原点となった小説――『この町の誰かが』

ホリー・ジャクソンの『優等生は探偵に向かない』(服部京子・訳)の「解説」を、阿津川辰海という人が書いている。その中に、こんなことが書いてある。

「前作〔=『自由研究には向かない殺人』〕を読んで私が思い出したのは、ヒラリー・ウォーの『この町の誰かが』という小説だった。クロックフォードというありふれた町で少女が殺された事件を、ドキュメンタリータッチのインタビュー形式で描出していく傑作だ。」
 
これだけなら、そうかと思うだけなのだが、『この町の誰かが』は我が国においても、多くの後続作品を生み出したという。

宮部みゆき『理由』、恩田陸『ユージニア』『Q&A』、佐野広美『誰かがこの町で』などがそうで、特に『誰かがこの町で』はタイトルからして、ヒラリー・ウォーを賞賛し、その系譜に連なることを宣言している。
 
そうか、僕が読んだ宮部みゆきや佐野広美の作品は、アメリカの小説に原点があったのか。これは読まないわけにはいかない。
 
登場人物は、すべてインタビュー形式で語るので、ついつい引き込まれる。しかもそのインタビューがすべて饒舌なので、人々の暮らしの暗部まで露呈させる。
 
若竹七海の「解説」を聞こう。

「平和で友愛に満ちた小さな町、しかし事件をきっかけに、町は秘めていた闇を次第にあらわにしていった。よそ者への蔑視、暴力衝動、人種差別、精神病者への偏見。操作は遅々として進まず、公安委員会は中傷の場と化し、誰もが疑心暗鬼にさいなまれていく……。」
 
若竹はこれを〈アメリカの悲劇〉と言う。
 
解説の中で焦点を当てていないものに、ホモセクシュアルの問題がある。これはあまりに厄介なので、若竹はスルーしたに違いない。
 
「暴力衝動、人種差別、精神病者への偏見」とならんで、ホモセクシュアルは教会から見れば、最も罪深いものだった。
 
司祭の夫婦のうち、妻のセルマ・ウォーレスの話を聞こう。夫のウォルター・ウォーレスは、尖塔の階段の脇で、首を吊って死んでいたのだ。

「あの人は必死の思いで自分の中に住み着いてしまった悪魔と戦ってきたんです。もう少し時間があれば、悪魔を追い出すこともできたかもしれない。〔中略〕ウォルターは見捨てられたんです。神にさえ見捨てられたと、そう感じたんでしょう。もし、ひとりでも誰かが――たったひとりでいいから誰かが――あの人の味方に立って勇気を与えてやっていたら、ひとりではないんだということを知らせてやっていたら、こんな恐ろしいことは起こらなかったんです。」
 
また別のところで、こうも喋っている。

「さらに悪いことに、あの人の犯した罪は教会の教えの中で最も犯してはならない罪だったということです。殺人や貫通や背信は、心から悔い改めれば許される。でも、ホモセクシュアルは絶対に許されないんです。」
 
この時代は、殺人よりも罪が重かったのだ。ただしヒラリー・ウォーは、作中でこう書いている。

「今日では、クロックフォードのような町でさえ、教会の目から見れば別だが、ウォルターとレアードの〔ホモセクシュアルの〕関係は罪深いものとはみなされないのだ。」

この小説が発表された1990年には、事態は動いており、このようなものだった。

「暴力衝動、人種差別、精神病者への偏見」、そしてホモセクシュアル。著者は、アメリカの根の深い病根を、余すところなくとらえている。
 
ついでに言うと、結末に近いところで、司祭の話が出てくるので、僕はてっきり、犯人はこの司祭だと決め込んで、読んでいった。
 
全然違っていましたね。しかも、犯人が明らかになってから、さらにもうひとひねりあるのだ。

全編インタビュー形式は、微細なところで少し破綻も来たすが、それまでに誰もやったことのない形式は、それだけでもワクワクし、堪能した。
 
ところで若竹七海の「解説」に、ヒラリー・ウォーが1952年に書いた『失踪当時の服装は』は傑作で、しかも「警察小説」を確立したものとある。うーん、これはどうしたものか。

(『この町の誰かが』ヒラリー・ウォー、法村里絵・訳
 創元推理文庫、1999年9月17日初刷)

ミステリーというよりメルヘン――『ザリガニの鳴くところ』(2)

生物学者ディーリア・オーエンズは、「湿地の少女」カイアである。そして2人は、共に孤独だった。

「カイア自身、長い孤独のせいで自分が人とは違う振る舞いをするようにするようになったことに気づいていた。しかし、好んで孤独になったわけではない。カイアは大半のことを自然から学んだ。誰もそばにいないとき、自然がカイアを育て、鍛え、守ってくれたのだ。たとえ自分の異質な振る舞いのせいでいまがあるのだとしても、それは、生き物としての本能に従った結果でもあった。」
 
ここは、カイアをディーリア・オーエンズに代えても、全く問題はない。
 
あるいは次のような箇所。ここでは著者は、「湿地の少女」の仮面を脱ぎ捨てている。

「カイアは時間も星と同様、固定されたものではないことを知っていた。時間は惑星や恒星の周りで速くなったり曲がったりするし、山頂と谷底でも時間の流れは違ってくる。時間はある部分において空間と同じ性質を持っていて、海のように湾曲したり膨らんだりするのだ。また物体は、それが惑星であれリンゴであれ、軌道を周回していようと落下していようと、その動きは重力に引っ張られるから起きるのではなく、より大きな質量が形成する時空の歪みに吸い込まれるから起きるのだという。」
 
この議論をカイアが展開するのは、さすがに無理があるとは思わないだろうか。
 
この小説は、時間が入れ子になっていて、現在形では、チェイスが火の見櫓から落ち、その捜査が繰り広げられるのが、いくつかの章に分かれていて、やがて大団円の法廷場面まで続く。
 
その合間に、カイアの6歳から成人するまでが、回想形式で描かれている。もし殺人事件が起こらなければ、これは稀有な生物学者の自伝を、寓話として書いたものということになる。
 
ディーリア・オーエンズは、そこも書きたかったであろう。しかしそれ以上に、カイアが完全犯罪で男を殺した、ということを書きたかったのだ。

「テイトの献身的な愛情のおかげで、人間の愛には、湿地の生物が繰り広げる奇怪な交尾競争以上の何かがあると気づかされた。けれどカイアは人生を通し、人間のねじれて曲がったDNAのなかには、生存を求める原始的な遺伝子がいまなお望ましくない形で残されていることも知った。」
 
どんなふうに言ってみても、ディーリア・オーエンズが、カイアに託して殺したいほど、若いときに出会った男を憎んでいたことは、間違いないと思う。
 
『ザリガニの鳴くところ』という小説が、全世界で1500万部も売れているとき、ディーリア・オーエンズは何を思っていただろう。もしその男が生きていたら……、あるいは男が死んだから、書いたのか。
 
そういう妄想を抱くのは、いい加減にしなさい、と著者に怒られそうだが、しかしそれは読者の自由だ。
 
なお『ザリガニの鳴くところ』というタイトルは、作中では「茂みの奥深く、生き物たちが自然のままの姿で生きてる場所」、という意味である。そういう慣用句があるのかどうかは知らない。

(『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ、友廣純・訳
 早川書房、2020年3月15日初刷、2022年10月15日第27刷)

ミステリーというよりメルヘン――『ザリガニの鳴くところ』(1)

思わず買ってしまうよなあ。2年半の間に27刷。しかも映画が来て、テレビの予告編が、またゾクゾクするほど面白そうなのだ。とどめはオビ表の、「全世界/1500万部突破の/ベストセラーが/待望の映画化!」。
 
著者のディーリア・オーエンズは動物学者。小説は、69歳で執筆した本書がデビュー作である。

カリフォルニア大学で動物行動学の博士号を取得、カラハリ砂漠でフィールドワークを行ない、それを記したノンフィクション、『カラハリ――アフリカ最後の野生に暮らす』(マーク・オーエンズとの共著)が、世界的ベストセラーになる。他にもその研究業績は、『ネイチャー』誌をはじめ多くの学術誌に掲載されている。

現在はアイダホ州に住み、オオカミやグリズリーの保護、湿地の保全活動を行っている。
 
湿地の保全活動というところから、著者と、主人公の少女カイアが重なる。カイアは、町の人たちが蔑む、湿地に暮らしているのだ。
 
母もきょうだいも、カイアが幼いときに去って行き、最後に残った父も、カイアが6歳のとき去ってしまう。それぞれに事情はあるが、6歳の少女を見捨てる理由にはならない、と私は思う。
 
残されたカイアは、湿地に生えている野菜や果物、水の中の生き物を食べて命を繫ぐ。彼女は学校へも、たったの一日、通ったきりである。
 
ここまでがあまりにメルヘン、というか絵空事すぎる。助けてくれる人が、町にはごくわずかにいるものの、6歳の少女が湿地帯で、一人で生きてゆくのは、無理ではないか。
 
カイアは、読み書きを教えに通ってくれるテイトに、恋心を抱くが、彼は大学へ行くために、彼女のもとを去っていく。
 
次に裕福な青年チェイスが、カイアに近付いてくる。チェイスは彼女を、もてあそぶことにしか関心がない。
 
カイアは、チェイスと深い関係になったのち、それに気づき、チェイスを避けようとする。しかし彼は、執念深くカイアを追いかける。
 
そしてあるとき、チェイスが古い火の見櫓〔やぐら〕から、転落死しているのが見つかる。それは事故か他殺か。他殺だとすれば、犯人はカイアではないのか。
 
後半の法廷場面は、手に汗握る面白さだ。法廷で、カイアは何の弁明もせず、年老いた弁護士が、獅子奮迅の活躍をする。そしてチェイスが火の見櫓から落ちたのは、事故と結論付けられる。
 
カイアはその後、彼女のもとに帰ってきたテイトと結ばれ、湿地帯の生物学者として、栄光に包まれつつ生涯を終える。
 
そこから、どんでん返しが来る。

遺品を整理していたテイトは、そこではじめて、はるか昔、チェイスを火の見櫓から転落死させたのは、カイアであることに気づく。
 
これは余韻の深い終わり方である。
 
とはいえ6歳の子が一人で生きてゆくには、どう考えても無理がある。

もちろんそこは、著者は湿地の生物学者として、無理がないよう、出来うる限りの腕をふるっている。

「たぶん、そこはみすぼらしい不毛の地に見えたのだろう。だが、本当は瘦せた土地などただの一片もなかった。実のところ、陸地にも水中にも、多様な生き物――砂にうごめくカニ、泥のなかを歩きまわるザリガニ、水鳥、魚、エビ、カキ、肥ったシカ、丸々としたガン――が、幾重にも積み重なっていたのだから。自力で食糧をかき集めることをいとわなければ、この地で飢えるものなど一人もいなかっただろう。」
 
そういうふうに力説すればするほど、メルヘンの要素が濃くなる。
 
見捨てられたカイアは、成長して「狼少女」になる代わりに、美しい生物学者になった。そんなことがありうるのか。だからメルヘンだと言うのだ。
 
ここまでくると、著者のディーリア・オーエンズは、たとえ作品はミステリーとメルヘンに分裂しても、これだけは言っておきたい、ということがあったのだ、私にはそうとしか考えられない。

3度目のディドロ――『編集者ディドロ―仲間と歩く『百科全書』の森―』(2)

それにしても、ディドロとは一体何者か。新編集長になった途端、筆禍事件で投獄され、あるところからは地下に潜って仕事をし、図版の剽窃は指摘されるは、およそトラブルは限りなく湧いてくる。

いやになるのが当然ではないか。そこでディドロを耐えさせたものは、「後世を恃む」ということなのか。

この本には、編集長ディドロの生活と仕事の実際、文筆業者と書籍商(=出版社)の相克、商業出版の実態、千差万別の執筆協力者や、予約購読者の実像、ディドロの選んだ図版とは何かなど、読みながら納得と疑問、そして妄想が、とめどなく湧いてくる。

そもそも「地下に潜って」仕事をするとは、どういうことか。

後半の一〇冊を二年間で配布しているが、そしてこれは著者も指摘しているが、縦四〇センチ、横二五センチの巨大な事典が、一巻約四千部、これをどこに置くのか。まさかそれ用に、地下を掘るわけではあるまい。

これは刊行を禁じた側と出す側が、気脈を通じていないと、できないことである。

またロシアのエカテリーナ二世が、発行停止中の『百科全書』を、ロシアで刊行しないかと申し出ている。このときディドロは断っているが、これはどういうことだろうか。

エカテリーナはディドロがお気に入りで、結構な財産も補償している。これは一八世紀のフランスとロシアの関係を、正確に捉えていないとよく分からない。
 
人物に関しては、初期『百科全書』の編集長、グワ・ド・マルヴ神父と、五十歳を超えて執筆陣に参加した、ジョクール騎士が印象に残る。

グワ・ド・マルヴはディドロに先立って、「技芸部分を充実すること」を説いた。先見の明ありのグワだが、金に汚く、また娼婦を買った記録が残ってしまう。それで初期『百科全書』編集長の仕事も、内実は怪しいとされた、陰翳の濃い人物である。

ジョクールはディドロを支え、執筆したのは何と一万七千項目、『百科全書』全体の三分の一に達する。信じられない数である。さらにジョクールは複数の秘書を雇い、報酬は一銭ももらわず、『百科全書』の敵たちですら一目置いていたという。ジョクール騎士、一体どういう人物なのか。
 
とはいえ最大の謎は、ディドロに尽きている。公私ともに細かく事績を追いながら、しかしそれは年譜の上にすぎず、精神的全貌は全く分からない。

いつ投げ出してもおかしくない『百科全書』を、図版の巻も含めてやり遂げたディドロに、著者はこんな言葉を投げかけている。これはルソーとの相克が問題になったところだ。

「この二人の巨人の交流と離反のドラマについては、長い研究の歴史がありますが、事実関係の調査や追究に主眼が置かれるものばかりで、巨人たちが秘めている心のありようの『途方もなさ』のような側面は、いまだまったく解明されていないというのが私の印象です。」

終わりまでを読むと、その「巨人」の精神のとば口あたりも、鷲見洋一は射程に入れている。

(『編集者ディドロ―仲間と歩く『百科全書』の森―』
 鷲見洋一、平凡社、2022年4月25日初刷)

3度目のディドロ――『編集者ディドロ―仲間と歩く『百科全書』の森―』(1)

鷲見洋一『編集者ディドロ―仲間と歩く『百科全書』の森―』の3度目の書評である。これは『神奈川大学評論』(2022年11月30日・101号)に載った。

今回のものが、いちばん書評らしい書評である。というか、『神奈川大学評論』があるので、その前の2つはいくぶんエッセイふうにした。例によってブログ用に細かく段落を分け、1行アキで載せる。

特筆すべきはまず文体。厳めしい「だ、である調」をやめ、肩肘張らない「です、ます調」を用い、注は付けず、参考資料・文献一覧も省略する。その結果、九〇〇頁にならんとする本が、飛ぶように読める。

いやあ、面白くてのめり込んじまった。ディドロと『百科全書』が対象である以上、著者は、思想史という気取った枠で括られる、直線的なアプローチでは、歯が立たないと思ったのだ。

「私はかなり無理をして、自分自身のなかに『複数性』、『多面性』、『超域性』を取り込み、異なった分野同士の照応やズレや違和を確認しつつ、並行して調査や考察を進めるように心がけたつもりです。」
 
そうして出来上がったのは、独創的でポリフオニックな、大部の著作だった。まずは目次を見てみよう。

 第一章 『百科全書』前史/

 第二章 『百科全書』刊行史/

 第三章 編集者ディドロの生涯/

 第四章 商業出版企画としての『百科全書』/

 第五章 『百科全書』編集作業の現場/

 第六章 「結社」の仲間さまざま/

 第七章 協力者の思想と編集長の思想/

 第八章 図版の世界/

 第九章 身体知のなかの図版

『百科全書』は一七五一年に第一巻が、五七年には第七巻が刊行される。

ところが以後は刊行禁止となり、しばらく地下に潜って、一七六五年から六六年にかけて、残りの一〇巻を配布する。

ほかに図版があり、一七六二年から七二年にかけて、一一巻(総図版数二九〇〇枚弱)で完結している。

全二八巻、後の補遺と索引まで入れると三五巻。ちなみに図版の方は、刊行禁止にはなっていない。なぜこういうややこしいことになるのか。

十八世紀のフランスは、現代とは何もかもが違っていて、まず出版の自由がなかった。王権が絶対的であり、加えてカトリックによる弾圧があり、その教権も教皇をはじめ、いくつにも分かれていた。

そもそも「百科事典」の持つ意味が、現代とは異なっている。

「当時は『辞書』という書物の社会的、政治的、宗教的な意味合いがかなり重要で、刊行者や著者の思想を盛る『器』としての役割が大きかった」と著者はいう。

出版の自由がなくて、しかし最先端の知識を駆使して書けば、どうなるか。

そこでは、ディドロたち『百科全書』派のレトリックが生きる。ここではダランベールが書いた、「コレージュ」を引く。

「若者が、人生でもっとも貴重な時期に数えてしかるべき一〇年をコレージュで過ごし、そこで時間を最大限有効に使って卒業した結果がどうなるかというと、死語に関するきわめて不完全な知識であり、忘れるに越したことはないような修辞学の規則と哲学の原理であり、おおくは健康を損ねるのがおちであるような……」。

全文引用は避けるが、これがイエズス会の「コレージュ」である。一八世紀の読者には、この皮肉が痛快だったのか。今なら「百科事典」としては通用しない。(続く)

奇跡の国――『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』(6)

高野秀行は最後に、ソマリランドの奇蹟として、次の3点を挙げる。

・二度の内戦では、みんなが納得するかたちで、どのように賠償金が支払われたのか。

・氏族の武装解除はなぜ成功したのか。

・複数政党制の民主主義に、どうやって移行することができたのか。

これらが解明できないことには、本は書けないではないか。そこでワイヤップを通して、長老の中でも歴史にいちばん詳しい人に、教えを乞う。
 
まず、みんなが納得するように、内戦の賠償金をどんなふうに分けたのか。
 
これは賠償金を支払うのは、無理だということである。考えてみれば何千人も殺されているんだから、それを賠償すると言っても無理なわけだ。
 
その代わり、氏族のうちから娘20人ずつを交換する、具体的には嫁がせる、という方策を取る。
 
その話は、ホーン・ケーブルTVのアフメド記者にも聞いたことがある、と高野はいう。

「憎しみがこれ以上強くなるのを防ぐため、加害者側の一族から美しい娘を選び、被害者の家に嫁がせるんだ。嫁いだ娘は最初はものすごく辛い思いをする。めちゃくちゃいじめられるからね。そりゃそうだろう。自分たちの家族を殺した奴の身内なんだから。でも、子供が生まれると変わる。両方にとって孫になるからね。」
 
長老はそこで、ソマリ語の格言を教えてくれた。

「殺人の血潮は分娩の羊水で洗い流す」
 
よくできた話だが、そして和平の核心には、こういう話があってもいいが、具体的な停戦、それも恒久的な停戦ということになると、やはりそこに至る筋道が、もひとつはっきりしない。
 
あとの2点、武装解除と複数政党についても同じことだ。

長老先生は言う。

「『氏族に政治はできない』と先生は強調する。『氏族はヘール(掟)でしか物事を判断できない。そしてヘールは目に見えるものにしか効かない』〔中略〕
 早い話が、遊牧民ソマリの伝統生活を超えた部分は『目に見えないこと』であり、氏族ではなく政治に任せるしかないという、ひじょうに現実的な判断なのである。」
 
ソマリランドの民主制は大変面白い。議会は2つあって、1つは貴族院みたいなもので、世襲的な族長からしか選ばれない。もう1つは政党による議会で、こちらは誰でも参加可能だ。
 
その政党の数は、3つに限定されている。議員を選ぶ前に、いくつかある政党の中から、3つを選ぶわけである。そうでないと、氏族レベルで政党を作ってしまうから。
 
日本は弱小政党が乱立して、政権与党がどんなにめちゃくちゃをしても、内閣はひっくり返らない。まるで日本を反面教師として、政治制度を作ったようだ。

「政治は政治家に任せ、氏族はそれを監視し欠点を補う。氏族は武力を持たず、国家で唯一武力を持つ政府軍は政治に関与しない。」
 
ソマリランドのハイパー民主主義は、まことによくできている。治安がよく保たれているので車は増え、建設ラッシュで、コカ・コーラもハルゲイサの近郊に工場を作った。
 
高野秀行の願いはただ1つだ。

「ソマリランドを認めてほしい。独立国家として認めるのが難しければ、『安全な場所』として認めてほしい。実際、ソマリランドの安全度は、国土の一部でテロや戦闘が日々続き、毎年死者が数百あるいは千人以上も出ていると推定されるタイやミャンマーよりずっと高い。
 ソマリランドが安全とわかれば、技術や資金の援助が来るし、投資やビジネス、資源開発なども始まる。国連や他の援助機関のスタッフが滞在しても安全でカネもかからない。」
 
私は必ずしも、高野秀行の言っていることに、全面的に賛成するわけではない。その議論は、本格的にやれば、ここに書いたもの以上の長さになるだろう。だからそれはやらない。

それにしても、これは本当に面白い本で、思わず2度読んだ。
 
最後に氏族のことに関して、ぼんやりとした疑問がある。

氏族は武器を持てば、必ず殺し合いをするのだろうか。その本能は原初からのものであって、それを克服するのが、文明の進歩ということなのか。
 
しかし世界を見れば、アフリカだけでなく、あちこちで戦争をしている。20世紀もそうだった。21世紀になっても、相変わらずやっている。文明の進歩という太い一本の道筋は、ひょっとすると、人が心の中に持っている「幻想」ではないか。ついそういうふうに思ってしまう。

(『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』
 高野秀行、本の雑誌社、2013年2月20日初刷、2016年1月25日第9刷)

奇跡の国――『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』(5)

しかし無政府状態の首都モガディショでは、日常生活をおくっていけるのだろうか。
 
たとえば電話は、政府の規制が何もなく、各会社が純粋に競争しているため、料金の安さもサービスの質も、アフリカで一、二を争うといわれている。こういうのを、どう考えればいいのだろう、よくわからない。

電気、水道、ガスはどうだろうか。あるいは学校、病院はどうか。すべて国家がなくたって、やっていけるものだろうか。
 
女子支局長ハムディに、その点を訊くと、驚いたことに「氏族が経営している」という。たぶん「公け」というのがないのだろうが、理屈ではそういってみたものの、具体的な事情になるとよく分からない。

それぞれの「氏族」が学校を経営し、別の氏族の子も排除せずに、普通に受け入れている。病院も基本的には、学校と同じように運営される。このへんは良識がある、と高野は言う。

「南部ソマリアは無政府状態だとか、内戦でめちゃくちゃになっているとか、そういうことばかりが報道されるが、反面、人々は政府なしでけっこうちゃんと暮らしを営んでいるのだ。
『官から民へ』という小泉純一郎元首相のスローガンを思い出してしまう。〔中略〕小泉元首相もできるだけ小さい政府を目指していた。
 ある意味ではその究極がモガディショだったとも言える。軍隊を含めて全部『民』に移行したのだから。」
 
さあ、それはどうだろうか。日本の場合の「官から民へ」は、一度は「官」で統括したものが、「民」に移行したものだろう。「官」と「民」は上下関係ではなく、ゆり返しといったところか。「南部ソマリア」は、実質的に「官」を経験していない(に等しい)。
 
またモガディショ市内の各地に設けられた難民キャンプは、実際に訪れてみると、それまで映像で見ていたのと、印象はガラッと変わる。難民キャンプの共通点は、「別に悲惨ではない」ということだ。
 
アフリカの難民といえば、「やせこけて蠅がたかった子供、赤ん坊を抱いた目が虚ろな母親、ぼろぼろの服を着て足を引きずっている老人などが思い浮かぶ。」
 
しかし現実には、ぱっと見て難民であることがわかる人は、めったにいない。

「水浴びやトイレ、洗濯などには苦労しているだろうが、不思議にこざっぱりしている」し、何よりもイメージと違うのは、笑顔の人が多いことだ。
 
ソマリ人は一般に、写真に撮られることを嫌がる。女性は、見知らぬ男に写真を撮られることを、宗教的な理由からだろうが、拒否している。男も原則的に、写真を撮られることが嫌いだ(考えてみれば日本人だって、拒否するか、顔がこわばる)。
 
ところが難民キャンプでは話が違う。写真を撮ろうとすると、みんなニコニコと微笑む。おかげで、アフリカで撮った女性の写真は、九割がた難民である。
 
なぜ難民は、そろいもそろって笑顔を見せるのか。

「それはきっとホッとしているのだと思う。彼らは戦乱や飢饉から必死の思いで逃れてきた。難民キャンプにしても病院にしても、やっとたどりついた『安全地帯』なのだ。そして、私たちのようにカメラを構える外国人は『自分たちを助けてくれる人』と無意識的に認識するのだろう。だから、警戒心もなく、むしろ仲良くしたいという意思表示で微笑むのだろう。」
 
現場で実際に見るのは、こういうことだ。
 
しかし「かわいそうな難民」を、プロパガンダとして強調する国連やNGOは、それでなくては同情も寄付も集まらないと考える。
 
高野は、複雑な難民事情をよりリアルに出すためには、「大やけどで死ぬかもしれない子供を抱いて微笑む母親の写真の方がずっと現地の困難さを」、浮き彫りにすると思うのだが。

奇跡の国――『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』(4)

紅海は海賊が出る。現在の話とは思えないのだが、そういうことらしい。日本もアメリカなどと一緒に、石油タンカーを護衛しに、自衛隊が出動した。その際、先に相手を撃つことがあれば、日本国憲法との絡みで、どうするかという議論になった。
 
この「紅海の海賊」は、実情を知れば、ちょっと違うみたいだ。極端に言えば、これは身代金を狙ったビジネスなのだ。

「海賊国家プントランド」では、どこの一族にも一人くらい海賊がいて、氏族はその分け前をもらっている、とホーン・ケーブルTVボサソ支局の、アフメド記者は言う。

「『今、若者はみんな、海賊に憧れている』とアフメドは言う。『なにしろ海賊はいい車に乗り、いい家に住み、いい女を連れているからね。女も男をそそのかすんだ。「あんたも海賊をやったらどう? あたしにいい家と車を買ってよ」ってね』。」
 
高野は感心している。女、それは強烈なモチベーションになる、と。
 
ここから浮かび上がるのは、ソマリ人が、正義や悪事を行動の基準にはせず、ひたすら「カネ」を問題にすることだ。

「ソマリ人の基本原理は『カネ』である。ソマリ人社会には『タダ』という言葉はない。伝統に従って長老が仲介や交渉に臨むときでさえ、ちゃんと日当が支払われる。当然、海賊との交渉にだって日当なり謝礼なりが出るだろう。そして、身代金の額が大きい以上、長老に支払われる額も一般の氏族間の争いにおける日当の日ではないだろう。」
 
つまり長老が、積極的に海賊をやめさせる理由は、何もない。氏族間の争いに比べれば、身代金は大きいうえに、相手が復讐に来ることはない。いいことづくめなのだから、氏族間の抗争をやめて、海賊業務に専念してほしい、というのが一般のプントランド人の本音なのではないか、高野はそう考える。
 
ついでに言っておくと、プントランドでは政治家は「国益」ではなく、「氏族の利益」すなわち「氏益」しか考えていない。
 
3ヵ国目は「南部ソマリア」で、その角書きは「戦国」、またの名を「リアル北斗の拳」という。つまり「戦国南部ソマリア」に、安定した政権は存在しない。
 
高野はホーン・ケーブルTVの伝手をを頼って、この国に来た。そこではハムディという、いちばん若い女の子が支局長である。

「深紅に金色の花模様をあしらった長いガブラサール(頭からかぶる肩掛け)を翻したハムディは、モデルのように整った顔立ちと、射貫くような鋭い目をしていた。」
 
この人は口絵に載っている。写真は小さいが、素晴らしい美人である。
 
首都のモガディショは、もちろん雇った護衛なくしては、歩き回れない。しかし高野が想定していた、銃撃戦ですべてが廃墟になった町ではなかった。

「信じられないことに、町は栄えに栄えていた。建物はそこら中、銃弾の跡だらけで、砲弾により崩壊しているものも珍しくなかったが、道端にはオレンジやマンゴー、サモサなどの露店が出ているし、通行人の数も多く、荷物を満載したトラックや荷馬車が行き交い、活気に満ちている。
 ニスを塗ったばかりの家具が積み上げられた家具屋街、インターネットカフェ、旅行代理店、家電ショップ、レストラン、レンタル・ビデオ店……。」
 
高野は、護衛を連れてはいるが、モガディショで買い物に来た気分だった。それはこれまでに、高野がまったく見たことのない町だった。「明るく繫栄している危険な町」、という矛盾する形容詞がぴったりだった。
 
そしてここでも、通っている車はみな日本車である。

「一度など、車の両側に高々と自動小銃を掲げた民兵が二人、立ち乗りをしているバスが向こうから走ってきたのだが、バスの正面には大きくひらがなで『ようちえん』と書かれていて、そのシュールさに目眩がしそうだった。そんな幼稚園、あるか!」
 
世界は見てみなければ分からない、そういうことだ。

奇跡の国――『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』(3)

ソマリランドでは生活する上で独自の通貨、「ソマリランド・シリング」を使っている。

高野が訪れたミャンマーの「自称国家」や「国家モドキ」では、そこから独立しているはずのミャンマーの通貨や、あるいは中国の人民元を使っていた。
 
高野にとって、自前の通貨を持っている「自称国家」は、初めてだった。
 
ちょうど訪れたときは、次期大統領の選挙を巡って、与党と野党がつばぜり合いを演じ、マスコミや住民の間でも盛んに議論していた。

「国家の統一度や一体感は、全国一斉の高校受験があり、国営テレビがそれを当日に全国ネットで報じ、村単位まで網羅した地図が作られて普通に販売されているところに強く感じられる。」
 
自前の通貨を使い、大統領選挙で盛り上がり、全国一斉の高校受験を国営テレビが報道する。そして国の隅々まで網羅した地図が売られていれば、それは「自称国家」ではなく国家そのものだ、と高野は思う。
 
しかしそこで、通訳のワイヤップは、別の角度から卓見を述べる。

ソマリランドは、もともと産業は牧畜以外に何もない。首都のハルゲイサも、内戦で一時は廃墟になった。何にもない国だから、利権もないし、汚職も少ない。土地や財産や権力をめぐる争いも、熾烈なものではない。
 
なるほどこれは、傾聴に値する意見だ。

「ソマリランドは『国際社会の無視にもかかわらず自力で和平と民主主義を果たした』のではなく、『国際社会が無視していたから和平と民主主義を実現できた』と言っているからだ。そして『今後も無視しつづけてくれたほうがいいかもしれない』と言っているのだ。」
 
国連が、ということは主にアメリカが介入し、何とか和平にもって行こうとすれば、むしろしばしば内戦や戦争状態になる、と言っているのだ。これは鮮やかな逆転の発想ではないか。
 
しかしとにかく、ソマリランドには牧畜以外に何もない。人々は一体どうやって食っているのか。
 
これがなんと、外国に出た人間の仕送りなのである。ソマリ人は、最後の命綱を、「氏族」に頼っているのだ。ソマリランドはアフリカの中では、「援助」に頼らない珍しい国である。

アフリカの国は、「欧米諸国、日本や中国、インドといったアジアの経済大国、湾岸の産油国、国連機関、各種NGOからカネや物資が大量に投入され、なんとかかんとかやっていけているという国が普通なのだ。」
 
世界的な地域による「差異」を利用する資本主義の、最後の砦がアフリカなのだ。
 
ところで旧ソマリアは、最初に述べたように「ソマリランド」、「プントランド」、「南部ソマリア」の3国が、奇妙な均衡状態を保っている。
 
あとの2ヵ国も見ておこう。まずは「プントランド」である。
 
高野秀行は、「プントランド」最大の都市にして「海賊の首都」と呼ばれるボサソに飛んだ。

「それにしても、ボサソ行きの飛行機は半端でないボロさだった。なにしろ、シートのリクライニングがほぼ全て壊れ、背もたれが元に戻らない。〔中略〕そして、乗客の三分の二はシートベルトを締めない。乗務員も放置している。私はもちろん、締めようとしたが、金具が壊れていた。世界中で何百回と飛行機に乗ってきた私だが、シートベルトが装着できない状況は初めてだった。」
 
これから出かける「プントランド」がどういうところか、推して知るべしである。

「プントランド」の頭に、高野秀行は「海賊国家」という但し書きを付けている。そこでは空港の外にでたときから、護衛用に4人の兵士を雇わなければ、身の安全は保障できないのである。

奇跡の国――『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』(2)

ソマリランドはイスラム国家で、国旗には「アッラーの他に神はなし」とアラビア語で記されている。酒類の販売は高級ホテルも含めて、全面的に禁止だ。
 
それは厳しい、だからイスラム国家は厳格で嫌いだ、と早合点しないように。酒は禁止だが、その代わり、「カート」という名の麻薬的な植物がある。

麻薬的とはいっても、これは旧ソマリアで禁止された植物ではない。だからあらゆるところで、人々はこれを噛んでいる。見た目はツバキやサザンカに似た常緑樹で、その葉をひたすら噛んでいるのである。

噛むと体の内側から、「とても懐かしい心地よさ」が広がってくる。

「体の芯が熱くなり、意識がすっと上に持ち上がるような感じがする。ソマリ人はこの多幸感を『メルカン』と呼ぶ。昔は合法だったタイのドラッグ『ヤーバー(覚醒剤、アンフェタミン)』に似た、しかも同じくらい強い効き目がある。カートにはアンフェタミンにはない『人恋しさ』という効果があるからだ。」
 
だから高野の取材は、もっぱらカートの助けを借りたものだ。

「なぜかわからないが、近くにいる人に、思いついたことをなんでもかんでも話しかけたくなる。言葉がよく通じないとか、こんなことを急に訊いたら相手が嫌な顔をするんじゃないかという、素面のときの躊躇が春の雪のようにとけてなくなる。」
 
カートはたとえば、長時間のドライブにもいい。集中力が持続するのである。
 
私はここを読んで、疑問に思った。たとえばオランダやイギリスなどでは、カートは合法だが、フランスやドイツでは、非合法である。カートは長くやっていると、後遺症は出てこないのだろうか。著者もそのあたりのことは書いていない。
 
ハルゲイサの人と暮らしは、こんなふうだ。

「ソマリの女性は鼻筋がすっと通り、アフリカ屈指の美人として知られるが、さらに身にまとう衣装が素晴らしい。頭にはスカーフとベールを二重にかぶり、肩から下も二重の長い服に身を包んでいる。一見、厳重なムスリムと見せかけて、その基本四種の布がどれも鮮やかな原色で、複雑な模様と色合いを競っている。〔中略〕
 いっぽう、男は襟つきの長袖シャツとズボンに革靴かサンダルという、アフリカでも中東でも共通したスタイルだ。」
 
テレビでよく見るアフリカのイスラム圏の風俗だ。

「売られている商品はどうかというと、まあ、衣料品から食器、事務用品まで日用品の九割は中国製である。もっとも今はアジア・アフリカのどこの国へ行ってもそうだ。」
 
中国恐るべし。おもわずアジア・アフリカの地図を前にして、「一帯一路」という言葉が浮かんでくる。
 
しかし一方、自動車はほとんど日本製である。ハルゲイサの人に聞くと、何といっても日本製は頑丈で長持ちするという。もちろん新車ではない。中古品が回ってくるのだ。
 
この本にはカラー口絵があって、その写真の一つには、「今ではハルゲイサ市民の足となっている『信州健康ランド』のバス」というネームが付いている。大笑いである。
 
ハルゲイサの町で異色なのは、そこら中に動物がいることだ。大統領官邸や国会、外務省などがあるその前で、牛の群れが寝そべっている。モスクの尖塔には、巨大なコウノトリが巣を作り、裏通りに入るとラクダがうろついていたりする。

「要するに、遊牧民の生活をそのまま都市に持ち込んでいるのだ。遊牧民だから周囲に動物がいて当然、不衛生だとか変だとか思いもよらないらしい。アジアとは全く別の意味でヒトと動物の共存が行われている。」
 
なんとなくハルゲイサの町が、浮かんでくるでしょう(といっても、本を見れば口絵がついていて、ハルゲイサの町角は一目瞭然なのだが)。