侃侃諤諤、抱腹絶倒、快刀乱麻――『蓮實養老縦横無尽――学力低下・脳・依怙贔屓』(1)

蓮實重彥さんと養老孟司さんの対談と講演。

2001年4月18日、東京大学出版会の創立五十周年記念で、蓮實さんと養老さんの対談と講演会が行われ、これに別の時・所で行なわれた対談を加える。
 
版元は、あの懐かしい哲学書房、中野幹隆さんが一人でやっていた出版社である。
 
僕は2001年にトランスビューを作るとき、先達の中野さんに、話を聞きに行ったことがある。

そのころ哲学書房は知らぬもののない、は言いすぎか、知る人ぞ知る出版社だった。
 
昼の12時に訪ねていくと、飯を食いに行こうというので、山の上ホテル別館のシェヌーに入った。

「何もお祝いするものが無いから、昼飯をご馳走しよう。」
 
もちろんそれで十分である。そのとき、こんなことも言われた。

「出版社なんて、おやめなさい。」
 
これはかなり断定的な口調だった。しかしもちろんその気はない。これは中野さんも分かっていた。
 
それから細かいことを、いろいろ教えていただいた。取次のことや倉庫のことを。
 
それから2007年1月の、中野さんの葬儀に至るまで、二、三度顔を合わせることはあったが、親しく話すことはなかった。
 
一度だけ、電話で褒められたことがある。トランスビューの創業の2冊、『オウム―なぜ宗教はテロリズムを生んだのか―』(島田裕巳)と『昭和二十一年八月の絵日記』(山中和子、養老孟司・解説)を出したとき、「見事だ」と言われたのだ。
 
通夜の斎場で、養老先生が出てこられるところに行き合って、二言、三言、話した。中野幹隆さんは享年63、右腎盂尿管癌だった。
 
さてこの本は、帯が面白い。

「東大の資質に賭けた前総長/
 蓮實重彥と/
 東大を捨てた/
 養老孟司が/

 侃侃諤諤 論じた/
 抱腹絶倒/
 快刀乱麻 の快著」
 
まあ中野さんにしか書けない帯だ。
 
そういえば、サブタイトルの「学力低下・脳・依怙贔屓」も中野さんらしい。ここでは気取ったってしょうがない、むしろ話題になっているものを、露骨に浮かび上がらせたほうがいい、という判断だ。
 
それにしても、「依怙贔屓」をもってくるセンスには恐れ入ります。
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ずっとワクワクさせといて――『地面師――他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(2)

この本は読んでいるときは面白いが、読み終えて全体を見渡すと、バカバカしく見えてくる。

「現代の地面師集団は、まるで江戸時代の盗賊のオツトメのように機略縦横、変幻自在に策を巡らす。地面師集団の後ろには、常に内田クラスの大物詐欺師が控え、犯行を指揮しているケースも少なくない。」
 
江戸時代の盗賊のオツトメは、池波正太郎の影響か。これは歴史的な話じゃなくて、いわば漫画の類でしょ。

それはそれで面白いけれど、こういう詐欺に何人もが、主体的にかかわっていることが、信じられない。
 
あるいはそれが、人間というもの、世の中というものなのか。私は6年前に脳出血になって以来、人間世界からずり落ちかけているので、もひとつよく分からない。

「地面師集団は、弁護士や司法書士がそこに加担し、法の網からすり抜ける術を研究し尽くす。そのうえで、高値の土地持ちを狙い、億単位の資産をかすめ取る。〔中略〕いかにも効率のいい仕事だ。そんな闇の住人たちは、なかなか根絶やしにはできない。」
 
すると別の興味もわいてくる。地面師たちは裏の世界を生きながら、何が面白くて詐欺事件を繰り返すのだろう。
 
1つの事件で、場合によっては10人以上の詐欺師が、役割分担して暗躍している。一人ずつに聞いてみたい、あなたはなぜ地面師になったのか、と。大手を振っては暮らせないその生活に、どんな魅力があるのか、と。
 
あるいは、土地持ちを嵌める詐欺そのものが、面白くてたまらないからか。
 
詐欺事件の報酬としての数億円は、ありていに言えば、そんなに魅力ではない(と思う、たぶん)。そういうあぶく銭を持てば、人間らしい感覚で暮らすことはできない。少なくとも地道には暮らせない。
 
そういうことがわからないくらい、この連中は渡世の貫目が低いのか。たぶん、そうなんだろうな。
 
もう一つ、こういう本を読んでいると漠然と、「土地を個人が持つ」ということに、疑問というか違和感が出てくる。
 
第七章の「荒れはてた『五〇〇坪邸宅』のニセ老人」の終わりごろに、こんなことが書かれている。

「たしかに登場する関係者たちが、そろって胡散臭い。加害者と被害者の線引きが難しく、警察は利害が入り乱れた複雑な人間関係を解明しなければならなくなる。有り体にいえば、警察にとって非常に面倒な事件捜査なのである。」
 
この事件は刑事事件としては、立件されなかった。
 
これはそもそも、個人が土地を所有するというところからして、おかしいのであろう。

むかし司馬遼太郎が、そういうことを述べていたな。詳しいことはまるで忘れてしまったが、『文藝春秋』巻頭随筆か何かで、そんなことを述べていたことがあった。
 
考えてみれば、大胆な提言だったわけだが、あまりに大胆で、反響はなかったような気もする。僕がここに書いても、同じことだろうとは思うが。

(『地面師――他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』
 森功、講談社、2018年12月4日初刷、20日第2刷)
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ずっとワクワクさせといて――『地面師――他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(1)

森功は『鬼才――伝説の編集人 齋藤十一』、『悪だくみ――「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』、と続けて読んできて3作目。帯の表にこうある。

「全国の不動産関係者、銀行員、/デベロッパー社員、弁護士・司法書士、必読の書。
 知らない者から、喰い物にされる
 積水ハウス、アパグループ…/不動産のプロがコロッと騙された/複雑で巧妙すぎるその手口」
 
このころ夫婦で、家を買う算段をしていたので、これはぜひ読まねば、と思ったわけだ(その後結局、家を買うのはやめにした)。
 
とにかく面白そうである。東映の映画の始まりに似て、おどろおどろしい音楽が聞こえてきそうだ。
 
目次の後に「本書に登場する地面師たち」とあって、1ページで15人の地面師たちが載っている。その中でも内田マイク、北田文明といったあたりが、最大の黒幕らしい。
 
内田マイクは、「地面師詐欺の頂点に立つとされる犯行集団の頭目。一九九〇年代後半のIT・ファンドバブル当時に『池袋グループ』を率いて暗躍。逮捕されて服役したのち、数年前にカムバック。ほとんどの主要事件で、その影がちらつく。」
 
これは面白そうだが、しかし一方、警察や検察は何をしておるのかね、という疑問も湧いてくる。
 
北田文明は、「内田と比肩する大物。金融通で銀行融資を組み合わせた〝逆ザヤ〟という詐欺の手口を編み出したとされる。地面師の中でも最も稼いでいる一人。」
 
詐欺の手口はよくは分からないし、人物は興味深くもあるが、しかしこんな人を野放しにしていいのか。
 
秋葉紘子は、「数々の事件でなりすまし役の手配師として登場する大物手配師。日頃は各種施設の清掃員として働き、高齢者のネットワークからはまり役をスカウト。『池袋の女芸能プロダクション社長』の異名を持つ。」
 
これではまるで池波正太郎風の、キャラの立った盗賊の一味ではないか。「数々の事件でなりすまし役の手配師として登場」というのだから、これはもう『ルパン三世』峰不二子のいとこ、または伯母くらいのことはあるね。
 
この本では章ごとに、7つの事件が扱われている。有名なものでは「『積水ハウス』事件」や「アパホテル『溜池駐車場』事件の怪」など。他も似たような詐欺事件だ。

これは出だしはワクワクさせる。「第一章 『積水ハウス』事件」には、「スター地面師」というような小見出しもあって、いやがうえにも興味をそそる。

でもずっと、テンションはそのままなんだよね。悪い奴は、捕まってもたいがいは不起訴になるか、あるいはわずかな刑期を経て舞い戻る。
 
第一章の結びはこんなふうだ。

「内田と北田という二人の大物地面師は積水ハウス事件を計画立案した。そして警視庁は十一月二十日、一四人目の積水事件犯として内田を逮捕した。文字どおり神出鬼没の詐欺集団を率いてきた大物二人を手中に収めた。だが〔中略〕騙しとられた五五億五〇〇〇万円は、闇の住人たちの手で分配され、すでに溶けてなくなったとみたほうがいい。」
 
何ども言うが、日本の司法はどうなっておるのか。
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宇佐見りんを「推す」――『推し、燃ゆ』(3)

ファンを殴った推しは、その後ライブコンサートの前に、結婚して芸能界を引退するという宣言をする。脱退ではなくて、グループのメンバー全員も解散するという。

「とにかくあたしは身を削って注ぎ込むしかない、と思った。推すことはあたしの生きる手立てだった。業(ごう)だった。最後のライブは今あたしが持つすべてをささげようと決めた。」
 
ここからはクライマックス。コンサートを描写する、飛び跳ねるような文体もさることながら、ここではそのコンサートが「あたし」にとって、何を意味するかを正確に書く。

「モニターでだらだら汗を流す推しを見るだけで脇腹から汗が噴き出す。推しを取り込むことは自分を呼び覚ますことだ。諦めて手放した何か、普段は生活のためにやりすごしている何か、押しつぶした何かを、推しが引きずり出す。だからこそ、推しを解釈して、推しをわかろうとした。その存在をたしかに感じることで、あたしはあたし自身の存在を感じようとした。」

「あたし」にとって推しのいない人生は、余生だった。

そのライブが終わっても、「あたし」は「成仏できない幽霊みたいに」、ピリオドが打てない。
 
そこで「あたし」は、ある行動に出る。バスに乗り、何度も迷って延々歩き、推しのマンションに行ってみる。

「ごく普通のマンションだった。名前は確認できないけれど、おそらくネットに書かれていたものと同じ建物だろう。ここで何をしようと思っていたわけではなかったあたしは、ただしばらく突っ立って、そこを眺めていた。会いたいわけではなかった。」
 
そのとき「ショートボブの女の人が、洗濯物を抱えてよろめきながら出てきて、手すりにそれを押し付けるようにし、息をつく。」
 
それが推しの、彼女かどうかはわからない。そういうことは関係がない。

「あたしを明確に傷つけたのは、彼女が抱えていた洗濯物だった。」
 
これからも、引退した推しの現在を見続ける人が、確実にいる。

そう気づいた後、「あたし」は次のステージに移る。

「もう追えない。アイドルでなくなった彼をいつまでも見て、解釈し続けることはできない。推しは人になった。」
 
しかし次の段階は長い道のりである。

「這いつくばりながら、これがあたしの生きる姿勢だと思う。
 二足歩行は向いてなかったみたいだし、当分はこれで生きようと思った。」
 
その後にどんな道が待っているのか。いろんなところを這いつくばりながら、どんな世界を見せてくれるのか。

しかし私は、這いつくばっていた主人公が、ある日突然、力をためて垂直に運動するのを、新たな文体とともに、ぜひ見たいと思っている。
 
これは、新しいステージに移った「あたし」を見たい、ということではない。そうではなくて、小説の構造自体が形而上的に、垂直に動くところを見たいのだ。
 
日本の作家では、川上未映子以外にほとんどいない、そういう運動をする小説作品をぜひ読みたい。

(『推し、燃ゆ』宇佐見りん
 河出書房新社、2020年9月30日初刷、2021年2月14日第13刷)
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宇佐見りんを「推す」――『推し、燃ゆ』(2)

「あたし」の推しを推す態度は、変化せざるを得ない。

「引退試合に負けたときに夏が終わったなんて表現するけど、あたしはあの日から本当の夏が始まったように思う。
 もう生半可には推せなかった。あたしは推し以外に目を向けまいと思う。」
 
夏休みのバイトも居酒屋で、そのためだけに働いた。

2学期が始まっても「あたし」は元には戻らなかった。教室で突っ伏すか、保健室で休んだ。

「原級留置」と言われたのが高校2年の3月で、「留年しても同じ結果になるだろうから、と中退を決めた」。

「あたし」は何もしないわけにはいかないので、家族に向かっては働く意思を見せた。

でも本当は何もしない。「あたし」は推しを推すこと以外は、何もしたくないのだ。
 
ここで一点、疑問が生じる。主人公は肉体または精神に、病を抱えている(ようなのだ)。そういうところが何か所かある。

「あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。」
 
これはまだはっきり病気と言えるかどうか。
 
次の場面は、深夜に母と姉が居間で話しているのを、盗み聞きするところ。

「『ごめんね、あかりのこと。負担かけて』
  〔中略〕
『仕方ないよ』姉はぽつりと言った。
『あかりは何にも、できないんだから』」
 
これではっきり病気だということがわかる。
 
つぎは父親と話をする場面。

「『じゃあなに』涙声になった。
『働け、働けって。できないんだよ。病院で言われたの知らないの。あたし普通じゃないんだよ』」
 
でも病気の内容はわからない。そして最後に決定的な記述がくる。

「なぜあたしは普通に、生活できないのだろう。人間の最低限度の生活が、ままならないのだろう。初めから壊してやろうと、散らかしてやろうとしたんじゃない。生きていたら、老廃物のように溜まっていった。生きていたら、あたしの家が壊れていった。」
 
そういうことなのだ。「あたしの家が壊れてい」く、これは大変なことに見える。

けれども「なぜあたしは普通に、生活できないのだろう」と、こちらに向かって疑問を投げつけられても、困ってしまう。
 
あるいはこれは、「あたし」よりも、作者に関わることなのか。第2作は最初から編集者がついたはずなので、ここでは著者と打ち合わせがあったはずである。こういう、いわば半端なところで納めたのは、どう取ればいいのか。私には、その先は推測できない。
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宇佐見りんを「推す」――『推し、燃ゆ』(1)

朝日新聞WEB版に3月16日付で、宇佐見りんの『推し、燃ゆ』の書評を載せた。ここでは、それをさらにヴァージョンアップしたものを、3回に分けて載せておく。

まず文体。簡にして要を得ていて、しかも密度が異常に濃い。一度読みだすと、目が離せなくなる。

「推(お)しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない。何ひとつわかっていないにもかかわらず、それは一晩で急速に炎上した。」
 
これが第一段階。センセーショナルな内容だが、文章はリズミカル、しかも端正で格が高い。
 
目を転じて、次に自分の状況を書く。

「寝苦しい日だった。虫の知らせというのか、自然に目が覚め、時間を確認しようと携帯をひらくとSNSがやけに騒がしい。寝ぼけた目が〈真幸(まさき)くんファン殴ったって〉という文字をとらえ、一瞬、現実味を失った。」
 
寝ぼけまなこで携帯を探り、そのまま現実味を失うところまで、読者を一気にもっていく。
 
次に自分の不安な内面を描く。

「腿の裏に寝汗をかいていた。ネットニュースを確認したあとは、タオルケットのめくれ落ちたベッドの上で居竦(いすく)まるよりほかなく、拡散され燃え広がるのを眺めながら推しの現状だけが気がかりだった。」
 
ここまで3つの段に分けるべきところを、まとめて1段落にする。それでますます密度が濃くなる。そしてなんと、これで最後まで行く。
 
他の作家と同じく、日本語というルールの中で、一人異次元のスピードで、彼女の世界を描いている。それはちょうど藤井聡太の将棋が、ルールは同じでも、圧倒的なスピードをもって異次元の世界で勝負するのと同じことだ。

第164回芥川賞を受賞した、宇佐見りんの『推し、燃ゆ』は、文藝賞、三島由紀夫賞を受賞した第1作『かか』に続くものだ。
 
高校生の「あたし」は、「推し」の「作品も人もまるごと解釈し続けること」が生きがいである。

そのためにテレビ、ラジオその他で、推しの発言を聞き取ったものは、20冊を超えるファイルに綴じられ、それをもとにブログもやっている。「あたし」は推しを推すことが生活の中心で、その背骨の部分は揺るがない。

「何より、推しを推すとき、あたしというすべてを懸けてのめり込むとき、一方的ではあるけれどあたしはいつになく満ち足りている。」
 
そんなとき推しがファンを殴ったのだ。世間の非難は限りない。
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なんてタイトルを付けるんだ!――『悪だくみ――「「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』

森功の『鬼才――伝説の編集人 齋藤十一』は、愚直な攻めで、齋藤十一の「首から下」の問題をとらえていて、全面的に首肯はしないけれども、面白かった。それで続けて、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した、この本を読んでみた。
 
それにしても『悪だくみ』とは、何というタイトルを付けるんだろう。サブタイトルまで含めると、十全に中身を描いていて、安倍晋三がよくこれで文句を付けなかったものだ。
 
と思っていたら、何ということか、安倍昭恵夫人のフェイスブックに『男たちの悪巧み』と題して、そのものズバリの写真が載っていた。これは今でも拡散して、いろんなサイトで見られる。

「写真は十六年のクリスマスイブパーティではなく、前年のそれだ。そこでは男性の四人組がリラックスしてソファーにもたれ、銘々がワイングラスを手に持ち、ポーズを決めている。メディアによって安倍と加計だけを掲載し、残る二人にはボカシを入れてわからなくしているところもあるが、ボカシている一人が三井住友銀行副頭取だった高橋〔精一郎〕で、もう一人が鉄鋼ビルオーナー家の増岡〔聡一郎〕である。」
 
これはのちに、本当に悪だくみをしていたので、シャレにも何もなっていない。そういう意味では昭恵夫人の「天真爛漫さ」が、最初から本質をズバリと突いていた。
 
森功は、その「悪」を暴くのに、大学時代、アメリカに留学するところから、説き起こす。「悪だくみ」をする連中は、学生時代からつきあいがあったのだ。
 
しかしそう言われても、そうかもしれないな、としか思わない。あまり驚きはない。
 
それよりも加計孝太郎は、なぜそんなに獣医学部にこだわるのか。もっと言えば、なぜ大学教育に、そんなにこだわるのか。その方が興味がある。

「ワンマン理事長の加計にとって、学校運営はビジネスの一環にすぎない。さしずめ獣医学部の開学は、新規の有望事業だと感じているのだろう。ビジネスであるがゆえ、立地を含めた環境や条件が最優先であり、今治市にこだわる必要もない。」
 
そこまでこだわらなくていいのなら、いっそ大学教育から手を引くのも、充分にあり得ることではないか。これからは少子化が一段と厳しくなってくる。

加計学園グループは、はっきり言って、最下層の大学教育を担っている。千葉に作った大学も、看護学部の国家資格合格率は惨憺たるものだ。

教育産業の将来に成算が持てず、そのうえ獣医学部を不正なやり方で作り、後ろ指を指されるくらいなら、さっさと手を引けばいいではないか。加計孝太郎が、大学教育にしがみつく理由がわからない。何か大学教育に、コンプレックスでもあるんだろうか。
 
同時に森功が、このテーマを選んだのも不思議だ。
 
この作品は凡庸であり、安倍昭恵夫人のフェイスブック、『男たちの悪巧み』だけが、瓢箪から駒のように、ど真ん中を射抜いて燦然と輝いている(皮肉ですよ、もちろん)。

(『悪だくみ――「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』
 森功、文春文庫、2019年6月10日初刷)
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伝説の正体?!――『鬼才――伝説の編集人 齋藤十一』(3)

森功のこの本は、他の本には出てこない齋藤十一の、ある深層に迫った面がある。「第九章 天才の素顔」で、齋藤の離婚を取り上げているところだ。
 
ここは非常に分かり辛い。60年代の初めころには、齋藤は家を出ていた。

「このとき齋藤はすでに富士枝とは別居していた。後妻となる美和は週刊新潮が創刊して四年後の六〇年に新潮社を辞め、六五年に齋藤と結婚した。齋藤は鎌倉に家を建て、そこで美和を迎えている。齋藤はいったいなぜ、富士枝と離婚したのだろうか。」
 
離婚したのちも先妻の富士枝に、齋藤の両親の墓の世話を頼んでいる。また別れた妻のため、新たに国立に家を建てている。ほかにも折々に、100万円単位の金を渡している。
 
齋藤と富士枝は、別れはしたけれども、心は緊密につながっている、と見えないだろうか。
 
齋藤家の養子になる小川雄二は、こんなことを言っている。

「少し言いづらいのですが、母やお祖母さん(齋藤の母・志希)の話では、原因は美和さんのお兄様らしい。週刊朝日のお偉い人で、『妹と結婚してくれなかったら、妹との関係を暴露するぞ』と怒鳴り込んできたとか。とくにお祖母ちゃんが怖がってどうしようもなかったみたいで、母が身を引くかっこうになった、と聞いています」。
 
ここはよくわからない。もっと言えば、ここにははっきり噓がある。
 
重役が若い女に手をつけたからと言って、もしこれを公にすれば、時代のせいもあり、女の方が痛手をこうむるのが普通であろう。
 
まして齋藤十一は「新潮社の天皇」、週刊新潮の実質的な編集長である。騒ぎの張本人はオレだと、グラビアのトップに、自分の顔を載せてもいいくらいではないか。

それこそ得意のタイトル付けで、「うっかりお手つきした『新潮社の天皇』のお足元」くらいは、やってもよかったんじゃないか。そこまでやれば、本当に会社を超えて伝説になったのに。
 
そういうことはさておき、この再婚の真相はまったくの謎である。
 
森功だって分かっているだろう。ただこれを追求すると、おそらくまだ、生きている人に迷惑がかかる、さらにそのことによって、『鬼才』というタイトルの中身が、どこかへ行ってしまう、そんなことを秤にかけたのではないか。
 
齋藤は、「首から上の雑誌」を嫌った。秀才が頭でこねくり回すのではなく、「首から下の雑誌」を狙った。それには自らを題材にして、範を示すのが一番だった、とは思わないだろうか。
 
それはともかく、森功のこの本は、齋藤十一にも首から下があったのだ、という当たり前のことを思い出させてくれる。
 
そこが齋藤美和の編集した『編集者・齋藤十一』とは、決定的に違う側面なのである。

(『鬼才――伝説の編集人 齋藤十一』森功、幻冬舎、2021年1月15日初刷)
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伝説の正体?!――『鬼才――伝説の編集人 齋藤十一』(2)

はじめて出版社が創刊した、週刊誌の内実を見ておこう。

「週刊新潮はグラビア十六ページと活版の本文六十四ページの八十ページ、定価三十円でスタートした。創刊号は連載小説に多くのページを割いていたため、活字の六十四ページのうち特集記事はまだ三本しかない。あとは『週間新潮欄』という時事記事、それに映画や演劇、音楽や美術、スポーツや芸能などの『タウン』というコラムページくらいだ。」
 
実際に中を見ていないから、聞いたふうなことは言えないが、それでも大したことはない。
 
事実、最初のころはいろいろ苦心している。

「発行部数だけを見れば、順調に業績を伸ばしているように思える週刊新潮だったが、実売部数のアップダウンが激しく、編集部員としては決して順風満帆とは思っていなかったようだ。」
 
最初は読売新聞の記者がアルバイトで書くなど、いろんな人の力を借りている。そういうことが表立って書かれていることが、この本の取柄である。齋藤十一は、その初期においては、決してスーパーマンではない。
 
ただ、ものの見方が独特だった。元新潮社の鈴木克巳はこういう。

「齋藤さんには特別な情報元がありません。目の付けどころがいいというか、それだけなんです。ですから、本来、齋藤さんから出るスクープ記事はありえない。ただ、ものの見方というかね、それが独特ではありました」。
 
だんだん、スーパーマンというか「新潮社の天皇」の、ありのままがわかってくる感じがある。がしかし、一筋縄ではいかない。
 
松田宏(週刊新潮四代目編集長)はこう語った。

「たしかに齋藤さんは怖い存在だった。しかし、その天皇伝説の本質は、恐怖政治じゃないんだよ。〔中略〕週刊新潮では、なぜか天から降ってくるテーマ、企画そのものがことごとく当たる。いざ徹底的に取材してみると、齋藤さんの言ったとおりだという結果の繰り返しなんだよ。齋藤さんは怖い存在で、みなが恐れおののいていたんだ。そうしてますます天皇化していったんだね。」
 
齋藤十一の「治世」は、恐怖政治ではなかったが、怖い存在で、みなが恐れおののいていた。これでは何もわからない。
posted by 中嶋 廣 at 00:11Comment(0)日記

伝説の正体?!――『鬼才――伝説の編集人 齋藤十一』(1)

齋藤十一については、2006年に冬花社より夫人の齋藤美和編で、決定版といっていい『編集者・齋藤十一』が出た。
 
これは夫人の編にはなっているが、元新潮社のIさんらが尽力されたと聞いた。
 
この本はあまりに面白くて、何十回も繰り返し読んだ。そういう人は、とくに編集者には多いだろう。

そこでは、元新潮社の前田速夫さんや伊藤喜和子さんをはじめ、知っている何人もの編集者が、齋藤十一を縦横に描いている。それが実に魅力的である。
 
こんど森功が書くにあたっては、これ以上のことが書けるだろうか、という危惧があった。
 
しかし結論からいうと、それは杞憂だった。夫人の編になる本はいわば共時的な本で、森功の方は通時的な本である。重なっている部分はあるが、力点の置き方が違う。
 
それに、夫人の編纂本には書かれていなかった、重要な箇所がある。これはあとで述べる。
 
齋藤十一が入社した1935年には、新潮社には150人以上の社員がいた。それが終戦を迎えた1945年8月15日には、わずか31人しか残っておらず、しかもそのうち3人は、なお出征中、徴用中であった。
 
齋藤十一の苦闘、というよりも新潮社の苦闘は、他のすべての出版社と同じく、ここから始まったのである。
 
しかしもちろん私は、いわゆる「新潮ジャーナリズム」をよしとしていない。世の中を斜に構えて、斜め下から見る見方は、いかにもわけ知りふうで、うんざりする。
 
それでも齋藤が、「キミたちは、僕が読みたい本をつくればいいんだよ」と、堂々と言うところには、何とも魅力がある。
 
自分が本当に読みたいものを作る、これはひどく難しい。大学を出て最初に入った筑摩書房は、3か月で倒産したが、その倒産した会社で、最初の編集会議のときに、私は自分が読みたい本を、そういう本だけを作りたいと述べて、出席者の嘲笑を浴びたことがある。
 
笑われた私は、そういうふうなことを言ってはいけないのだと、肝に銘じたが、紆余曲折を経てトランスビューを作ったとき、結局は最初の言葉通りのことをした。
 
だから「キミたちは、僕が読みたい本をつくればいいんだよ」という言い方には、いってみれば、いっそう限りない魅力を感じたのだ。

「編集現場で陣頭指揮を執った生前の斎藤は、どの雑誌でもそう語ってきた。そして、齋藤と接したことのある編集幹部たちはその齋藤の言葉を実践しようとしてきた。」
 
もちろんこれは素晴らしいけれど、私が言っていたこととは違う。

自分が読みたい本だけを作りたい、というのと、自分つまり齋藤十一が読みたい本だけを、他の編集者は作ればいいのだ、というのは、まるで違うことだ。そしてそういうふうに、自分のデザインのままに新潮社を作った人がいるというのは、ただただ驚異だ。
 
齋藤十一にとっては、新潮も、芸術新潮も、週刊新潮も、フォーカスも、自分が読みたい本であり、その中から売れる企画を選りすぐって出したに過ぎない。

それは言葉にすれば簡単だが、よく考えると、ただ呆然としてしまう。
posted by 中嶋 廣 at 15:35Comment(0)日記