胃袋から攻める――『文人悪食』(1)

これは面白い。

「ほぼ日の学校長」、河野通和さんが、週1回のメールマガジンを出していて、1カ月前のメルマガで、嵐山光三郎の『文人暴食』に触れていた。これは傑作である、と。
 
で『文人暴食』を調べていたら、その前にこの本があった。それなら順序良く、こっちから読まなければ。
 
夏目漱石、森鷗外から、池波正太郎、三島由紀夫まで、37名の作家を、胃袋から攻めている。
 
その作家とは、夏目漱石、森鷗外、幸田露伴、正岡子規、島崎藤村、樋口一葉、泉鏡花、有島武郎、与謝野晶子、永井荷風、斎藤茂吉、種田山頭火、志賀直哉、高村光太郎、北原白秋、石川啄木、谷崎潤一郎、萩原朔太郎、菊池寛、岡本かの子、内田百閒、芥川龍之介、江戸川乱歩、宮沢賢治、川端康成、梶井基次郎、小林秀雄、山本周五郎、林芙美子、堀辰雄、阪口安吾、中原中也、太宰治、檀一雄、深沢七郎、池波正太郎、三島由紀夫である。
 
目次をざっと見たとき、いかにも胃袋から論じた方がいい人と、これは難しいぞと思う人がある。難しい作家こそ、華麗な包丁捌きの見せどころである。
 
とはいえ最初の漱石と鷗外は、「焼き芋とビスケットの違いが、両者の文芸の差に反映している」と、一見歯切れがよさそうだが、その実何も言ってないに等しい。

たぶん漱石と鷗外は、食べ物という形而下的なところから攻めるには、大物すぎるのだ。
 
それに比較すれば、正岡子規の『病牀六尺』『仰臥漫録』は、まさに著者が攻めるのにうってつけだ。

「すさまじい食欲である。
 三度の食事と間食と服薬とカリエス患部繃帯の交換の繰返しのなかで、子規は、食いすぎて吐き、大食のため腹が痛むのに苦悶し、歯ぐきの膿を押し出してまた食い、便を山のように出す。」
 
子規はそういう肉体を、他者のように、「尋常でない気魄」をもって観察しようとする。「病牀六尺」の宇宙が、子規にとってはすべてなのである。
 
次の島崎藤村は、著者の特徴が最もよく出ている。嵐山は藤村に対して、とにかく意地が悪いのだ、それも底なしに。

「藤村は料理をまずそうに書く達人であったが、それは恋愛をまずそうに書く達人でもあり、自分を嫌われ者にして売りつける寝業師なのである。」
 
文士は世間の嫌われ者というイメージは、ここらへんから出てるんじゃないか、と思う。

「藤村は粗食淫乱の人である。『貧しい食事に豊かな性欲』を貫いた。藤村には、旧家島崎家に沈殿した血の頽廃がある。父は近親相姦、母に姦通という忌わしい事実があった。〔中略〕四十歳になった藤村が十九歳の姪こま子と肉体関係におちいり、こま子を妊娠させたことも、一族の頽廃と無関係ではない。」
 
この本は、作家1人につき10ページちょっと。それを鮮やかに収めるためには、かなりどぎついことを言うほかはない。著者はそのことを、島崎藤村の項で会得したのではないか。
 
姪を犯した「とんでもない叔父さんは、悩んだすえ、『懺悔による罪の浄化と新生』と称して、告白小説『新生』を朝日新聞に連載した。とんでもない叔父さんは、その経験を小説にして、自分を救済し、『死からの再生の記録』をつづった作家として、のちに日本ペンクラブ会長にまで就任するのである。」
 
まったくとんでもないヤツだ。しかしその胃袋からすると、なんとなく納得することができ、腑に落ちるというわけだ。
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「人間の条件」を突破できるか――『弱さのちから』

これは大変珍しい本だ。若松英輔氏が、論旨をただ一点に絞って出した。こういう本はありそうで、なかった。
 
世の中がコロナ禍の真っただ中にあるとき、私たちは、従来の考えを改めるべきなのではないか、「弱さのちから」こそ、世の中を根底から変える働きを、秘めているのではないか、というものだ。

「人は、自分や大事な人の死の恐怖にさらされなければ、生や愛について真剣に考えることがありません。そうした意味では、自分がどう生きたいかを真剣に考え直す契機でもある。世界もまた、誰もが抱える弱さを基盤にしたものへと創り変えることができるはずです。」
 
これはお題目ではない。個人の利己主義から、民族間の争い、殺し合いまで、人間には突破できない観念の限界がある。
 
そしてあるときには、その観念体系が、狂気へと進むこともある。70年ほど前の日本を考えてみれば、簡単に分かることだ。
 
若松さんも、そのことはよく分かっている。

「人間が感じる善は、ほとんどが相対的で次元的なものです。それを絶対的なものであるかのように行動することほど、恐ろしいことはない。」
 
かくてその行き着く先は、国を考えてみれば、全体主義国家となる。
 
最初に個人の段階で、こういうことが起こらないようにするのは、はたして可能なのか。
 
これはコロナ禍の中で、じっと考えるに足る問題である。つまり「弱さ」にこそ可能性と価値を見いだしうるのではないか、という逆転の発想である。
 
僕も60代後半になってくると、だんだん人間をやるのが嫌になってくる。男と女は、とくに男の方は、相変わらず女を理解しないし、親子も、とくに親の方は、子供を理解しない。
 
広く社会に目を向ければ、とくに政治の世界では、大国のリーダーはそろいもそろって、ゲスもいいところだ。

「国」を前提にしたとき、それが民族と絡まり合うと、人間のもっとも醜いところがむき出しになる。
 
それでもいくらかは、歴史を見れば、あるかなきかの希望を、なお持っている。
 
若松さんは言う。
 
「今、求められているのはいかにしてその『私』という領域を超えていくかではないのだろうか。」
 
個人が持っている「私」を、どうやったら超えていけるか、人間の条件を乗り越えていくことは、たとえ微々たるものであったとしても、それをしなければいけない。
 
もちろんこれは個人のこととして、最初に私から始めなければならないことなのだ。

(『弱さのちから』若松英輔、亜紀書房、2020年8月7日初刷)
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どんどん巻き込まれていく――『彼女たちの部屋』(2)

レティシア・コロンバニの小説が評判になるのは、フランスの女性の社会的環境が、劣悪だからだ。

「ソレーヌはスマートフォンの画面に没頭し、地下鉄の駅が流れていくのも目に入らない。
〔中略〕貧困労働者の七〇パーセントが女性。フードバンク利用者の過半数はひとり身の母親。この数値は年々上昇し、過去四年で倍増した。」
 
なんだ、日本と全然変わらないんじゃないか。そして世界中で女性の貧困という、同じ困難にぶち当たっているんだなあ。

フランスでは未婚の母の権利も、既婚者と同じくらい、守られているような気がしていたが、そういうことではなかったのだ。
 
しかしそれなら、フランスでは出生率が2人に欠けるくらい、つまり日本や韓国と比べて圧倒的に多く産むのは、なぜなのだろう。

やっぱり子供を産んだ母親の権利が、結婚していなくとも、事実婚であっても、手厚く保護されるからではないのか。これは、この小説の内容とはズレてしまうけれども、理由を知りたい。
 
ソレーヌは「女性会館」で、困難を抱えるいろんな女性と知り合う。元ホームレスや麻薬依存者、名前を変え女性として生きるトランスジェンダー、アフリカで性器切除から娘を守りたくてフランスへ来た女性、アフガニスタンや旧ユーゴスラヴィアの難民女性、レイプに遭っていることが日常的な女性……。

ソレーヌは、ときに溢れる涙を、止めることができなくなる。

そんなとき1人の女に、ズンバに誘われる。

「ソレーヌは微笑む。乱れてバラバラになっている、けれど生きている。心臓は早鐘を打ち、鼓膜がびりびり震動し、血流がからだのすみずみを駆け巡る。全身の筋肉が痙攣する。からだじゅうが引きつって、どこだかわからない箇所があちこち痛む。
〔中略〕もうここには切除された女性も麻薬依存者も、セックスワーカーも元ホームレスもなく、ただ躍動し運命を撥ねつける肉体、生きること進みつづけることへの渇望を叫ぶ肉体だけがある。」
 
ズンバは、ラテン系の音楽とダンスでできた、フィットネス用のエクササイズ。と言っても、分からない人には分からないが、まあとにかく、これ以上ないという激しいダンスである。
 
映画の場面なら、まさにクライマックスである。というふうに、つい映画が浮かんでしまう。
 
こういう、大向こうを唸らせるところを用意するのは、レティシア・コロンバニが、根っからの映画監督なんだろう。
 
なお高崎順子の「解説」を読むと、舞台となった「女性会館」は実在し、100年前のブランシュの悪戦苦闘も、事実としてある。

(『彼女たちの部屋』レティシア・コロンバニ、齋藤可津子・訳
 早川書房、2020年6月25日初刷)
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どんどん巻き込まれていく――『彼女たちの部屋』(1)

レティシア・コロンバニの『三つ編み』が、まあ面白かったので、続けて読んでみる。

『三つ編み』は、インド、イタリア、カナダで、それぞれ女性が苦闘し、一時的に幸せを得て、幕となる話だった。

髪の毛が3つの地域をつなぐという、奇跡的な話で、著者が映画監督だというのが、よく分かった。これはフランスでは、100万部を超えて売れた。
 
こんどは現代と、約100年前の話とが交錯する。2つの時代で、雄々しく生きた女性の話だ。
 
弁護士のソレーヌは、裁判で負けた後、依頼人を自殺で失い、弁護士を続けることができなくなった。医者は、燃え尽き症候群だと言った。
 
そこでソレーヌは、「女性会館」という、恵まれない女性のための保護施設で、紆余曲折はあったが、代書人のボランティアを始める(代書人とは、手紙その他を本人に代わって書く人である)。

「女性会館」という施設には、貧困や暴力で、住むところを失った女性たちが、暮らしている。
 
エリートだったソレーヌには、信じられないことばかりだ。
 
その「女性会館」は、およそ100年前、ブランシュという救世軍の女性が、結核に冒されながら、獅子奮迅の活躍で政治家や財界人を巻き込み、完成させたものだった。
 
ソレーヌは弁護士の仕事を捨て、自分の信念に従って、苦闘する女性たちの役に立とうと思う。
 
レティシア・コロンバニの文章は、相変わらず独創的だ。『三つ編み』ではそれを、シナリオのような文章ということで片付けたが、この度はもう少し考えてみたい。
 
その文体は緊迫していて、読者は思わず前のめりになり、その世界に深くかかわって後戻りできなくなる。なぜそういうことが起きるのか。
 
具体的にはまず、動詞はすべて現在形、これは、現代はもちろん、100年前のブランシュの場合も変わらない。
 
そして動詞でなければ、名詞などの体言止め、あるいは言いさしの形、または疑問形、などである。
 
もちろん『三つ編み』のときと同じく、改行のたびごとに1行アケになっている。
 
これは2作目ともなると、独創的文体として確立している。
 
しかしもちろん、文体は内容を伴って光るものだ。

「施設の女性たちにはお金も愛情も人とのつながりも教育も何もない。自分は立派なアパルトマンに住み、三つある貯蓄口座は満額で、これ以上ないほどこれ以上ないほど不幸だ。薬なしでは起きあがることもできない。」
 
こういう調子で進んでいくので、目が吸い付いて離れない。
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追憶の陰翳――『一人称単数』(5)

最後の短篇「一人称単数」は、現在形で書かれている話。気まぐれで、めったに着ないスーツを着た夜に、奇妙な体験をする話だ。

「それは自分の経歴を粉飾して生きている人が感じるであろう罪悪感に似ているかもしれない。法律には抵触していないにせよ、倫理的課題を含んだ詐称だ。こんなことをしていてはいけない、結局はろくなことにならないと思いつつも、やめることができない、そういう類の行為がもたらす居心地の悪さだ。」
 
そして、その通りのことが起きる。
 
一度も入ったことのないバーで、50歳前後の女性から、猛烈に絡まれるのだ。
 
もちろん「私」は、会ったこともない女だ。

「私」は読書中の本に、しおりを挟み、彼女と向き合った。

「『そんなことをしていて、なにか愉しい?』と彼女は尋ねた。
  〔中略〕
『そんなこと?』と私は聞き返した。
『洒落たかっこうをして、一人でバーのカウンターに座って、ギムレットを飲みながら、寡黙に読書に耽っていること』」

「私」は、何が何だかわからないものの、相手の女性が、猛烈な悪意を持っていることは分かった。
 
結局「私」は、ほうほうの体でバーを後にするのだが、その時にはもう、街は見知らぬ色に染まっていた。
 
この短篇集は、どれも実に面白かった。
 
ただ、最後の1篇を除いては、どれも、遠い追憶を思い返している。村上春樹も歳をとったか。
 
しかしもちろん、それぞれは違う色合いで、違う味付けになっている。「謝肉祭(Carnaval)」の結びの言葉が、そういうことの意味合いを教えてくれる。

「もしそんなことが起こらなかったとしても、僕の人生は今ここにあるものとたぶんほとんど変わりなかっただろう。しかしそれらの記憶はあるとき、おそらくは遠く長い通路を抜けて、僕のもとを訪れる。そして僕の心を不思議なほどの強さで揺さぶることになる。森の木の葉を巻き上げ、薄の野原を一様にひれ伏させ、家々の扉を激しく叩いてまわる、秋の終わりの夜の風のように。」
 
そういうわけで、記憶を遡って、それぞれの短篇を書いた。
 
もちろん歳を取ったから、というわけではない(いや、そういうこともあるかもしれないけれども)。
 
しかし最後の、書き下ろしの短篇を読めば、今現在の居心地の悪さを痛烈に意識している。それはそのまま、作家という存在が、日常を暮らしてゆくことだ。

(『一人称単数』村上春樹、文藝春秋、2020年7月20日初刷)
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追憶の陰翳――『一人称単数』(4)

「品川猿の告白」は、群馬県の温泉旅館に滞在しているときに、旅館に猿が雇われていた話だ(もちろん、猿回し用として飼われていたのではない)。

この猿は、言葉をしゃべるのだ。

「猿がガラス戸をがらがらと横に開けて風呂場に入ってきたのは、僕が三度目に湯につかっているときだった。その猿は低い声で『失礼します』と言って入ってきた。」

「僕」は、なかなか事態が飲み込めなかったけれど、それでもこの猿と、だんだん仲良くなる。
 
猿は背中を流してくれたりする。

「『品川ではどんな人に飼われていたの?』と僕は尋ねた。」

(だから「品川猿」という名前なのだ。)

「『ご主人は大学の先生でした。物理学が専門でして、学芸大学で教鞭をとっておられました』
『インテリだったんだ』
『はい、そうです。無類の音楽好きでして、ブルックナーとリヒアルト・シュトラウスの音楽を好んでおられました。おかげで私もそういう音楽が好きになりました。小さい頃からずっと聴かされていたものですから。門前の小僧、というやつですね』」
 
実に面白い。猿がしゃべると言っても、SF小説では、全然ない。でもなぜ、そういうふうに思うのか。

「『ブルックナーが好き?』
『はい、七番が好きです。とりわけ三楽章にはいつも勇気づけられます』
『僕は九番をよく聴くけど』、それもあまり意味のない発言だ。
『はい、あれも実に美しい音楽です』と猿は言った。」
 
この猿は、SF風ではなくて、村上ワールドの、完全に一員なのである。
 
だから、猿が話をしているのは、読者にとって実に心地よい。
 
ただ困ったことに、この猿は雌猿ではなく、人間の女性に恋をする。
 
と言っても、肉体関係を結ぶのではない。それはちょっとグロになる。
 
そうではなくて、この猿は好きになった女性の、名前を盗むのである。

「『よくわからないんだけど』と僕は言った。『君が誰かの名前を盗むということは、つまりその誰かは自分の名前をすっかりなくしてしまうということになるのかな?』
『いいえ。その人がまったく名前をなくすというようなことは起こりません。私が盗んでいくのはその名前の一部分、ひとかけらに過ぎません。しかし取られたぶん、名前の厚みが少し薄くなる、重量が軽くなるということはあります』」
 
村上ワールド、全開! 手に汗握る、というと変だが、頁を繰る手がとまらない。

「『名前と言うのはどのようにして盗むのだろう? よかったらそのやり方を教えてもらえないかな?』
『そうですね、主に念力を使います。集中力、精神的エネルギーです。しかしそれだけでは足りません。その人の名前が記された、形あるものが必要です。IDが最も理想的です。運転免許証とか学生証とか保険証とかパスポートみたいな。』」

「僕」は、この話に特にテーマはない、と思っていた。そういう特異な体験をした、というだけのことだ。
 
そう思っていたのだが、あるとき女性の編集者と会って、ちょっとドギマギするようなことがあった。
 
その女性編集者は、「僕」と話しているとき、携帯にかかってきた電話に出たのだが、やがて困ったように、「僕」の顔を見て言った。

「『すみません』と彼女は電話の送話口を手で塞ぎ、小声で僕に言った。『妙なことをお訊きしますが、私の名前はなんでしたっけ?』」
 
こういうわけで、品川猿のことは今でも、思い出すことになるのだった。
posted by 中嶋 廣 at 09:28Comment(0)日記

追憶の陰翳――『一人称単数』(3)

次の「ヤクルト・スワローズ詩集」は、短篇小説というよりは、エッセイに近い。

「僕」は、テレビで野球を見るよりは、実際に球場に行って見る方が好きだ。

「何はともあれ、テレビの画面で見る野球からは、ほんとうに心を躍らせるものが失われている。僕はそのように感じてしまう。」

「僕」が応援しているチームは、ヤクルト・スワローズだ。サンケイ・アトムズと名乗った時代から、本拠地である神宮球場に、頻繁に通ったものだ。
 
大学に通うため東京に出てきたときに、神宮球場の近くに居を定めた。

「住んでいる場所から最短距離にある球場で、そのホームチームを応援する――それが僕にとっての野球観戦の、どこまでも正しいあり方だった。純粋に距離的なことをいえば、本当は神宮球場よりも後楽園球場の方が少しばかり近かったと思うんだけど……でも、まさかね。人には護るべきモラルというものがある。」
 
最後の方が、クスリと笑える。
 
ファンの話から、子供の頃に遡る。そして父の話が出てくる。
 
父は筋金入りの阪神タイガースのファンだった。「僕」がタイガースの、あまり熱心なファンにならなかったのは、そのためもある。
 
そこから、父の最期に話は及ぶ。

「ごく控えめに表現して、僕と父親との関係は、それほど友好的なものとは言えなかった。それにはまあいろいろと理由があるのだが、転移しまくるあちこちの癌と、重い糖尿病によって、彼が九十年に及ぶ人生に幕を下ろす直前まで、二十年以上にわたって、僕と父とはほとんどひとことも口をきかなかった。」
 
父のことはほとんどこれだけで、あとはヤクルトの話だ。
 
タイトルにふさわしく、「ヤクルト・スワローズ詩集」から3篇と、そこには収録されていない1篇が載っている。
 
ただ「ヤクルト・スワローズ詩集」というのが、実際にあったかどうかは分からない。

「謝肉祭(Carnaval)」は、次々に出てくる逆説がよく聞いていて、いかにも村上春樹ふうの短篇である。
 
書き出しは、「彼女は、これまで僕が知り合った中でもっとも醜い女性だった」というものだ。

しかし、彼女はそれを利用して、逆に他人を、惹きつけていった。

「……僕が彼女のことを『これまで僕が知り合った中では、いちばん醜い女性だった』と書いても、F*はたぶん気にもしないだろう。いや、むしろ面白がってくれるのではないだろうか。というのは、彼女は自分の容貌が優れていない――というか『醜い』ことを、周りの誰に劣らずよく承知していたし、その事実を自分なりのやり方で逆手にとって愉しんでさえいたから。」

「僕」はあるときサントリー・ホールで、彼女と知り合いになる。

二度目に会ってワインを飲んだときに、無人島にただ1曲もって行くとすれば、それはシューマンの『謝肉祭』だ、というので盛り上がる。

「僕らはそれからずいぶん数多くの『謝肉祭』のレコードやCDを聴いた。どこかのコンサートで誰かがこの曲を弾けば、万難を排して一緒に聴きにいった。手元のノートブックによれば(僕はひとつひとつの演奏について細かく記述を残していた)、僕らは三人のピアニストが『謝肉祭』を弾くコンサートに足を運び、全部で四十二枚の『謝肉祭』のレコードやCDを聞いた。」

「僕」が頻繁に「F*」と会っていても、妻が気にかけなかったのは、彼女の容貌が醜かったからだ。

「F*」は音楽については、きわめて能弁だった。

「音楽を聴く彼女の耳はとても鋭く、それを表現する言葉の選び方も素早く適切だった。音楽知識も深く幅広いものだった。」
 
その彼女が、夫とともに、大型の詐欺事件の主犯格として、逮捕された。

「二人が逮捕された罪状は、資産運用詐欺だった。適当な投資会社をでっち上げ、高い利回りを約束して一般市民から資金を集め、実際にはまったく資産運用などせず、集めた金を右から左に移して穴埋めするだけの荒っぽい、粗雑な手口だ。誰が考えたって、そんな綱渡りは遅かれ早かれ破綻するに決まっている。」
 
いまもテレビのコマーシャルで、そういうのをやっている。すぐに二つ、三つ、思い浮かぶだろう。

「僕」は、「F*」のことを思い浮かべると、何が何だか、分からなくなる。
posted by 中嶋 廣 at 09:39Comment(0)日記

追憶の陰翳――『一人称単数』(2)

「クリーム」は、18歳で浪人しているときに、一つ年下の女の子から、ピアノ演奏会の招待状をもらった話。

「ぼく」は、神戸の山の上まで出かけてゆくのだが、その会場は鉄の門扉が閉ざされていて、誰もいない。
 
狐に抓まれたようで、とぼとぼと歩いてくると、途中で老人に会う。この老人が寒山拾得ばりに、「ぼく」に謎かけをする。

「『フランス語に「クレム・ド・ラ・クレム」という表現があるが、知ってるか?』
 知らないとぼくは言った。フランス語のことなんてぼくは何も知らない。
『クリームの中のクリーム、とびっきり最良のものという意味や。人生のいちばん大事なエッセンス――それが「クレム・ド・ラ・クレム」なんや。わかるか? それ以外はな、みんなしょうもないつまらんことばっかりや』」
 
高尚ではありそうだが、いかんせん、関西弁なのがおかしい。
 
「ぼく」は、謎のピアノの演奏会から、あの老人の不思議な話まで、今も「思いを巡らせ続けているのだ。」

「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」は、冒頭2ページにゴチックで、「僕」が書いたレコード批評が載っている。
 
しかしチャーリー・パーカーが、ボサノヴァを演奏したことはない。つまり「僕」の書いたレコード評は、まったくの架空だった。
 
その架空のレコード評が、なかなか読ませる。そしてそこから、後日談が広がる。
 
しかしこれは、実物を読んでいただきたい。私が勘所を抜いて、詳述するのは無理である。

「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」は、高校のとき、ふとしたことですれ違った女子高生が、LP「ウィズ・ザ・ビートルズ」を胸に抱いていたことが、忘れられない、というところから始まる。
 
一度見た少女はそれっきりで、別の女性が物語の中心になるのだが、その人も若くして自殺してしまう。
 
そういう話を、偶然会った女性の兄に聞かされるが、その兄とも二度と会わなかった。
 
つまり追悼は二重になっていて、これはいかにも村上的世界だが、ここではそれよりも、あまりに見事な文章に息をのんだ。

「実際に僕の心を強く捉えたのも、そのジャケットを大事そうに抱えた一人の少女の姿だった。もしビートルズのジャケットを欠いていたなら、僕を捉えた魅惑を、そこまで鮮烈なものではなかったはずだ。」
 
ここまでが前段である。

「音楽はそこにあった。しかし本当にそこにあったのは、音楽を包含しながら音楽を超えた、もっと大きな何かだった。そしてその情景は一瞬のうちに、僕の心の印画紙に鮮やかに焼き付けられた。焼き付けられたのは、ひとつの時代のひとつの場所のひとつの瞬間の、そこにしかない精神の光景だった。」
 
同じ追憶とはいっても、村上春樹の手にかかると、それは「精神の光景」として、鮮烈な光を帯びる。
posted by 中嶋 廣 at 09:48Comment(0)日記

追憶の陰翳――『一人称単数』(1)

村上春樹の自伝小説だと、勘違いしてしまった。それは『猫を捨てる――父親について語るとき』の間違いだった。
 
しかし、これはこれで面白かった。
 
全部で8つの短篇が入っている。そしてそのどれもが、少しずつ変なところがある。その「変さ」、「変度」が、村上春樹である。
 
最初は「石のまくらに」。

「ぼく」が学生のとき、ふとした成り行きで、一夜を共にすることになった、20歳ばかり年上の女性は、短歌を詠んだ。
 
その女性とは、アルバイト先が一緒だっただけで、それからあとは、二度と会ったことがない。
 
タイトルの「石のまくらに」は、その歌集の名前だ。凧糸のようなもので閉じられた、歌集というのもおこがましい小冊子だった。

「……印刷されたそれらの歌を目で追い、また声に出して読んでいると、あの夜に目にした彼女の身体を、僕は脳裏にそのまま再現することができた。それは翌朝の光の中で見た、あまりぱっとしない彼女の姿かたちではなく、月光を受けて僕の腕に抱かれている、艶やかな肌に包まれた彼女の身体だった。形の良い丸い乳房と、小さな固い乳首と、まばらな黒い陰毛と、激しく濡れた性器。」
 
その短歌は、いくつかが、「僕」の心に届いたのである。
  
  やまかぜに/首刎(は)ねられて/ことばなく
  あじさいの根もとに/六月の水
 
その多くは、死のイメージを追ったもの、しかも「首刎ねられて」といった、かなり特異なものだった。
 
だからひょっとすると、彼女はもう死んでいるかもしれない。もちろん「僕」は、生き延びていることを願っている。

「僕」はいまでも時々、その歌集を読んでいる。
  
  たち切るも/たち切られるも/石のまくら/
  うなじつければ/ほら、塵となる
 
 村上春樹と言えば、独特の比喩。

「『うん。彼はね、私の身体がほしくなると、私を呼ぶの』と彼女は言った。『電話をかけて出前をとるみたいに』」

「僕」は「どう言えばいいのかわからなかったので」、黙っていた。
 
読者はここで、「僕」と同じく、感心する方向に持っていかれる。
 
また、こういう比喩もある。

「『人を好きになるというのはね、医療保険のきかない精神の病にかかったみたいなものなの』と彼女は言った。」

「僕」は「なるほど」と感心する。これも読者に、感心してもらいたいという、うながしだ。どちらも、なかなか気が利いている。
 
しかし私は、どちらもあまり好きではない。村上印のトレードマークかもしれないが、なんとなくあざとい気がして、というと言い過ぎだが、かすかにうんざりする。
posted by 中嶋 廣 at 09:18Comment(0)日記

まったく知らない世界――『重森三玲 庭を見る心得』(5)

しかし庭を造るときには、庭園の美とは何か、というような抽象的なことばかりを、考えているわけではない。
 
例えば石について言えば、それはほとんど、職人が語ることと同じだ。

「その石が、常に私に話しかけてくるのです。私はこんな姿に立てて下さいとか、この裏を出して下さいとか、横に扱って下さいとか、石の方から話しかけてくるのです。それどころではなく、一寸この姿を見て下さいと、石が立ってくれたり、横になってくれるような気がするのです。」
 
作庭の実際を知らないものだから、ここに書かれたことは、具体的には分からない。しかし石が直接話しかけてくるのは、いかにも「職人集昔話」ふうで、読んでいて面白い。
 
もっとも、この本の全体としては、常に「創作」を押し立てていることに、変わりはない。

「庭でも花でもお茶でも、創作のみが人間に許された神からの付与だと思います。この神から与えられた特権を放棄して、マンネリズムを追っていたのでは、全く神に対して申訳がないばかりでなく、人間としての生甲斐がないことになります。」(「春眠鳥月記(喋らない庭石を喋らせる秘訣)」)
 
マンネリズムを打破する、舌鋒の鋭さは苛烈だ。とはいえ神に対して、申し訳が立つの立たないのというのは、いささか異様ではある。
 
このエッセイの勘所は、また別にあって、次のようなものだ。

「今日の庭は、既に、材料の選定から誤ったものが多いようです。庭木も庭石も、最初から、もの凄くお喋りしている材料を選ぶ人が多いのです。庭というものは、お喋りしない材料を選ぶことによって、この喋らない庭木や庭石を喋らせるのが作家の仕事なのです。」(同)
 
この辺は具体的に、何を言っているのか分からない。それでも、庭木や庭石を自覚的に選ぶことが大事なのだな、というところは何となく分かる。
 
作庭から関連して、茶道やいけばなにも、革新的な意見を言う。

「家元的制度、従って流派的制度は只茶道の上ばかりではなく、いけばなの上に於ても、舞踊その他の遊芸全般の上に於ても、日本的と言われる部類のものは、何れもこの制度が伝統の上に強く存在しているのである。だから、この家元や流派の制度が存在する限り、正しい発展は望むことが出来ないのである。」(「神無月林泉日録(今日の茶の湯のあり方)」)
 
行き着くところは家元制度否定論である。私のように、外から見ている分には、およそ空想的な気がするが。だいいちお師匠さんが、食ってはいけなくなるではないか。
 
ただ千利休は、徹底して革新的であったという。40歳頃までは、師匠に教えられた通りでよいが、それを過ぎたら、「自覚と反省とをもって、師匠が東と教えたら西を創作しなさい。山と教えたら谷を創作しなさい。その位な創作性が無ければ茶を習う意味もなく、習っても駄目だし、お茶を習う必要はない」(同)と言っている。
 
これもかなり議論を呼ぶ内容だが、現在でもこれを説く人は、重森三玲以外にいるのかね。
 
そして翻って、現代の学生の話になる。

「多くの学生、すくなくとも量的に大部分の学生達は、お茶などに見向きもしないのだが、それは当然なことであり、正しいことだと思っている。〔中略〕だが然し、この見向きもしない学生諸君も、見向きもしないことだけが賢明なのではなく、創作に乗り出すことによって、今日の自らの生活を豊富にすることこそ、更に賢明ではないだろうか。」(同)
 
理想を言えば、そういうふうにも言えないことはない。しかしこのご時世では、あまりにアナクロで、何というか答えに窮する。
 
ただ「作庭」というのが、まったく別の方向から、光が当てられることを知って、これはこれで実に面白い本だった。

(『重森三玲 庭を見る心得』重森三玲、平凡社、2020年4月15日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 00:25Comment(0)日記