またも教科書のような小説――『歌われなかった海賊へ』(逢坂冬馬)(3)

ヴェルナーは気づいていた。街の人は、延長した線路の先にある強制収容所については、見て見ぬ振りをしているのだ。

「誰もがあの貨物列車を見ている。けれど彼らの共通認識として、彼らはあれを見ていないことになっている。貨物列車を見たとしてもそこから突き出た腕は、見ていないことになっている。あのレールの先には、操車場があるのだと、皆が信じていることになっている。」
 
貨物列車から突き出た腕は、抹殺されることになるユダヤ人のものだ。
 
小説の後半に、印象的な軍人が出てくる。祖国のために死ぬことが最高の死だ、と信じるシェーラー少尉。その男が、顔を輝かせて語る。

「戦争というものは、人間の本質であり、人間が生み出した大いなる営みだ。偉大なる事業だ。飛行機が初めて飛んでから僅かに四十年で、我が国はジェット機という偉大なる兵器を生み出し、今や無人の飛行爆弾と宇宙まで届くロケットが、ロンドンに反撃を加えている。このように、戦争があればこそ科学技術は進展し、人間を孤独から救うのだ。およそ生きる人間は全て死ぬ。それならば、全ての人間に帰属を与え、進化を促す、戦争に感謝しようではないか」。
 
戦争の末期、負けとわかった段階で、それを認めたくない人は、空疎な言葉を重ねて、自らが死ぬことに、意義を見出す。完全な倒錯だが、大勢が狂っているときには、それが通る。
 
日本で言えば、大西滝治郎中将の発明した、特攻隊(神風特別攻撃隊)がそれである。
 
著者の逢坂冬馬は、シェーラー少尉を描いて、明らかに日本の特攻隊を示唆している、と私は思う。

「こいつは本気で言っているのだな、とヴェルナーは思った。ことシェーラー少尉に関して言えば、戦争がなければ生きがいのない人生を送っていたのだろう。」
 
日本の特攻隊について、そういうふうに言うのは、右翼や右寄りの人間がうるさい。しかし著者は、それを是とするものではないことは、言っておきたい。そう言うことだと思う。
 
さらにもう一人、アマーリエ・ホルンガッハーという女教師がいる。彼女はふとしたことから、ヴェルナーが、エーデルヴァイス海賊団を名乗っていることを知る。

「『ヴェルナー、自分が反体制的な人間だと考えているのなら、それを表に出すのは、もう少しあとでもいいと思うのよ。私がそうであるように、どのみちもうすぐ、この戦争は負けて終わる』
 ヴェルナーは吐き気がこみ上げてくるのを感じた。
 シェーラー少尉とは別種のおぞましさをまとった大人の姿だった。」
 
利口に立ち回るホルンガッハー先生に、ヴェルナーは、これ以上はない悪態をつく。しかしそうしたところで、何が変わるだろう。

「ホルンガッハー先生程度の迎合主義者は無数にいるし、戦後も彼女は生き残るのだろう、という確信があった。自分の被った仮面を付け替え、戦時下に明かせなかった本心なるものを用意し、そうして彼女は戦後における『いい人』となるのだ。多分、何の疑問も抱かずに。
 だがこの国、この地域、この村において、あのレールの先、そしてあまたある虐殺の現場を支えているのは、そういう人たちなのではないか。」
 
これは、戦争中の大人を見る見方としては、大変厳しいものだ。ホルンガッハー先生は、いかにも嫌な女教師として描かれているが、たぶん日本においても、大勢の人間がこのように生きていたのだろう。
 
しかもそれは、どちらかと言えば、上質とは言わないまでも、ましな人間だったのだろう。それを嫌な人間として描くことができたのは、10代の、まだ穢れていない主人公を通したからなのだ。
 
ヴェルナーたちは、強制収容所の機能を麻痺させるために、鉄道を破壊することに成功する。そのクライマックスへの筆の運びは、見事なものだ。
 
しかしそのクライマックスも、表の歴史としては封印される。ヴェルナーは、こみ上げてくる苦いものを、飲み下さざるを得ない。

逢坂冬馬はさらに末尾で、こういうことを書き記す。

「第二次大戦下に経営され、今もドイツに多少なりとも名残を示す企業があるならば、そのうちにナチ・ドイツによってもたらされた大量虐殺と強制労働という、邪悪な国家的事業の恩恵を受けなかったものを探すことは非常に困難なのだ。そしてその企業の発展や生産物を通じてある種の恩恵を受けた者の数は、文字通り無数と言える。」
 
そういう条件で、日本の財閥系企業、それに準ずる企業を、即座に数え上げることができる。
 
(『歌われなかった海賊へ』逢坂冬馬、早川書房、2023年10月25日初刷)

またも教科書のような小説――『歌われなかった海賊へ』(逢坂冬馬)(2)

時は1944年のドイツ。ヴェルナー・シュトックハウゼンに、若いレオンハルトが言う。

「ひとつ、エーデルヴァイス海賊団は高邁な理想を持たない。ただ自分たちの好きなようにいきる。ひとつ、エーデルヴァイス海賊団は助け合わない。何が起きても自分で責任を取る」。
 
ただし、と若い女性、エルフリーデが、笑いながら付け加える。

「それでも、私たちは組織だよ」。
 
そういう、組織の弊害をできるだけ取り去った組織が、戦争状態にあるとき、稀に存在しうる。
 
1930年代後半、スペイン市民戦争のときの、カタロニアにおけるPOUMがそうだった。「マルクス主義統一労働者党」と名前は厳めしいが、アナーキストの集団だった。
 
ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』には、POUMの印象的な場面がある。
 
軍隊だから、命令を出す方と、命じられる方がある。このとき、命令される方が納得しない限り、命令は遂行されない。実に非効率だが、闘う者全員が、納得して闘っていた。
 
ジョージ・オーウェルは、このアナーキストの軍隊に感動している。
 
当然、内からはスペインのフランコ総統の軍隊、外からはソ連の一国社会主義者、スターリンによって、アナーキストの革命は潰された。

もちろん戦争のときには、非人間的な組織が圧倒的に増える。ドイツのナチ政権、ロシアのスターリン体制、日本の天皇制下の軍隊……、ろくなもんじゃない。
 
ともかく、エーデルヴァイス海賊団は、ナチ党に熾烈な戦いを挑んだ。

「活動は散発的で、同じ場所を続けて狙わず、忘れた頃に不意を突いておこなうのが鉄則だった。ナチ党が呼ぶところの『少年徒党集団』に対する弾圧は全国的に熾烈を極め、ケルンでは同じ『エーデルヴァイス海賊団』を名乗るグループの数名が裁判を経ずに縛り首になったが、これまでがそうだったように、弾圧が強化されるたびに、ナチスを憎む少年たちは自分たちの活動に熱中していった。」
 
こういうのは、どのように考えればいいのだろう。日本では、ついぞお目にかかることのなかった、ティーンエージャーによる抵抗運動。ドイツではそれが盛んだったと言うけれど、それをどの程度のものとしてよいか、正直雲を摑むような話だ。
 
事態はここから急激に動く。片田舎の町に、鉄道を延長する話があり、普通の人が乗らないその鉄道が、どういうものであるかが分からないのだ。

「終点駅の先に何があるのか、という疑問だけではない。周囲に目を配ると、皆、作業の合間の休息を堪能していた。不況にあえいでいた地域住民たち。その表情が活気付いていた。〔中略〕だが、外国人捕虜たちは、その休息を与えられることもなく、枕木の加工作業を続けていた。」
 
ヴェルナーが、嫌な感じがすると言ったとき、延長された線路の先には、強制収容所がまっていた。
 
この町の人たちも、終点の先にあるものは、何となくわかっていた。ただ景気が良くなれば、それ以上のことは頭から追い払い、見ないことにしたのだ。
 
それは戦後に意味を持つことになる。私たちは、捕虜を抹殺する強制収容所のことなど、知らなかったのだ、と。

「ナチスは収容所に入れる人たちに色のついた下向き三角形を与えることで、彼らを記号のように扱っていた。犯罪者は黒、共産主義者は赤、宗教的異端は紫、そして同性愛者はピンク。もしもその者がユダヤ人であれば、上向きの黄色い三角形が重ねられ、ダビデの星の形となる。」
 
ナチスは徹底的に人を差別した。もちろんナチスだけではない、アメリカも、他のヨーロッパの国々も、日本も、皆そうである。

またも教科書のような小説――『歌われなかった海賊へ』(逢坂冬馬)(1)

このところ、「教科書ふう」というのが頭につく小説を、たて続けに読んだ。

ブレイディみかこ『リスペクト―R・E・S・P・E・C・T―』、丸山正樹『デフ・ヴォイス―法廷の手話通訳士―』、そうして逢坂冬馬のこの作品である。
 
どれも力作で面白い。しかし小説は、本当はこういうことではいけないはずだ。そこを「教科書ふう」にしているのは、時代のせいもある。そのことは最後に書く。
 
逢坂冬馬と言えば、『同志少女よ、敵を撃て』が、2022年の話題をさらった。これは2度読んだが、実に鮮烈な印象を持った。
 
その後、ロシアとウクライナが、戦争を起こしたので、この小説は一種、予言の書のように読まれることになった。もちろんロシアとウクライナの戦争は書いてない。しかし両国の微妙な関係については、突っ込んで書いてある。
 
そしてこんどは、ナチの時代のドイツである。
 
この本を読んでから、ネットで調べると、「エーデルヴァイス海賊団」というのは実際にあって、たびたびナチに戦いを挑んだという。
 
反ナチスを唱えた、白バラの抵抗運動は、みすずの本などで知っていたが、「エーデルヴァイス海賊団」というのは初耳だった。
 
ただしこの小説については、終わりに断り書きが付してある。

「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは必ずしも一致しません」。

「必ずしも」一致しないという言葉が、微妙と言えば微妙である。
 
全体の構造は回想形式になっていて、現代からナチの時代を振り返る、というものである。

ナチの時代と現代では、1人の人間が、同じように生きていくことはできない。過去を照らせば、大半の人間は隠そうとしても、どうしようもなく矛盾が顕われる。そのため、ナチの時代を生きてきた人間は、濃い陰翳を纏うことになる。

私は遠いところで、ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』が、こだましているのを聞いた。
 
回想形式と現代が入れ子になっている場合には、もちろん回想が主たる旋律を奏でる。
 
回想時点の主役は、16歳のヴェルナー・シュトックハウゼン。彼の父親はゲシュタポに捕えられ、不当な裁判で死刑を宣告され、ギロチンに架けられた。
 
父親は軽いジョークのつもりで、ヒトラーとヒムラーを「最大の極悪人」と言い表わしていた。これが「公然たる防衛力の破壊」、すなわち自国の軍隊を攻撃するのと同じだと、強引に解釈されて、その罪は死に値する、と判決が下ったのだ。
 
ヴェルナーの周りには、そういう訳ありの若い男女が集まってくる。

そうしてナチに対して、さまざまな抵抗運動をするのだが、作者はそこで、現代日本人への切迫した警鐘を打ち鳴らしている。

アサッテの言語論、または隔靴掻痒――『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか―』(今井むつみ・秋田喜美)(3)

本書の叙述がときによろけるので、著者たちも体勢を立て直すべく、もう一度根本に返って、問題を設定し直している。

「最初は歩くことはもとより、立つこともできなかった子どもが、どのような方法をもって言語という高い山を登りきることができるのだろう? その秘密に迫ることが、記号接地問題、そして言語習得の謎を解き明かすことなのである。」
 
問題設定の方法は、堂々たるものだ。
 
ただしこの中で、「記号接地問題」だけが浮いている。本当にこれが問題なのだろうか。というのはそのあとで、AIについてこんなことを述べているからだ。

「2010にジェフリー・ヒントンにより深層学習(Deep Learning)のアルゴリズムが提案されたことを契機に飛躍的に発展し、今では多くの分野で実用されるようになった。」
 
それまでは、「身体と外界の相互作用によって知識を創るという発想は持たない」とされてきたAIが、ここに至って飛躍的な発展を遂げた(らしい)。
 
この文章を読んでも、言葉が上滑りしていて、よく分からない。

昔はこういうときは、読者より本の方が偉いとされたものだが、そのうちにネットの言葉が飛び交うようになり、本と区別がつかなくなり、その神通力は見事に消えた。
 
いまでは読者の方から、また訳の分からないことを言って、とたちまち敬遠される。

しかしこれはこれで、難しいものを読む場合に、読者の力が退化していくのだ。なかなかうまくは行かないものだ。
 
しかしこの後の内容は、非常によくわかる。

「現在(2023年4月)ChatGPTというというAIアプリが大いに世間を賑わせている。文字ベースで質問やリクエストをすると、即座に答えを返してくれる。多言語対応で、質問やリクエストを日本語ですれば日本語で、英語ですれば英語で答えが返ってくる。」
 
試しに、著者・今井むつみの本の冒頭を、英語訳するようにリクエストしてみよう。その例文(もちろん日本語である)と、AIアプリによる英語訳が載せてある。
 
その英訳を見て、著者はこう思う。

「文法の誤りはなく、自然な英文が返ってきた。英作文のテストならほぼ満点をつけるレベルである。〔中略〕記号接地をしていないのに、『記号から記号の漂流』でこれほど見事な翻訳をする。」
 
ただただ絶賛である。しかし、それなら「記号接地」は要らないのではないか、という言葉までは出てこない。

「今のニューラルネット型AIは記号接地をせずに学習をすることができ、人間の創造性は実現できないにしろ、普通の人間よりもずっと大量の知識を蓄え、知識を使って説明を行い、問題を解決できる。」
 
問題は「人間の創造性は実現できないにしろ」、というところ。本当にそう言えるのか、かなり怪しくなっている。
 
この後、後半では「アブダクション推理論」というのが出てくる。
 
人間は知識を使って、さらに知識を積み重ねることができる。これは人間以外の動物にはできないことだ。この点をもって、ただ人間だけが言葉を持てるのである、ということだが、これは古いことを、新しく言い換えているだけだ。
 
まず知識を使って、さらに知識を積み重ねることが、果たして人間以外にできないものだろうか。
 
言葉で通じる動物がいないので、そう思っているが、そういうことでいいのだろうか。人間にある五感以上の第六感、第七感……というものはない、としていいのかどうか。
 
もちろん、こういうことを議論しても、ラチは明かない。だって五感より上は、人間にはないのだから。
 
しかし、人間にはないから考えるだけ無駄だ、といって、議論そのものを切り捨ててもいいとは思えない。数学で、三次元以上は人間の頭で空想はできないが、数式では可能だ、という例もある。
 
それにしても、私には分からない。地球上にこれだけ人類があふれ返り、他の動物、植物を圧迫しているときに、なお人間は火器を用いて、あちこちで戦争している。「知識を使って、さらに知識を積み重ね」た結果が、これだ。
 
もう一つは、やはりAIである。ChatGPTは、知識を使って、さらに知識を積み重ねることが、できるのではないか。その果てにあるものを、想像しておいた方がいいのではないか。
 
著者たちが、いかにも新しいもののようにして、じつは古いことを議論しているときに、事態はもう、抜き差しならないところまで来ているような気がする。

(『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか―』今井むつみ・秋田喜美、
 中公新書、2023年5月25日初刷、8月30日第5刷)

アサッテの言語論、または隔靴掻痒――『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか―』(今井むつみ・秋田喜美)(2)

この本は、メインタイトルの『言語の本質』よりも、サブタイトルの「ことばはどう生まれ、進化したか」が、本筋になっている。それを「言語の本質」というのは、誇大広告という気もする。
 
そこでの本質論は、「オノマトペ」と「アブダクション推論」というのが、2本の柱である(それもどうかなあ、というのが、本を読む前の私の印象である)。
 
オノマトペは、現在では擬音語だけではなく、擬態語や擬情語(「わくわく」などの内的な感覚・感情を表わす語)にも使われる。
 
これが、ことばが生まれるときの、最初の形ではないか、というのが、著者たちの仮説である。
 
ここでちょっと待てよ、と私は思う。「言語の起原」については、世界中でいつまでたっても百家争鳴、結論が出ないものだから、言語の起原を探るのは止めよう、ということになったのではないか。
 
そうしてその後、言語の内的な構造を探る、ソシュール以下の言語学が、出てきたのではなかったか。
 
それとも言語学の潮流が変わって、再び言語の起原を探るというのが、主流になったのだろうか。
 
その辺りは、簡単でいいので、説明が欲しい。

第2章で、「他言語のオノマトペは理解可能か」という項目がある。英語が母語の人間は、たとえば以下のオノマトペが分からない。

「『シャナリシャナリ』は着物姿、『カツカツ』はハイヒールと強く結びつくために女性性を喚起するのであろう。これらの音象徴は日本文化に深く根差した感覚であるため、英語話者が想像できなかったのは無理もない。」
 
著者たちは、平気でこういうことを書きつける。自分の言っていることが、どういうことかが、まったく分かっていない。

「これらの音象徴は日本文化に深く根差した感覚であるため」、というが、文化に深く根差していない言葉があるんだろうか。
 
その中で、分かるオノマトペもあれば、分からないのもある、ということではないか。
 
第3章「オノマトペは言語か」でも、著者たちは、オノマトペを言語とすることに力みかえっているが、かなり滑稽である。
 
オノマトペなどつまらない、という言語学者もいるようだが、そんなことは言語学者ではない私たちにとっては、どうでもいいことだ。とりあえずこの本を読むときに、オノマトペを言語として読んでいけばいいことだ。
 
それにしてもこの著者たちは、不用意な言葉を書きつけ過ぎる。たとえばこういうところ。

「書きことばよりも会話や育児場面でオノマトペが多く使われることを思うと、オノマトペはとくにコミュニケーション性の高いことばと言えるかもしれない。
 コミュニケーションを目的とするというのは、多くの言語のオノマトペが共有する特徴である。」
 
まったく正気と思えない言い草だ。コミュニケーションを目的とするのは、言語一般に言えることであって、特に「多くの言語のオノマトペが共有する特徴」ではない。
 
「育児場面でオノマトペが多く使われる」のは、「オノマトペがコミュニケーション性の高いことば」なのではなく、育児という場面においては、一方の主役が幼児のためである。

そういう当たり前のことが分からないとは、再び言うが、本当にずさんだ。

アサッテの言語論、または隔靴掻痒――『言語の本質―ことばはどう生まれ、進化したか―』(今井むつみ・秋田喜美)(1)

久しぶりに八幡山の書店に寄ったので、本を何冊か買った。そのうちの1冊。
 
いまごろ『言語の本質』という題で、中公新書で本を著すというのは、よほどの碩学か、あまりに鋭すぎる新鋭か、それとも、まったくのドン・キホーテか。
 
そう思って、興味津々で読み進んだ。

まず「はじめに」のところで、「記号接地問題」というのが出てくる。これはもともと、人工知能(AI)の問題として考えられたものである。

「『〇〇』を『甘酸っぱい』『おいしい』という別の記号(ことば)と結びつけたら、AIは〇〇を『知った』と言えるのだろうか?
 この問題を最初に提唱した認知科学者スティーブン・ハルナッドは、この状態を『記号から記号へのメリーコーランド』と言った。記号を別の記号で表現するだけでは、いつまで経ってもことばの対象についての理解は得られない。ことばの意味を本当に理解するためには、丸ごとの対象について身体的な経験を持たなければならない。」
 
こういうのをどう考えればいいんだろう。AIと結び付けていなければ、年寄りの言う、どんなことも経験しなければ分からない、というのと、まったく一緒ではないか。
 
この問題が新たに浮上してきたのは、言うまでもなく、AIが絡んでいるからだ。
 
そういうふうに見れば、AIは「記号から記号へのメリーゴーランド」と言って、それで済ませていることはできないはずだ。
 
だからこれは、「AIと言葉」というタイトルで、一書をものすべきである。
 
しかしそういうこととは別に、「記号接地問題」は、従来からある問題を焼き直して提出している。

「ロボットならカメラを搭載することができる。カメラから視覚イメージを得ることはできる。しかし私たちが対象について知っているのは、視覚イメージだけではない。触覚も、食べ物なら味覚も、対象のふるまい方や行動パターンも知っている。このような身体に根差した(接地した)経験がないとき、人工知能は〇〇を『知っている』と言えるのだろうか?」
 
正統に問題を提出しているつもりだが、これは問題の立て方を間違えている。

「身体に根差した(接地した)経験がないとき」、本を読んだり、人の話を聞いたりしても、対象をよく知っているとは言えないだろう。しかしだからと言って、本を読んだり、人の話を聞いたりすることは、無駄だからやめろとは誰も言わない。
 
人間には、そのために想像力があるのだ。
 
ではここで、「記号接地問題」として事新しく出てくる訳は、どこにあるのだろう。
 
言うまでもなく、一方の主体がAIであるからだ。
 
現在の人工知能は、実によくできている。対話すれば丁々発止、なんでも知っている。
 
この何でも知っている、というところが問題なのだ。主体はAI、つまり人間から見れば、意志をもった主体ではない(今のところは)。言ってみれば、「スカイネット」はまだ起動していない。
 
そういう主体なき主体、空虚な主体、主体モドキが、自在にことばを操るのを、どう考えればいいのだろう。
 
道筋としては、こういうふうに考えなければいけない。
 
しかしこのまま進んでは、この本からどんどん外れてしまう。ひとまず著者たちの言うことを聞こう。

教科書ふうミステリーの秀作――『デフ・ヴォイス―法廷の手話通訳士―』(丸山正樹)(2)

最初に異議を唱えたのは、中途失聴者や難聴者たちだった。
 
ろう者の言語が「日本手話」のみであるならば、日本語と同じ文法を持つ、「日本語(対応)手話」は排除されてしまう。
 
その言語を用いる中途失聴者や難聴者は、突きつめて言えば、「ろう者ではない」と定義されることになってしまう。
 
これは難しい。ろう者が誇りを持つことは、大事なことである。しかし、そのために「日本手話」のみを際立たせると、それ以外の方法の模索、たとえば聴覚口話法や、ろう児の日本語習得の機会が、失われてしまうのではないか。
 
これはいま僕が考えても、どうしようもない。生身のろう者を、一人も知らないからだ。
 
ろう者同士のこの争いが、ミステリーの背景になっていると聞けば、観念的で鬱陶しいと思われるだろうが、そんなことは全然ない。
 
なお事件をめぐる途中で、優生保護のようなことが、ろう者に関しても行われていた、という話が出てくる。
 
荒井尚人に向かって、登場人物の一人がこう言う(〈 )で括ったのは手話による会話〉。

〈俺たちの若い頃には結構あったことだったんだ。『聴こえる』親が成人したろうの子どもに、『盲腸の検査』とかいって結婚前に不妊手術を受けさせたりすることは〉
〈それは、つまり……〉
〈あの頃はまだ、『ろうは遺伝する』って思われてたからな。少なくとも、そう思っている人はまだ多かった〉
 
こういう話を知ると、ろう者は障害者じゃない、という方に力が入り、「日本手話」は日本語とは違う文法を持っており、両方を駆使するろう者は、バイリンガルな存在だ、という方に加担したくなってしまう。
 
しかしそれは、たぶん絵に描いた餅で、そういうふうに上手くは行かないのだろう。
 
荒井尚人は最後に、自分の使命を悟る。つまりコーダであること自覚して、生きるようになる。

「彼らの言葉を、彼らの思いを正確に通訳できる人間がいて、それでようやく法の下の平等が実現するのだ。彼らの沈黙の声を皆に聴こえるように届けること。それこそが、自分がなすべきことなのだ。」

「あとがき」に、著者がこういう小説を書いた理由が、述べられている。

「私はもう二十年近く、頸椎損傷という重い障害を負った妻と生活を共にしている。その関係で様々な障害を持つ方々と交流する機会があり、彼らと接するうちに『何らかの障害を持った人を主人公にした小説は書けないだろうか』と思うようになった。」
 
そういうことだが、しかし障害の現場、ここでは「ろう者」を中心にして、よく書いたと思う。
 
障害の現場は、必ず利害が対立し、感情的にも、すんなりとはいかないどころか、しばしばむき出しで対立する。
 
さらには、「ろう者」や「手話」をめぐる対立が、刻々変化している。

「本作の手話チェックをお願いした全日本ろうあ連盟の方からは『現在、法律で手話が「言語」として正式に認められつつある。近い将来、単なる「手話」ではなく「手話言語」と呼ばれるようになるだろう』と教えていただいた。『だから私たちは手話に種類があるとは考えない。日本語に種類がないのと同じように』とも。」
 
ここは正直、分かりにくい。だって日本語には、種類があるでしょう。方言もあれば、男言葉と女言葉の違いもある。それが全部、日本語となって、豊かな日本語文化圏をつくっているのではないか。

「手話」または「手話言語」に関しては、外から見ている限りは、よく分からないところが多い。そういうミステリーとは違うものを取り入れて、読者が付いていける作品を完成させたのは、立派なものだと思う。

(『デフ・ヴォイス―法廷の手話通訳士―』丸山正樹、
 文春文庫、2015年8月10日初刷、2020年6月30日第12刷)

教科書ふうミステリーの秀作――『デフ・ヴォイス―法廷の手話通訳士―』(丸山正樹)(1)

田中晶子が「手話」の教室に通い出して、もうすぐ2年目が終了する。

そこで動脈乖離を起こして、緊急手術となったわけだ。

手術に成功したのち、退院したら何をやりたいか、というメールのやり取りをしていて、手話は続けたいと言ってきた。
 
今年の4月からは3年目に入るのだが、その前に進級試験がある。それは1月の末だから、病気のために間に合わない。
 
外部からの受験者も入れて、3月にもう一度試験があって、そこを受けたいという。
 
立派なものだ。60歳を過ぎて、勉学に燃えるとは。
 
私は右半身が麻痺で、手話はできないから、せめて手話を使ったミステリーとして名高い、この本を読むことにする。
 
荒井尚人は昔、警察にいたが、警察官全員で出金をごまかし、裏金を作るやり方に我慢ができず、内部告発をして警察を追われる。
 
食い詰めた尚人は、ただ一つの技能、手話を生かして、手話通訳士になった。

尚人はなぜ、手話ができたのか。
 
彼は、耳が聞こえない「ろう者」同士の間に生まれた、耳の聞こえる子どもだったから、家族で喋るのに、手話は必須だった。
 
こういう子供を、英語ではChildren of Deaf Adults(「ろう者の親の子ども」)、頭文字を取り、略してCoda(コーダ)と呼ぶ。
 
荒井尚人は、自分が「コーダ」であることが、やりきれない。著者は主人公を、そういうふうに造形している。荒井尚人は、ろう者と聴者の中間にあって、どちらにも属さないものだ、と。

ここは非常に難しいところで、なぜ彼がやりきれなさを負っているか、私は最終的には納得がいかなかった。
 
事件は、過去と現在が交錯して、ろう施設の責任者の、わいせつな罪が明るみに出る。そして、それに復讐する姉妹の悲劇的な犯罪が、浮き彫りになる。
 
その核心に入っていくところで、いろいろな「ろう者」と、何種類かある手話、また聴覚口話法などが説明される。

聴覚口話法とは、障害のある聴覚を、補聴器や人工内耳で補い、聴覚を利用する口話法である。と言っても、もう一つよくわからない。この辺は後で妻に聞こう。
 
登場人物の一人が言う。

「自分たちはdeaf(単に耳が聴こえない者)ではなく、Deaf(ろう者)なのだ」。
 
つまりその主張は、「障害者」という病理的視点からしか語られなかった「ろう者」を、「独自の言語と文化を持つ集団」と捉え直したところにある。

「ろう者にとっての言語とはあくまで『日本手話』のことであり、『日本語』は『第二言語』に過ぎない。文化もまたしかり。従って、日本手話と同時に日本語も解し、日本文化も受容するろう者は、二つの言語を持ち二つの文化を知る『バイリンガル・バイカルチュラル』な存在として定義される。」

付け加えておくと、「日本手話」と「日本語手話」は別物である。「日本語手話」は日本語がベースで、あらかじめ日本語を習得した中途失聴者や難聴者が、使っていることが多い。
 
それに対して「日本手話」は、独自の文法体系を持っていて、語順も日本語とは違う。これは生まれつきのろう者が、使っていることが多い。
 
うーん、外から見ている分には、正直分かりにくい。
 
けれどもその主張は、「これまで障害者として健常者より劣った存在とされてきたろう者に、誇りと自信を取り戻させ」たのだ。
 
差別されている人の気持ちは、結局その人でなければ分からない。
 
しかしこの「急進的な」主張は、ろう者と聴者の両方から、激しい批判を巻き起こしたのだ。

文学が命懸けであった時代――『昼間の酒宴』(寺田博)(2)

次は「点描」と題する、中上健次との日々を、断片的に綴ったもの。おおむね、書き出しは〈某年某月〉である。
 
この中に寺田さんが、中上健次に瓶で殴られて、血を流した話が出てくる。
 
新宿の酒場「茉莉花」に一人で行くと、中上健次が、「新潮」の坂本忠雄編集長と編集部員の鈴木力と飲んでいたので、同席した。
 
中上健次と議論になり、こちらが先に絡んで、売り言葉に買い言葉となった。かなり酔っ払っていた。

「ふと頭部に衝撃を感じたと思うと、みるみるうちにシャツや背広がまっ赤になった。ガラスの破片が散って、ミネラルウォータ―の瓶で殴られたことがわかった。打撲による直接の傷はなかったが、割れたガラスの破片が落ちる時、頬を切って、血のめぐりがよくなっていたせいで、出血量が多く、実害より大げさに見えたらしい。」
 
すぐに救急車が呼ばれ、運ばれた病院で19針縫ったという。

「翌朝、夫人が会社に謝りにこられ、却って恐縮した。議論そのものより、中上健次の作品を置いて会社を移ったことについての忿懣が底流にあったかもしれない。」
 
冷静なものだ。信頼を裏切ったことについては、「未だに忸怩たる思いがある」と寺田さんは言う。
 
もちろんこれで、お互いの信頼が崩れることはない。
 
そのあとの〈某年某月〉にこんなことが書かれている。

「ある時突然電話が来て、頼みたいことがあるので会いたいと中上健次が言った。『天の歌 小説 都はるみ』の出版記念会をやるので司会役をやってほしいという。」
 
当日は、水上勉や安岡章太郎にスピーチを頼んでいるので、司会役には寺田博がふさわしいという。

「当日は盛会で、都はるみさんと一緒に歌う中上健次は幸せそうだった。こちらもはるみさんの歌を近くで聴くことができ、大いに楽しませてもらった。」
 
あのころ年末になると、編集者は著者を誘って、カラオケ大会をやっていた。寺田さんもうまかったが、そのころ「群像」の編集長をしていた辻さん(下の名前は忘れた)は、本当に上手かった。この人は中途で講談社を辞めたが、少し前に新聞に訃報が出ていた。
 
僕は新宿の「英〔ひで〕」で、偶然一度だけ中上健次に会ったことがある。
 
口開けで、カウンターの席で一人で飲んでいると、中上健次が入ってきて、一つ置いて隣に坐った。
 
そのころ中上健次は、傍若無人で通っており、いろんな人が殴られた、という噂があった。なかには女性の文芸編集者で、鼻筋を折った人もいるという。
 
でも僕は、そういうことは気にならなかった。

初めて会った中上健次は真摯で、人の話をよく聞き、たちまち打ち解ける人だった。ほとんどの話は忘れたが、一つだけ覚えている。

話の成り行きで僕が、文学作品はそれだけで独立してある、という言い方をすると、それは危険だ、はんぶん信仰になったらまずい、というふうなことを言った。
 
そのとき中上健次は、人と待ち合わせていた。しばらくすると、待ち人が来て、一緒に飲んだ。待っていたのは、つかこうへいだった。

{(『昼間の酒宴』寺田博、小沢書店、1997年1月30日初刷、3月30日第2刷)

文学が命懸けであった時代――『昼間の酒宴』(寺田博)(1)

先月、12月の後半、妻の田中晶子が具合が悪く、自分で救急車を手配し、事情を話して乗りこんだ。僕には、狭心症ではないか、と言っていた。

その後、救急隊員の指示で、関東中央病院に運ばれる。
 
原因は心臓の側の動脈乖離で、そのまま緊急手術。

僕は半身不随で身動きが取れないから、子供が、といっても大人だが、付き添いで五時間の手術に付き合った。
 
長男はコンピューターの会社にいる。年末の忙しい時期に、困ったことになった、と思っただろう。仕事が立て込んでいるときに、と。

手術の前に、主治医の話がある。母親の手術における致死率は……。
 
そのうちに次男もやってくる。2人して、黙って耐えている。その光景が目に浮かぶ。
 
僕はそのころ、晩飯は妻がいないと用意できないなあ、と半ばあきらめて、することがないので朗読をした。何かしないではおられない。
 
いつもの定例のやつは、非常事態で、なんだか読む気がしない。本棚をあちこち見ていくうちに、寺田博さんの『昼間の酒宴』を見つけた。
 
版元は小沢書店、長谷川郁夫さんが社長をしていた。装幀は司修さん。著者、出版社、装幀家の、ゴールデン・トライアングルだ。

本のタイトルは、冒頭の「昼間の酒宴」からとられている。

週1回午後に、お茶の水の西洋料理店「ランチョン」で、吉田健一氏を囲んで、寺田さん、青土社の清水康(康雄)氏、集英社「すばる」の安引宏氏、長谷川郁夫さんらが集まって、ジョッキを傾けながら、話を聞く会があつた。
 
会の最後に、店の主人が、沸騰したリプトンティ―に、サントリーオールドをダブルでなみなみと注ぐ。熱いウィスキーティーで、たちまち酔いが回った。
 
寺田さんはそこで、吉田健一から小説の原稿をもらった。『金澤』の第5章の原稿を受け取ったとき、「私は自宅へ持ち帰り、句読点の少い氏の文章に接する時いつもするように、大きく息を吸ってから、文章の呼吸に自分の息を合せるようにして読んだ。〔中略〕文意が頭に入るにつれて陶酔感があった。あまり味ったことのない詩的な体験というものにふれた思いがした。」
 
ナマ原稿の魅力、迫力である。
 
ここには書かれていないが、優れた原稿の場合は、原稿手入れも楽しい。実に愉しい。編集者もちょっとだけ、お手伝いしている気分になる。
 
次の3本は中上健次のことだ。新宿の酒場で初めて会ったとき。

「新宿のモダンジャズ喫茶店に入りびたっていたこと、羽田で貨物の積み下ろしの仕事をしていること、ドストエフスキーや大江健三郎のこと、そして、彼の母系一族のことなどを低声で語った。いつかこの一族のことを大河小説で書いてみたいという言葉が、強く私の耳に残ったことを覚えている。」(「新人作家との八年」)
 
中上健次は最初から、大きなテーマを持っていたのだ。
 
それに対し寺田さんは、どういうふうに対応したか。

「その夜の私は抽象的に激励の言葉を羅列しただけだった。」(同)
 
やっぱり寺田さんは厳しい人だ。自分に対して厳しい、という意味だ。
 
母系家族のことを、なぜもっと具体的に聞かなかったのか。そうすれば、芥川賞を受賞した後、多忙になった中上健次に、原稿依頼することの困難を、多少とも緩和できたかもしれないのに。

寺田さんは、必ずそう思っていたはずだ。
 
妻の手術は、夜になって、成功したという電話が、長男からあった。