最後に残る素朴な疑問――『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(2)

著者の子どもは、地元でナンバー1のカトリックの公立中学へは行かず、「元底辺中学」と著者が呼ぶところの公立中学へ行った。
 
これは著者が、その学校を気に入ってしまったことも大きい。息子と学校を見学に行ったとき、大変感じがよかったのだ。

「先生たちも、カトリック校と違ってフレンドリーで熱意が感じられた」
 
著者にとっては、そういう生の意見が大事なのだ。元底辺校は学力の点でも、真ん中あたりまで上昇していた。

「何よりも、楽しそうでいい。だから子どもたちも学校の外で悪さをしなくなったんだろうね。学校の中で自分が楽しいと思うことをやれるから」
 
イギリスの田舎町には今、「多様性格差」と呼ぶべき状況が生まれている。
 
近年、移民の生徒の割合は、上昇の一途をたどっており、その移民が、白人の労働者階級の学校へは、子どもを通わせなくなっている。白人労働者の学校は、レイシズムがひどくて荒れているという噂が、一般的になってきたのだ。そういう話は、育児サイトの掲示板に行けば、簡単に情報が得られる。

「人種の多様性があるのは優秀でリッチな学校、という奇妙な構図ができあがってしまっていて、元底辺中学校のようなところは見渡す限り白人英国人だらけだ。」
 
そういうところへ、「イエローでホワイト」の息子が、行くことになったのだから、ちょっとドキドキする。
 
しかしそれにしても、イギリスは階級社会だなあ。
 
元底辺中学の大講堂で、クリスマス・コンサートが開催されたときのこと。
 
ジェイソン・ステイサム(というアクションスター)に似た、全身が細長く、眉毛のない、爬虫類に似たコワモテの少年が、ステージに上がった。
 
楽器も持ってなくて、何をやるんだろうと思っていたら、ラップで、自分の書いたクリスマス・ソングをやるという。

「父ちゃん、団地の前で倒れてる/母ちゃん、泥酔でがなってる/姉ちゃん、インスタにアクセスできずに暴れてる/婆ちゃん、流しに差し歯を落として棒立ち

 七面鳥がオーブンの中で焦げてる/俺は野菜を刻み続ける/父ちゃん、金を使い果たして/母ちゃん、2・99ポンドのワインで潰れて/姉ちゃん、リベンジポルノを流出されて/婆ちゃん、差し歯なしのクリスマスを迎えて/どうやって七面鳥を食べればいいんだいってさめざめ泣いてる/俺は黙って野菜を刻み続ける」
 
これはなかなかのもんだ、と著者は思い、そして周りを見渡してみれば、保護者たちは、おかしそうに笑っている人と、すごく嫌そうにしている人に、完全に二分されていた。
 
ラップはまだ続く。

「姉ちゃん、新しい男を連れてきて/母ちゃん、七面鳥が小さすぎるって/婆ちゃん、あたしゃ歯がないから食べれないって/父ちゃん、ついに死んだんじゃねえかって/団地の下まで見に行ったら/犬糞を枕代わりにラリって寝てた」
 
中学校のクリスマス・コンサートでやるラップとしては、非常にハードで、エグくて、僕が活字で読んでも、ちょっと感動的だ。
 
ダークすぎるクリスマス・ソングの、ラップの終わりに来て、テンポが急にスローになる。眉毛のないコワモテのあんちゃんが、詩を朗読するようにゆっくりと言った。

「だが違う。来年はきっと違う。姉ちゃん、母ちゃん、婆ちゃん、父ちゃん、俺、友よ、すべての友よ。来年は違う。別の年になる。万国の万引きたちよ、団結せよ」
 
これを聞いた著者は、鳥肌が立った。

「万国の万引きたちよ、団結せよ」というのは、伝説のバンド、ザ・スミスの有名な曲だという。

もちろん僕は、そんなことは全く知らないけれど、でも著者の感動は十分に伝わる。

「何よりも強く記憶に残っているのは、講堂の両端や後部に立っていた教員たちの姿だ。校長も、副校長も、生徒指導担当も、数学の教員も、体育の教員も、全員が『うちの生徒、やるでしょ』と言いたげな誇らしい顔をしてジェイソンに拍手を贈っていたのである。」
 
ブレディみかこが、息子の後ろで手を引いて、この学校を選んだわけが、分かるというものだ。
 
しかしそれでも、半分の保護者は、しかめっ面をしていたのだった。
posted by 中嶋 廣 at 16:22Comment(0)日記

最後に残る素朴な疑問――『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(1)

これはブレディみかこが、新潮社の『波』に連載しているもので、それは評判になり、今も継続している。切りのいいところで、とりあえず一冊にしたわけだ。
 
書名は、著者が、息子の机を片付けているとき、中学校に入ったばかりの彼が、ノートの隅に落書きしているのを、そのまま持ってきたものだ。

「青い色のペンで、ノートの端に小さく体をすぼめて息を潜めているような筆跡だった。

 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー。

 胸の奥で何かがことりと音をたてて倒れたような気がした。
 何かこんなことを書きたくなるような経験をしたのだろうか。」
 
実にうまい。
 
著者の息子は、カトリックの小学校に通っていたのだが、いろいろな学校を見てまわるうちに、「元底辺中学校」と著者が呼ぶところの学校に、入ることになった。

「英国では、公立でも保護者が子どもを通わせる小・中学校を選ぶことができる。公立校は、Ofsted(英国教育水準局)という学校監査機関からの定期監査報告書や全国一斉学力検査の結果、生徒数と教員数の比率、生徒ひとりあたりの予算など詳細な情報を公開することが義務付けられていて、それを基にして作成した学校ランキングが、大手メディア(BBCや高級新聞各紙)のサイトで公開されている。」
 
イギリスも、結構あっけらかんと、子どもの学校を競わせるんだな。
 
しかし次のやり方はどんなものか。

「子どもが就学年齢に近づくと、ランキング上位の学校の近くに引っ越す人々も多い。人気の高い学校には応募者が殺到するので、定員を超えた場合、地方自治体が学校の校門から児童の自宅までの距離を測定し、近い順番に受け入れるというルールになっているからだ。そのため、そうした地区の住宅価格は高騰し、富者と貧者の棲み分けが進んでいることが、近年では『ソーシャル・アパルトヘイト』と呼ばれて社会問題にもなっているほどだ。」
 
これは実にばかばかしい。校門から自宅までの距離を測り、近い順に受け入れるというのは、正気かね。これって最終的には、親の収入次第ということでしょう。
 
子どもではなく、親の意見で学校が決まるというのは、日本でも同じことかもしれない。でも教育の世界なんだから、もう少し、なんというか、建前を尊重してはどうかね。

たとえば、子どもを立てて試験をするとか(親の試験じゃないですよ)、あるいは地域を限って、そこに住む子どもは、一括で入学を許可するとか、もう少しやりようがあると思うけど。
 
これを、ソーシャル・アパルトヘイトと呼ぶという。冗談ではない。わざわざ呼び名を付けなくても、その前に何とかしろよ。
posted by 中嶋 廣 at 14:48Comment(0)日記

韓流!――『82年生まれ、キム・ジヨン』(6)

先に上げた伊東順子の「解説」から、もう少し引いておく。

「この小説の特徴は、キム・ジヨンをはじめ、母親のオ・ミスク、祖母のコ・スンブンをはじめ、女性が皆フルネームで登場することだ。これは特別な意味を持つ。韓国社会では結婚と同時に女性は名前を失い、『○○さんの母』と単に家族の機能のように扱われる。
 ……この小説では、それぞれの女性にきちんとした名前を与えることで、彼女たちを家族の機能から切り離し、独立した一個の人間として、リスペクトする態度を見せている。」
 
なるほど、それで女性は、くっきりと輪郭が与えられているのか。そうすると、名前に付した「氏」の意味も、なんとなく分かってきそうだ。

「それだけではない。この小説では、夫のチョン・デヒョン以外の男性には名前がない。父親も祖父も名前は書かれず、すべて親族名称のみで記されている。キム・ジヨンの姉キム・ウニョンや義妹チョン・スヒョンにまで与えられている名前が、弟には与えられない。ずっと『弟』のままだ。さらに職場の同僚も、病院スタッフも、女性だけが名前を持っている。」
 
これまでの文学が、ともすれば男だけのものだった、というのを照らし出す意味で、これは実に効果的である。
 
訳者の斎藤真理子が、あとがきに書いている。

「小説らしくない小説だともいえる。文芸とジャーナリズムの両方に足をつけている点が特徴だ。リーダブルな文体、ノンフィクションのような筆致、等身大のヒロイン、身近なエピソード。統計数値や歴史的背景の説明が挿入されて副読本のようでもある。『文学っぽさ』を用心深く排除しつつ、小説としてのしかけはキム・ジヨンの憑依体験に絞りこんで最大の効果を上げている。」
 
訳者だから当たり前と言えば言えるけれど、この小説の効果を、十全に語って過不足がない。
 
最後に一つ、キム・ジヨンという名前について、印象に残る話がある。

「これは、一九八二年に出生した女の子の中でいちばん多い名前がキム・ジヨンだったことから決まった名前である。」

「訳者あとがき」の最後を飾るにふさわしい話だ。
 
いま韓国と日本は、第二次大戦の徴用工や従軍慰安婦のことで亀裂が入り、それが日韓の輸出入の問題や、果てはアメリカを巻き込んだ防衛問題にまで拡大し、そのあげくに検察と敵対して、韓国の法務大臣の疑惑が取りざたされている。
 
個々の局面では、日本と韓国で、いろんな人がいろんなことを言いたいのは判る。しかし大枠のところで見れば、日本人の僕にしてみれば、文在寅〔ムンジェイン〕大統領は本当にダメな奴だ、とついつい言いたくなる。
 
しかしこれは、ネットのニュースが、もっぱら世論をリードしているので、実は危うい。
 
池上彰が、『令和を生きるー平成の失敗を越えてー』の中で語っていたように、ネットのニュースは圧倒的に産経新聞が強い。だから知らない間に、そちらへ流されてしまう。
 
そういうときに、チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』を読むのは、韓国を知るのと同時に、振り返って日本を見、どちらからも距離をおいて、頭を冷やすには格好の読書だといえる。

(『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ、斎藤真理子・訳
 筑摩書房、2018年12月10日初刷、2019年3月5日第7刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:17Comment(0)日記

韓流!――『82年生まれ、キム・ジヨン』(5)

会社の中でも、キム・ジヨン氏は努力した。企画チームの新たなプロジェクトは、会社の中核を担うと思われていたから、ぜひともやりたかった。

でも社長は、同期の二人の男性を入れて、キム・ジヨン氏と、もう一人の女性をはずした。
 
社長は、女性にとって業務と結婚生活や、特に育児との両立が、難しいことを知っていた。だから女性社員は、初めから外したのだ。
 
女性が働きやすくするために、福利厚生に力を入れるよりも、男性社員をそのまま働かせた方が効率的だ、というのが社長の判断だった。

「事業家の目標は結局お金を稼ぐことだから、最小の投資で最大の利益を上げようとする社長を非難はできない。だが、すぐ目の前に見える効率と合理性だけを追求することが、果たして公正といえるのか。公正でない世の中で、結局何が残るのか。残った者は幸福だろうか。」
 
ここは短く書かれているので、これだけだが、実はかなり深い議論を、やろうと思えばやれる、ということである。
 
この社長は、目先の効率と合理性を追求して、どこまでもそれで行こうとするが、果たしてそれでよいのだろうか。資本主義が成熟していないところでは、しばしはそれで、企業は転ぶ。
 
利いたふうなことを言っているが、僕が出版社の社長としてやっているときも、今からみれば、「すぐ目の前に見える効率と合理性だけを追求」して、他には何も見えなかったことが多々ある。最終的に、自分にとっての本、という形を目指していたので、それほど大きな間違いはしなくて済んだが、今思えば冷や汗が出る。
 
社長の言の後半に、世の中の「公正」という問題が出てくる。これについては、議論することが、本当にワンサカある。

著者の言う「公正でない世の中で、結局何が残るのか。残った者は幸福だろうか」というのも、そのうちの大きなテーマである。でも本書は、そちらへは流れていかない。

キム・ジヨン氏は、やがて妊娠する。夫婦は生まれてくる子どもを、男女どちらでもよいと思っているが、親や親戚は男の子を願っていた。

「おなかの子が娘であることがわかった瞬間、これからストレスがたまるだろうなという予感がして、ちょっと気が重くなった。キム・ジヨン氏の母はすぐさま、次に息子を産めばいいよと言い、チョン・デヒョン氏の母は大丈夫と言った。そんなこと言われたら、全然大丈夫ではない。」
 
最後の言葉、可笑しいですね。
 
いずれにせよ、キム・ジヨン氏の行く手には、どよんと大きな塊が、これからもついてまわることだろう。
 
これは、日本人の女の場合も、そして見方を変えれば、男の場合も、同じことだ。日本の場合も、男女は同権ではない。
posted by 中嶋 廣 at 08:50Comment(0)日記

韓流!――『82年生まれ、キム・ジヨン』(4)

キム・ジヨン氏は2005年に大学を出たが、就職では本当に苦労した。ある就職情報サイトが、100余りの企業を調べたところによると、女性の新入社員の比率は、なんと29・6パーセントだった。

「キム・ジヨン氏はすっかり霧に閉ざされた狭い路地に立っているような気分だった。企業が下半期の公開採用を始めると、霧は雨に変わり、素肌めがけて降り注いできた。」
 
このあたりはなかなか、就活の苦しさがよく出ている。

「それ以後も何度となく面接を受け、ときに外見のことを言われたり、服装について下品な冗談を言われたりし、体の特定の部位へのいやらしい視線や不要な身体接触なども経験した。そして就職は決まらなかった。」
 
すっかり気落ちしたキム・ジヨン氏に、父はこう言った。

「おまえはこのままおとなしくうちにいて、嫁にでも行け。」
 
キム・ジヨン氏は、もうご飯も喉を通らなくて、どうしようもなかった。
 
そのとき突然、母のオ・ミスク氏が激怒する。

「……がん、と固い石が割れるような音がした。母だった。母は顔を真っ赤にして、スプーンを食卓にたたきつけた。
『いったい今が何時代だと思って、そんな腐りきったこと言ってんの? ジヨンはおとなしく、するな! 元気出せ! 騒げ! 出歩け! わかった?』
 母があまりにも興奮しているので、キム・ジヨン氏はとりあえず激しくうなずき、心の底からの同意を表すことで母をなだめた。父はうろたえたのか急にしゃっくりをしはじめたが、そういえば父がしゃっくりをするのを見たのはこのときだけだ。」
 
ここはなかなかいい場面だ。この物語の中心に、母のオ・ミスク氏がいることが、強烈に印象付けられる。
 
この本を型にはまったフェミニズム小説、と片付けられないのは、著者がこういう場面で、冴えを見せるからだ。
 
苦労した果てに、キム・ジヨン氏は、小さな広告代理店に職を得る。しかしまた、ここでも難ありなのだ。
 
相手先の広報部長と打ち上げで飲んだとき、キム・ジヨン氏は屈辱に耐えねばならなかった。

「キム・ジヨン氏は顔の形もきれいだし鼻筋も通っているから二重まぶたの手術さえすればいいなどと、ほめているのかけなしているのかわからない外見の話が延々と続く。恋人はいるのかと聞いたかと思えば、ゴールキーパーがいてこそゴールを決める甲斐があるとか、一度もやったことのない女はいるが一度しかやったことのない女はいないとか、笑えもしない十八禁のジョークを連発する。そして何より、ずっと酒を強要する。」
 
かなり下品だけれとも、これなら日本人も負けてない。上には上が、いや、下には下がいるものだ。これは世界中、どこも同じことのような気がする。
 
だからまあ、#MeToo運動が、世界中で起こったんだろうが。
posted by 中嶋 廣 at 09:21Comment(0)日記

韓流!――『82年生まれ、キム・ジヨン』(3)

学校へ行くようになっても、大変なことは起こる。

「学校さえ安心できなかった。無理やり腕の内側に手を入れてつねったり、すっかり育ちきった女子生徒のお尻をたたいたり、ブラジャーの紐が横切っている背中の真ん中を撫でたりする男性教師が必ずいたからだ。」
 
うーん、これは本当かなあ。小説用の脚色じゃないかな。そう思いたい。

もちろん少数の変態教師は、いつでもいるだろうけど。そしてそれを、野放しにしておいちゃいけない、とは思うけど。
 
またバイトをしようとすれば、時にきわどいことになる。

「服装や勤務態度を理由に、バイト代を盾にとって接近してくる雇い主や、商品と同時に若い女をからかう権利も買ったと錯覚しているお客が山のようにいたからだ。女の子たちは自分でも気づかないうちに、男性への幻滅と恐怖を心の奥にどんどんためこんでいった。」
 
これは#MeToo運動が、アメリカやヨーロッパで盛り上がってくると、それに呼応して韓国でも、社会の様々なところに、浮かび上がってきたのだろう。

日本でもありそうなことだが、あまり聞かない。あるいは、僕だけが知らないのか。
 
伊東順子がこの本の「解説――今、韓国の男女関係は緊張状態にある?」を書いていて、これが優れている。僕なんかの知らないことだらけだ。そこに、#MeToo運動のことが出てくる。

「文在寅〔ムンジェイン〕大統領の新政権が発足した年の年末から始まった#MeToo運動は、その発祥の地である米国をはるかに超える破壊力をもって、韓国社会を席巻したのである。
 米国ではハリウッドから始まった運動が、韓国では権力の中枢である検察から始まった。その後に芸能界、政界、大学、映画、演劇、文学等、韓国社会のあらゆる分野を巻き込んだ。次期大統領候補は政治生命を断たれ、人気の俳優は自ら命を絶った。ノーベル文学賞候補とも言われた詩人の作品は教科書から削除された、だけじゃない。それ以外にも、多くの人々が告発を恐れて活動を停止したり、発言を控えるようになった。」
 
こういうことは、日本では、大々的には起こらなかった。その理由は判らない。
 
この本は、こういう大きな流れをよくとらえているが、著者のチョ・ナムジュが本当に優れているのは、些細なことを忘れずに書き留めるところだ。
 
夜遅くなったキム・ジヨン氏が、バス停で男子学生と揉め事を起こしそうになる。そこを、女の人に助けられる。
 
あとで、その女の人に、お礼を言おうと思ったとき、こういう言葉をかけられる。

「でもね、世の中にはいい男の人の方が多いのよ。」
 
さりげない一言だが、キム・ジヨン氏だけではなくて、僕、すなわち読者の方も救われる。
posted by 中嶋 廣 at 09:13Comment(0)日記

韓流!――『82年生まれ、キム・ジヨン』(2)

キム・ジヨン氏には弟がいるが、本当は、その前に妹がいた。
 
しかし妹は、生まれてくることができなかった。夫やその母親が、どうしても男の子が欲しいと言い、妹は望まれていなかったのだ。

「性の鑑別と女児の堕胎が大っぴらに行われていた。一九八〇年代はずっとそんな雰囲気が続き、九〇年代のはじめには性比のアンバランスが頂点に達し、三番め以降の子どもの出生性比は男児が女児の二倍以上だった。」
 
これは本当のことなんだろうか。本当、なんだろうね。
 
1982年には、女児100人に対し、男子106・8人、1990年には、男子116・5人となっている。
 
要するに、上が姉妹の場合には、下は倍以上の割合で男が生まれている。それだけ女は望まれていないのだ。

「母は一人で病院に行き、キム・ジヨン氏の妹を『消し』た。それは母が選んだことではなかった。しかしすべては彼女の責任であり、身も心も傷ついた母をそばで慰めてくれる家族はいなかった。」
 
男の子を望む、そういう雰囲気は、日本では何年くらいまで、あったのだろうか。あるいは、今もそうなのか。日本では、都会と田舎では違うと思うけども、どうなんだろうか。
 
いま、僕や僕の周りで、比較して女子よりも男子がいいと思う人間は、いないと思う、たぶん。しかし田舎の旧家あたりでは、いまも、どうなんだろうね。

それでも1980年代、90年代の韓国のようなことには、なってないんじゃないか、と思いたい。

ともかく韓国では、場合によっては生まれる前から、男女は生き死にの問題で、強烈に差別されている。

生まれてからもそうだ。

「炊き上がったばかりの温かいごはんが父、弟、祖母の順に配膳されるのは当たり前で、形がちゃんとしている豆腐や餃子などは弟の口に入り、姉とキム・ジヨン氏はかけらや形の崩れたものを食べるのが当然だった。」

「傘が二本あれば弟が一本使い、姉妹は一本で相合傘をする。かけ布団が二枚あれば弟が一枚かけ、姉妹は二人で一枚にもぐる。お菓子が二つあれば弟が一個食べて姉妹が残りの一個を分け合う。
 実際のところ幼いキム・ジヨン氏は、弟が特別扱いされているとか、うらやましいとか思ったことはなかった。だって、初めっからそうだったのだから。」

これでは、戦争前の日本ではないか。

こういうのは韓国では、いつごろまで続いたのだろう。それとも、まだやっていたりして。それはそれで、ぞっとする話だ。
posted by 中嶋 廣 at 09:28Comment(0)日記

韓流!――『82年生まれ、キム・ジヨン』(1)

この小説は、韓国で100万部を突破したという。ベストセラーは読まない、あるいは必要とあらば時期を遅らせて読む、というのを曲げてすぐに読んでみる。

とはいっても、女流のフェミニズム小説だというので、あまり期待していなかった。
 
ところが、読むとけっこう面白い。どこが面白いのか、子細に点検するために、2回読んだ。
 
これは表題にある通り、82年生まれのキム・ジヨンという女の、2016年までの、履歴書ふうの物語である。家族は、両親と姉と弟の5人である。
 
まず冒頭の「キム・ジヨン氏」というのに、ひっかかった。登場人物の姓名の下に、「氏」を付けるのは、考えてみれば異様だ。

この「氏」は、どういうふうに受けとめればいいだろうか。主人公の下に「氏」を付けるのは、対象を、ある一定の距離を置いて突き放した見方だが、2度目を読んだ後も、よく分からない。

キム・ジヨン氏は、冒頭の章題の「二〇一五年秋」には、33歳になる。3年前に結婚し、娘がいる。
 
夫のチョン・デヒョン氏は、IT関連の中堅企業に勤めており、キム・ジヨン氏も小さな広告代理店で働いていたが、出産を機に退職した。

キム・ジヨン氏は現在、産後うつから育児うつを引き起こしている。
 
それで精神科の医師に症状を話し、カウンセリングを受ける過程で、キム・ジヨン氏は自分の物語を語る、というのが骨格である。
 
その過程で、女は男に比べてどれほど虐げられているか、というのが炙り出される。
 
そんな小説が面白いのかね、という向きもあるかと思う。しかし面白いのである。
 
例えば初めのところ。キム・ジヨン氏が夫の実家に行って、突然、幽体離脱して、自分の祖母が乗り移り、みんなが啞然とするところ。

「話題を変えるすきもなくジヨン氏が答えた。
『ああ、もう、お義母さん。うちのジヨンはねえ、実は、帰省のたびに体をこわすんですよぉー』
 しばらくの間、誰も呼吸さえできなかった。巨大な氷河の上に家族全員が座っているみたいな寒々しさだ。スヒョン氏〔旦那の妹〕が長い溜息をつくと、それがまっ白な吐息となって散っていくように思えた。」
 
比喩が軽薄、というか蓮っ葉で、ちょっと韓流ドラマめいたところはあるが、でも面白い。
posted by 中嶋 廣 at 14:14Comment(0)日記

ユニーク、大谷崎――『陰翳礼讃・文章読本』(3)

「厠のいろいろ」でいちばん目を引くのは、これを書いている谷崎の、楽しそうな光景である。
 
どこどこでトイレに入ったときは、とあちこちの厠を紹介するのだが、それが楽しくってしょうがない、という具合だ。

「やんごとない上藹(じょうろう)などと云うものは、自分のおいどから出るものがどんな形をしているか知らない方がよく、譃(うそ)でも知らない振りをしていて貰いたい。」
 
やんごとなき方であろうとなかろうと、そんなこと谷崎はん、あんたに関係おまへんやろ、と言いたくなる。それに誰でも、出たものはじっくり眺めて、吟味したいではないか。

大便だけではない。小便も、所によっては味わい深い。それでもやはり、ちょっと困ることもある。

「小便所は、朝顔へ杉の葉を詰めたのが最も雅味があるけれども、あれもどうかと思うのは、冬だと夥しい湯気が立つのである。……放尿中生暖かい湯気が盛んに顔の方へ昇って来るのは、自分の物から出るのだからまだ辛抱ができるとしても、前の人のすぐあとなどへ行き合わせると、湯気の止むのを気長に待っていなければならない。」
 
何か冬の朝、ほっこりと股間から臭ってくるような文章である。さすがは大谷崎。
 
これに、翌朝、二日酔いで厠へ入った先人の後の、なんとも鼻の曲がりそうな臭いをつけ加えれば、僕としては言うことはない。
 
また中国、杭州のホテルに泊まった谷崎は、急に下痢になったので、中国人のボーイについてトイレに入った。ところがそこは、あいにく小便所しかなかったのである。

「私はハタと当惑した。なぜなら『大便所』と云う英語を教わっていなかったからである。で、『もう一つの方だ』と云ってみたけれども、ボーイは悟ってくれないのである。外のことなら手真似でも説明できようか、此奴(こいつ)は真似をする勇気がない。」
 
このあとを、谷崎は書いていないので、詳細は不明だが、でも困ったろうなあ。
 
ちなみにこの段のオチは、「こう云う場合に使う英語を覚えておこうと思いながら、実は今以て知らないのである。」
 
僕も知らない。さあ、困ったぞ。

「文房具漫談」は、書き損じの話。谷崎は毛筆を使うので、それに関するあれやこれやの工夫がある。
 
しかしもちろん、コンピュータの今となっては、平安の昔のようだ。

「岡本にて」は、関東大震災を逃れて、関西に移り住んで、結局、そちらに住み着いた話。岡本は、神戸市東灘区岡本である。
 
ここでは岡本のことよりも、谷崎が行く先々で揮毫を頼まれて、往生する話がおかしい。
 
これは、まず人のものを挙げてからかう。

「大臣や代議士なぞが変な漢詩を臆面もなく発表するのもハタ迷惑だが、書く文句がなくって『児童心理学』と書いたと云う緑雨の話にあるようなのも困りものである。」
 
筆をもって揮毫するのに、苦し紛れに「児童心理学」というのは、困りものというより、シュールといった方がいい。
 
そして次に、谷崎の番が来る。
 
これが書こうにも、適当な文句が浮かばないし、だいいち非常な悪筆だから勘弁してくれ、と言っても、先方は許してはくれない。

「文句がなければ自作の小説の標題なりとも記せと云う。仕方がないので処女作から順々に自分の小説集の目録のようなものを楷書で書いたのが、又運悪く、えりにえって拙く出来て、どう見ても小学校の一年生の習字のようだった。」
 
悪筆は悪筆なんだろうが、ここでは自分を、ぐっと突き放して見ているのがおかしい。

(『陰翳礼讃・文章読本』谷崎潤一郎、新潮文庫、2016年8月1日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 18:54Comment(0)日記

ユニーク、大谷崎――『陰翳礼讃・文章読本』(2)

谷崎は、女性の肉体に対しても、独特の見方、はっきり言えば、一つの「偏見」を持っている。

「私は母の顔と手の外、足だけはぼんやり覚えているが、胴体については記憶がない。それで想い起すのは、あの中宮寺の観世音の胴体であるが、あれこそ昔の日本の女の典型的な裸体像ではないのか。あの、紙のように薄い乳房の附いた、板のような平べったい胸、その胸よりも一層小さくくびれている腹、何の凹凸もない、真っ直ぐな背筋と臀の線、そう云う胴の全体が顔や手足に比べると不釣合いに痩せ細っていて、厚みがなく、肉体と云うよりもずんどうの棒のような感じがするが、昔の女の胴体は押しなべてああ云う風ではなかったのであろうか。」
 
そんなことはなかったと思うよ。それにしても女の身体については、はっきり言って、もう無茶苦茶ですわ。棒のような女性のずんどうに、暗い光を当てて、何でもないところに、陰翳を生じさせる。これ、かなり変態でっせ。
 
谷崎自身の女人の好みは、どうだったんだろうか。大いに気にかかるところだ。

「陰翳礼讃」の最後は、こういう文章である。

「私は、われわれが既に失いつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の檐(のき)を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剝ぎ取ってみたい。それも軒並みとは云わない、一軒ぐらいそう云う家があってもよかろう。まあどう云う工合になるか、試しに電灯を消してみることだ。」
 
こういう結びの一文があって、収まるところに収まっているが、途中は、あまり教科書にはふさわしくないものだ。つまり、変に面白おかしいところがあるのだ。

「文章読本」は、以下の二点をもって、名文とする。

「長く記憶に留まるような深い印象を与えるもの
 何度も繰り返して読めば読むほど滋味の出るもの」
 
とはいっても谷崎も言うとおり、そういうお題目を並べても、「名文」を知らない者は、どうしようもない。
 
はっきり言って僕なども、「長く記憶に留まるような深い印象を与えるもの、何度も繰り返して読めば読むほど滋味の出るもの」と言われても、それを具体的に、読者の目の前に、これでどうかとご覧に入れることはできない。
 
せいぜいが、養老孟司先生の書くものは、名文の一例だ、というくらいのものだ。
 
そこで谷崎は、あの手この手を駆使して、どんなものが名文であるかを、委細を尽くして詳述しようとする。そこはどうか実際に読んでいただきたい。
 
この「文章読本」は、作家が実地に言葉と格闘をして作り上げているので、独特の迫力がある。凡庸な文法、語法の教科書とは、天と地ほど違う。
 
そして「陰翳礼讃」と「文章読本」の間に、三本の随筆、「厠のいろいろ」「文房具漫談」「岡本にて」が挟んである。これは、うめぐさのようだが、そうではないのだ。
posted by 中嶋 廣 at 09:09Comment(0)日記