残らない、ということになりがちだ。
 
もちろんそうでない人もいる。今は具体例を上げないが、そういう人は、日本人でも外国人でも、僕が知っている限りでも、枚挙にいとまがない。けれども東浩紀の場合は、そうはならないような気がする。
 
要は本人の受け取り方の問題である。「根本的に受け身」で、「どれについても『やったらできそうだな』という感覚」では、どれほど才能がありそうでも、どうしようもないのだ。
 
もう少し読んでみよう。

「ぼくは世間では、Twitterで炎上してるね、たいへんだねなんて声をかけられることが多いのですが、その時期に炎上なんてどうでもいいと感じるようになりました。SNSでバズってもお金になるわけじゃないし、逆に批判されても借金が増えるわけじゃない。問題は資金繰りであって、そっちのほうがよほどリアルです。」
 
これは2015年ごろ、倒産の可能性が、頭を離れなかった頃のことだ。この時期に、ようやくこういうことを認識している。
 
まったく東大出の頭デッカチが、と言われることを覚悟している。しかしこれは逆から見れば、そう軽蔑されることを、覚悟して言っている。
 
同じことは、もっとリアルに描かれる。

「会社を経営することで、出版や大学に閉じこもっていたときよりも豊かに社会との接点を持つようになった。〔中略〕出版であれば印刷業者、のち話すようなツアー事業であれば旅行業者、オフィスを借りるときは不動産会社、融資を受けるときは銀行や役所、さらには投資家やゲンロン友の会会員のみなさん……。ゲンロンをやるなかで、ぼくははじめて生活者として実感をもって仕事ができるようになっていきました。」
 
何を今さら、とは言うまい。こういうことを書けること、明るみに出せることが、素晴らしいことなのだ。
 
そしてついに、意識が変わっていく。

「ついに意識改革が訪れました。『人間はやはり地道に生きねばならん』と。いやいや、笑わないでください。冗談ではなく、本気でそう思ったのです。会社経営とはなにかと。最後の最後にやらなければいけないのは、領収書の打ち込みではないかと。」
 
僕はそうは思わない。会社を続けてゆくのが至上の命題なら、そうも言えるだろう。しかし会社を、何のために続けるのかを考えれば、最終的には、会社で何をすべきかということだ。つまり本末が入れ替わっている。
posted by 中嶋 廣 at 14:03Comment(0)日記

貴重な失敗の記録――『ゲンロン戦記——「知の観客」をつくる』(1)

この本は、次男が珍しく週末に帰ったときに、「読むのなら、どうぞ」と言ってくれたものだ。
 
これは、まあ、そんなふうにしてくれたものなので、読まねばなるまい。

東浩紀は敬遠して読んだことがなかったけれど、この本は、彼が興した「ゲンロン」という会社を、失敗に次ぐ失敗を重ねながら、それでもここまで続けてきた、という記録である。

「本書で語られるのは、資金が尽きたとか社員が逃げたとかいった、とても世俗的なごたごたである。そこから得られる教訓もとても凡庸なものである。」

「まえがき」の一節だが、本当にこのようなことが書かれているならば、非常に貴重だ。

「本書に登場するぼくは、おそろしく愚かである。
 ひとは40歳を過ぎても、なおかくも愚かで、まちがい続ける。その事実が、もしかりに少なからぬひとに希望を与えるのだとすれば、ぼくが恥を晒したことにも多少の意味があるだろう。」
 
そしてそういうことが書かれているとして、ではあんたは自分の会社を、どういうふうに総括するのか、というのが、僕の子どもが僕に言いたいことだろう。それはなかなか難しいけれど、それも書いてみよう。
 
ゲンロンは2010年4月に創業し、2020年に10周年を迎えた。この会社は抽象的に言えば、学界や人文界の常識に捉われない、領域横断的な「知のプラットフォーム」の構築を目指している。
 
具体的には思想誌『ゲンロン』や単行本の出版、イベントスペース「ゲンロンカフェ」の運営、チェルノブイリや福島第一原発などへの「観光」、市民講座「ゲンロンスクール」の運営、などである。
 
といえばカッコいいけども、最初に起きたのは、使い込み事件だった。創業のころ、『思想地図β』が評判になり、最終的に3万部くらい売れ、表面的には大成功しているかに見えた。

「ところがじっさいには使い込みに半年以上も気づかなかった。こんな鈍感で間抜けな人間が、言論人なんて名乗れるわけがない。新しい出版社をつくると息巻いても、じっさいは面倒なことを大学の事務員や出版社の編集者に推しつけ、見ないふりをしているいままでの知識人たちとたいして変わらなかったわけです。〔中略〕これは大失敗だと思いました。」
 
しかしこういうことが起こっても、なかなか人間は変わらない。

「自分で起業したくせに、経営なんてほんとうはやりたくない、押しつけられたという甘えが残っている。その甘えが、震災後のゲンロンをいくども危機に追い込むことになります。」
 
やはり僕とは違う。僕にとって、出版社の第一義は何を出すかということ、会社はそのための道具であり、僕が活動しうる背景なのだ。もしトランスビューが、そういうところでなくなったら、僕は即刻潰したろうと思う。会社の存続は問題ではない。
 
もちろんこういう考え方は、例外的である。というか、僕は他に聞いたことがない。しかしそういうふうに考えないと、会社に使われることになってしまう。
 
実際には、会社を存続させるために、僕は自分の意に反した仕事をしないで、本当によかったと思う。

もちろんギリギリの局面に立てば、自分がどうなるかはわからない。自分の意に反する仕事をしなければいけないのなら、会社を潰すとは言っているが、その局面に立てば、どうなるかはわからない。自分以外の社員もいるのだ。その人が結婚していれば、伴侶がいるし、子供がいるかもしれない。
 
しかしそれでも、出版社を掲げて意に反したものを出すよりは、会社をたたむことを選んだのではないかと思う。
 
これは自分の中に、出版物を測る絶対の物差しがあって、それに反することは、自分にはできないのだ。

といってその物差しは、横にジャンルを広げれば無限に果てしない。ただ垂直軸の、あるところから下に位置するものは、絶えられないのだ。
posted by 中嶋 廣 at 00:16Comment(0)日記

どれも絶品――『ギャンブル党狼派』

北上次郎が、阿佐田哲也の短編でベスト1に挙げる、「シュウシャインの周坊」が入っている『ギャンブル党狼派』を読む。
 
ここには5話が入っている。目次順に見ると、「スイギン松ちゃん」「耳の家みみ子」「シュウシャインの周坊」「ズボンで着陸」「人間競馬」である。

「スイギン松ちゃん」の書き出しは、「渡世にあるまじきふるまいがあって、破門された。」

「松ちゃん」はこんなふうであるのだが、うまいものだね。
 
新潮社の齋藤十一は太宰治をほめて、最初からスイングが大きくて、たちまち小説の世界に引きずり込む、うまいものだ、と褒めていたけれど、阿佐田哲也も同様だ。
 
この「松ちゃん」は、博打でクビが回らなくなると、注射器で単車に水銀を打ち、そのまま単車をかっぱらって、闇のルートに流しちまう。

最後の場面、「私」と「松ちゃん」は博打で、留置場に入っている。

「『あンたはスイギンの芸があるだろう。だから負けたって何とかなる。俺は博打だけしかないから、石にかじりついても負けられない。ここのちがいさ』
 私はしばらくしてから、寝静まっているふうな隣りの房に向かっていった。
『スイギン注射専門になるか、博打専門になるか、二つに一つ、どっちかにしろよ。悪いことはいわねえぜ——』」
 
こういうタイプの小説なのだ。これもまた終戦直後でないと見られない。

「耳の家みみ子」は、学生から銀行員になった男と女賭博師の、不思議な縁に彩られた話。
 
第3話の「シュウシャインの周坊」については、北上次郎はこういうふうに書いている。

「この『ギャンブル党狼派』は〔中略〕どれも素晴らしいが、第三話「シュウシャインの周坊」が図抜けている。冒頭の一行をまず読もう。

   友だちが欲しかった。いや、単に友だちという言葉ではいいつくせない相棒が欲し
   かった。

 この哀切きわまりない冒頭に留意。この一行の向こうから、友を求める強い感情がゆらゆらと立ちのぼってくる。こんな文章を阿佐田哲也の小説で読むのは初めてだ。」
 
この哀歓はただならぬものだ、と北上次郎は言う。
 
そして「私」は、野蛮で凶暴な「周坊」を蒲団の上から抱きしめる。ここは有名なシーンで、「これがすべてラストで効いてくる。絶品である。」
 
そういうことである。これもまた「絶品である」ということにしておく。

「ズボンで着陸」は、真面目に社長を勤め上げた男が、今日からは明るくハチャメチャに博打をするという話だが、これに絡むノミ屋の「ダンゴ鉄」が面白い。社長の身ぐるみを剝いだら、それで終わりだったのだが、情が移ってどうにもならなくなる。
 
最後の「人間競馬」は、「昭和三十年代前半に、タカヒカリ(高光)という四股名の幕下力士が居たそうである」という書き出しで始まる。これは後に書かれる、色川武大筆名の『怪しい来客簿』につながってゆく。
 
私にはどれも絶品だった。

(『ギャンブル党狼派』阿佐田哲也
 角川文庫、1980年2月29日初刷、1997年11月30日第17刷)
posted by 中嶋 廣 at 16:20Comment(0)日記

特異な時代――『東一局五十二本場』

というわけで阿佐田哲也の小説のうち、『ギャンブル党狼派』と『東一局五十二本場』を読むことにする。
 
発表したのは『ギャンブル党狼派』が昭和48年、『東一局五十二本場』が昭和53年なのだが、北上次郎によれば『ギャンブル党狼派』の「シュウシャインの周坊」が最高傑作ということなので、『東一局五十二本場』から読んでいく。最高のものは最後に取っておく。
 
この短編集には8つの作品が入っている。並べると「東一局五十二本場」「麻雀必敗法」「便天小僧八之助」「雀ごろ心中」「快晴の男」「なつかしのギャンブラー」「死体が三つ靴一つ」「茶木先生、雀荘に死す」である。
 
最初の「東一局五十二本場」は、「若者」が手練れのプロ雀士たちを相手に闘う。

自信満々の「若者」はなかなか強くて、東一局の親で役満を上がる。しかしそれで、場は動かなくなる。「若者」はついに52本場になったとき、こらえきれずにイカサマをやるが、それをとがめられて大きな罰金を払う。最初からそれが狙いだったのだ。
 
その最後の一文。

「四回戦の約束だ。さア、第二戦目に入ろう」。
 
この小説には本当に痺れた。

「便天小僧八之助」は、麻雀相手の男との腐れ縁をつづる。ここには戦争直後の話が出てくる。

「昭和二十年の十月頃から(その八月に戦争が終った)二十七年の三月、麻雀打ちの足を洗うまでの足かけ八年間に、私が、自分の生家で寝た夜は、通算して四十日ぐらいのものだったと思う。〔中略〕
 夜昼なしに麻雀を打っているときはその場所で仮眠する。娼家やドヤ街に居るときもある。しかし大概は、メンバーと別れたあと、フラフラと寝静まっている街を歩いたり、日除けの下でしゃがんだりしていた。〔中略〕そうして、夜明け頃から山手線で寝た。」
 
こういう生活は、今でもしている人はいるだろう。ただそれが、集団として都会に出現したことは、この時代をおいて他にはない。
 
さらにこのころを描写して、思わず阿佐田哲也から色川武大の方へ、足を滑らせることもある。

「当時、特に生家に私が居づらいような事件があったわけではないし、親と喧嘩したわけでもない。帰らなくなった理由といっても、ただなんとなくだ。自分の心情の奥に踏みこんでいくと、そこには何かがなくもないが、それはここに記述しない。ややこしいし、そしてわかりにくい。」
 
だからここからは、踏み込んでゆくなら、色川武大のいくつかの短編を読まれたい。それもまた、絶品にして絶唱である。
 
阿佐田哲也は、あるところで足を洗って、文章を書くようになる。するとどういうふうになるか。それが「なつかしのギャンブラー」に書かれている。

「一定のことをやりだせば、一定の住居や、定着した女が必要になる。対人関係も定着せざるをえない。表札というものが、郵便物や訪客のために必要で、入り口に呈示しなければならなくなったとき、はずかしさで居たたまれなかった。表札というものにはヴィヴィッドな要素がまったくない。こんな男になるために生きてきたのではないという気がする。」
 
この短編集は、作品によっていろんなシチュエーションがあるけれど、その底に流れているのは、戦後すぐに青春をおくった、こういうものなのだ。

(『東一局五十二本場』阿佐田哲也
 角川文庫、1982年5月10日初刷、1990年7月30日第14刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:21Comment(0)日記

これもまた戦後――『阿佐田哲也はこう読め?』(2)

北上次郎は、阿佐田哲也の短篇の中から、個人的なベストワンを選べば、「シュウシャインの周坊」になるという。シュウシャインは靴磨きのことだが、これもまた宮城まり子の歌などで、戦後すぐを思い起こさせる。

「この短編は『友達が欲しかった。いや、単に友だちという言葉ではいいつくせない相棒が欲しかった』という冒頭の一行から絶妙なラストまで、奇跡的な傑作『麻雀放浪記』を別にすると、長編では『ドサ健ばくち地獄』、短編ではこの「シュウシャインの周坊」が、私の選ぶ阿佐田哲也作品ベスト1である。」
 
うーん、なるほど、と思いたいが、きれいさっぱり忘れている。

「シュウシャインの周坊」を読んだことは覚えている。冒頭の1行も、何となく覚えている。
 
ところが話の筋がかいもく分からない。
 
北上次郎は「シュウシャインの周坊」に執着して、別のところでも挙げている。

「最後になるが、『ギャンブル党狼派』に収録の「シュウシャインの周坊」について書いておく。〔中略〕
 短編というよりも中編に近く、第一話「スイギン松ちゃん」、第二話「耳の家みみ子」、第四話「ズボンで着陸」、第五話「人間競馬」と、どれも素晴らしいが、第三話「シュウシャインの周坊」が図抜けている。」
 
これだけ推されると、読んだけれど忘れました、というわけにもいかなくなる。それに『ギャンブル党狼派』のそれぞれの短編は、実に面白かった記憶がある。でも話の筋は、5話とも全部忘れた。
 
考えてみると、阿佐田哲也の作品で完璧に覚えているのは、「東一局五十二本場」だけである。これはあまりに鮮やかで、忘れようにも忘れられない。しかし、これの入った短編集のあとの作品は、きれいさっぱり忘れている。
 
北上次郎は、阿佐田哲也の小説の神髄を、こんなふうに開陳している。

「アウトローたちの生態が興味深かったのではない。常識を逸脱した人間たちの生態はたしかに面白いかもしれないが、それだけのことならこれほど長い間、人々に読み継がれるわけもない。博打の勝ち負けが面白いのではないのだ。なぜ勝ったのか、なぜ負けたのか、という過程のなかにその人間の心理が凝縮されている。結果ではなく、過程なのだ。その魅力を教えてくれたのが阿佐田哲也であった。」
 
私も全面的に賛成である。ここに付け加えることは何もない。
 
ただその内実が、「東一局五十二本場」だけなのは、あんまりである。せめて「シュウシャインの周坊」の入っている『ギャンブル党狼派』と、『東一局五十二本場』の他の作品くらいは、もう一度読んでみようと思う。

(『阿佐田哲也はこう読め?』北上次郎、田畑書店、2021年3月28日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:14Comment(0)日記