これもまた小説?――『三つ編み』(2)

話を少し読んだだけで、勘のいい人は、わかるんじゃないか。これは3人の女性を、毛髪が繋ぐんだな、だから、『三つ編み』というタイトルなのだ、と。
 
もちろん、それぞれの女性に、これから先、紆余曲折、物語があり、はらはらしたり、考え込んだりもさせる。
 
クライマックスに向かうところでは、静かで、大きな感動が、やってくる。
 
それは例えば、サラが、抗癌剤で髪の毛が抜けたために、かつらを求めるところ。

「……女性は三番目の箱を取りあげる。なかにあるのは最後のモデル、人毛製、と女性は説明する。希少で高額な商品――ですが、惜しまず購入される方もおられます。そのかつらをサラは驚いて眺める。髪色が自分の髪と同じ、長くつややかで、どこまでもなめらかでずっしりしている。インド人の髪です、と女性が明かす。」
 
それはスミタが、神様に奉納したものだ。寺院で、大勢の女性が髪を奉納するので、スミタの髪かどうか、実は分からない。でも、分からなくてもいいのだ、たぶん。

「髪の加工処理、脱色、着色がおこなわれたのはイタリア、より正確にはシチリアのちいさな作業場で、そのあと髪の毛は一本ずつチュールの下地に固定されます。」
 
それがジュリアの、家族経営の仕事場の成果なのだ。

「サラは鏡にうつる自分を眺める。失っていたものを、髪がいま取りもどしてくれたかのよう。力、尊厳、意欲、サラを本来のつよく誇り高いサラたらしめるものすべて。そして美しさも。」
 
さあ、ここからが、この小説に対する批判、と言っては言い過ぎだが、私の抱いた疑問である。
 
これは非常によくできた、シノプシスではないか。本文がすべて、改行のたびに1行アケになっているのも、いかにもシーンごとの、くっきりとした場面転換を思わせる。
 
冒頭の、不可触民であるスミタの、強烈な登場の仕方を見ても、いかにも映画だなあ、と思わせる。
 
もちろん小説は、何をどういうふうに書いてもいいんだ、という原則は、分かっているつもりだ。
 
しかしそれにしては、著者が、小説家というよりは、あまりに映画監督らしいのだ。
 
私がそういうふうに思うについては、小説家と映画監督とでは、作品との距離が、すこうし違うような気がするのだ。
 
映画監督は、作品の全権を、それこそ隅から隅まで握っている。
 
それに対して小説家は、書いてみるまでは、作品の隅々まで、いや場合によっては、作品そのものの骨格に至るまで、変わってしまうかもしれない。
 
もちろんそんなことは、私一人が思っていることであって、別の読者は、すべてを手中に収めている作家の作品を、読みたいのかもしれない。
 
いや、むしろ圧倒的な読者が、そういうことを望んでいるんだろう。
 
高崎順子が、「解説 ジェンダーギャップ指数で読み解くベストセラー」で書いている。

「コロンバニはどの属性に対しても、ネガティブなメッセージを込めていない。三者三様の力強い戦いぶりを丁寧に描き、結末ではその三つの物語で、見事な『三つ編み』を縒(よ)り合わせてみせる。異なる属性をもつ誰もが否定されず、明るい未来を示唆されている物語。その公正さと希望に満ちた読後感は、コロンバニが読者に手渡す最大の贈り物だ。」
 
たしかに、そういうことも言えるだろう。そこに♯MeToo運動の波が押し寄せる。なるほど、ベストセラーが約束されるわけだ。
 
ちょっと批判的な書き方をしたけれど、でも、もう少し読んでみたい。次の『彼女たちの部屋』も読んでみることにする。

(『三つ編み』レティシア・コロンバニ、齋藤可津子・訳
 早川書房、2019年4月25日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 15:01Comment(0)日記

これもまた小説?――『三つ編み』(1)

これは、フランスの映画監督、レティシア・コロンバニが、初めて書いた小説である。

帯表や、カバー袖の紹介を読めば、「フランスで85万部を突破、32言語で翻訳が決まった」とある。これは今現在では、120万部を突破したという。ついつい期待してしまう。
 
物語の骨格は、インド、イタリア、カナダの、3人の女性たちが、それぞれ苦難の時を迎えて、それをどうやって乗り越えるか、その過程で大団円に向かって、話が撚り合わさって感動の結末を迎える、というものだ。
 
3人の女性の話は、三つ編みのように、こま切れになって進む。
 
まずインドのスミタの場合。
 
彼女は不可触民(ダリット)であり、不浄で、人間界の外側で生きている。一日中、他人の糞便を、素手で拾い集める。

初めて母の仕事を手伝わされたのは、6歳の時だ。

「よく見なさい。おまえもすることになるんだ。そのとき襲われたにおい、スズメバチの大群のごとく猛烈に襲ってきた、鼻の曲がるような非人間的なにおいは、いまでも忘れられない。道ばたで吐いた。じき慣れる、と母に言われた。噓だった。慣れるものではない。スミタは息をとめること、無呼吸で生きることを覚えた。」

冒頭2ページのスミタの場合が、あまりに強烈なので、読者はそのまま、物語に引きずり込まれる。
 
スミタは、自分の娘のラリータには、糞便にまみれる仕事は、絶対にやらせまいと思う。

それには何としても、学校へ行き、読み書きを覚えることだ。スミタは、そういう危険な望みを持っているが、それはラリータが学校へ行った初日から、潰え去る。
 
イタリアのジュリアは、今は時代遅れになってしまった、家族経営の毛髪加工会社で働いている。
 
一家が毛髪を生業にして、約1世紀になる。切り髪を保存するのは、シチリアの伝統で、そこからヘアピースやかつらを作るのである。
 
あるときジュリアの父が、交通事故を起こす。それによって、工場がにっちもさっちも行かなくなっていることが、明るみに出る。
 
倒産寸前の工場の行く末は、ジュリアの双肩にかかってくる。

母は、ジュリアが金持ちと結婚する以外に、急場をしのぐ手はないと言う。
 
カナダのサラ・コーエンは、シングルマザーで、やり手の弁護士だ。朝、アラームが鳴ってから、就寝の時まで、サラの生活は時間との戦いだ。

「ジョンソン&ロックウッド〔法律事務所〕に入ると、馬が疾駆する勢いで階段を駆けのぼり、法廷でも名声を確固たるものにしていった。裁判所は闘争の場、縄張り、闘技場だった。そこに入ると女戦士、情け容赦のない女闘志となった。」
 
こうしてサラは、40歳を前に、同世代の弁護士の、サクセスモデルになっていった。
 
しかし、キャリアは突然、ぽきんと折れた。彼女は癌に侵されていたのだ。
posted by 中嶋 廣 at 09:30Comment(0)日記

口ピ、痛々しい――『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(6)

著者は、小説に救われると同時に、音楽にも救われてきた。音楽に救われる、音楽に勇気を与えられる、と言うのが、どういうことか、僕には分からなかった。
 
山田太一も『月日の残像』の中で、音楽に生きる力をもらう、という言い方を、若い人はするが、そんなことがあり得るだろうか、と書いていた。
 
金原ひとみのこの本を読んで、それが少し、わかったような気がする。
 
著者が鬱だったころ。

「当時絶賛鬱祭りで精神安定剤や抗鬱剤を乱用し、摂食障害で体重が減りに減り生理が止まってホルモン治療を受け、心身ともにぼろぼろだった。カミソリで身体中を削りながら生きているがごとく、生きれば生きるほど痩せ細り、生きれば生きるほど全ての症状が悪化した。」(「フェス」より)
 
そんな時、あるバンドに出会ったのだ。そのバンドの名は、記されていない。ただ、彼らのライブに、行ったときのことが出てくる。

「……彼らの姿を認めた瞬間、弾けたように涙が流れた。どんなに涙を拭い続けてもステージは滲んで彼らの姿が鮮明に見えない。MCの間じゅう泣き続け、曲が始まったらずっと、涙を拭わないまま歌い腕を上げ飛び跳ねた。」(「フェス」より)
 
どういうことか、具体的には分からない。しかし、感極まった状態、それも内側から外に向かって、弾けていることは分かる。

「私が見ていない間も彼らは誰かを救い続けこうしてライブで誰かを泣かせ続けていた。バラバラだった何かがカチンと嵌ってそしてその嵌った完成形のものがシューンとどこかに飛んで行ったようだった。そしてまた新たなピースたちが目の前にある。きっとこのピースたちを私はジリジリしながら嵌め続け、彼の音楽やライブを糧にまた完成させてはシューンとどこかに送り続けるのだろう。」(「フェス」より)
 
こういう情緒的な文章は、なべて危ういものだ。しかしここでは、素直に感動させる。
 
またその文章について、金原ひとみは、真っ向から正論を言う。

「人と人は話し合えばそれなりに理解できるし、理解できなくてもお互いの主張を尊重して共存していくことは可能だよ。そもそも自分の言葉が誰かに伝わるっていうのは全ての表現の第一前提だよ」。(「牡蠣」より)
 
著者が生きていく上で、最後の切り札が、こういうことなのだ。
 
しかし相手のユミは、「あんたええ子やな。真面目やな」と、嘲笑ったのだ。
 
著者はこれにたいし、どういうかたちで、怒りを抑え込んだのか。

「この怒りはこの怒りが鎮まった頃彼女とそれに対立する者のどちらかをバカげたものとして描くのではなく読む人が双方の正当性を感じられる形で小説として完成させることで初めて意味を持つ怒りになるであろうと自分に言い聞かせて次の日になっても収まらない怒りを何とかかんとか抑えつけた。」(「牡蠣」より)
 
いやあ、大変ですなあ。「こんなにも愚かな人間」に、最後の切り札をズタズタにされては、どうあっても小説にするまでは、腹の中でぐつぐつと発酵させねばならぬ、というところか。

「こんな下品な小説! という罵倒や、死ね! という清々しい全否定の読者アンケートを読んでも心が動かなかった私にあんな無力感を抱かせたのは、その時のユミと、十五年前の母親だけだ。」
 
ここが、見方を変えてみれば、金原ひとみの生きる力の源のようだ。

「私のデビュー作を読んだと電話してきた母親は開口一番『セックスシーンは減らせないの?』と言ったのだ。その後に何か続けるつもりだったのかもしれないが、私が電話を切ったためそれは今も分からない。ユミにも母親にも、きっとその時守りたいものがあって、そういう道筋に於いてわたしはただひたすら邪悪な存在でしかなかったのだろう。」
 
見方を変えれば、それがまごうかたなき、金原ひとみの文学の力だ。
 
最後に蛇足を。表題の「口ピ」は口ピアスを指し、他に「舌ピ」は舌ピアスのこと。日本に帰って来たら、中年男性から、口ピアス、舌ピアスのことで、からかいの言葉を受けるようになった。

「一・六ミリのニードルぶっ刺して痛くないわけねえだろ腐れオヤジ。」
 
そう言葉を返すかわりに、

「『おじさんもやれば?』
 笑いながら言う……」
 
著者の内側の奥深くは、ほとんど言葉にできない。

(『パリの砂漠、東京の蜃気楼』金原ひとみ
 集英社、2020年4月28日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 15:13Comment(0)日記

口ピ、痛々しい――『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(5)

男のことも、実に直接的である。

「良くも悪くも私の感情を振れさせるのは男でしかない。男に傷つけられて男に助けを求めてばかりいる自分は、小説を書いても子供を産んでもフランス語を勉強してもいくら新居や生活を整えても空っぽだ。どんなに丁寧に積み重ねても、テトリス棒で四段ずつ消されていく。積み重ねたものは必ずリセットされ、この身には何も残らない。」(「おにぎり(鮭)」より)
 
男しかいない。でもその男とは、深いところで交流はできない。いや、浅いところでも同じことか。
 
テレビ・ゲームのテトリスのように、一瞬で消えてしまう、私の周りと、私。こういう存在を、どうすればいいのだろうか。僕もまた、本を見ながら、途方に暮れる。
 
カフェでキーボードを叩く。帰国以来、いつになく最高潮を迎え、いくらでも書けるような気がする。
 
そのとき、定年前後くらいの男が叫んでいる。著者は、慌ててイヤホンを取る。

「『パソコン! これ!』
 と指でテーブルをドンドンたたきつける。」(「玉ねぎ」より)
 
パソコンがうるさいのだ。
 
著者はパソコンを閉じ、離れた席に移動する。でも、どうにもならない静かな怒りが、沸き起こってくる。
 
そのとき不意に、母の顔が浮かんだ。

「彼女もそういう人だった。私は平気、大丈夫よ、と言い続け、ある時突然『どうして察してくれないの信じられない! 私は皆から搾取されてる!』と被害妄想を爆発させヒステリーを起こすのだ。実家から離れたこんな場所で母の亡霊に出会うとはと思いながら、私はもう走らない指をのろのろとキーボード上に行き来させた。」(「玉ねぎ」より)
 
ここで初めて、母のことが出てくる。

金原ひとみが書けなくなるような、根本のところに、母親がいる。
 
しかし母親そのものが、原因であるのかどうかは、分からない。娘と母親が憎み合っていることについては、男の自分にはよくわからない。

これは女の場合も、母娘が憎み合っていなければ、分からないのかもしれない。

「『死ねばいいんだろ? 死んでやるよ!』
 恐らく一番激しかった母とのつかみ合いの喧嘩が脳裏に蘇る。何を責められていたのか叱られていたのかは覚えていない。とにかく母に罵倒された私はそう怒鳴り、怒鳴った瞬間に引っ叩かれた。〔中略〕引っ叩き返したのはあの時が初めてだったような気がする。引っ叩いたあと、母の首を摑んで揉み合った。死んでやるよと怒鳴りながら、もう殺してくれればいいのにと思っていた。」(「母」より)
 
こういうのは、稀にある。宅急便の創業者、小倉昌男さんのお嬢さんも、こんなことだったようだ。小倉さんのお嬢さんの場合は、後で薬ができて、よくなったらしいが。
 
金原ひとみの場合は、時間が経つということだけが頼りだった。

「子供時代は、最も生きづらい時代だった。ただ苦しいだけの日々が延々続いていた。」(「母」より)
 
その中で、一条の光が見えてくる。

「きっと私は恋愛によって救われたのだ。」(「母」より)

しかしその相手とも、分かり合うことはできない。
posted by 中嶋 廣 at 15:20Comment(0)日記

口ピ、痛々しい――『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(4)

金原ひとみは、精神と肉体については、独特の考え方をしている。
 
ある日、ひどい胃痛に襲われたときのことだ。

「胃が出てくるんじゃないかと思うほど便器に向かって何度もえずく。ようやく吐き気が治まりベッドに戻るが、十分もすると耐えきれずまたトイレに向かった。」(「ガストロ」より)
 
いよいよどうしようもなくて、すったもんだしたあげく、日本人の医者がいる総合病院で見てもらう。
 
しかしどこといって、悪いところはない。
 
知り合いはみんな、言葉の通じない国で、一人で子育てをすれば、ストレスで胃がやられるのは、当たり前だという。
 
しかし著者は、ストレスと胃痛を、結びつけて考えたくないという。精神的なものと、肉体的なものとは、切り離して考えたいのだ。

「どんなにストレスがあろうと、それとこれとを結びつけない。精神のみならず肉体までコントロールできなくなることが怖いのだ。私を私たらしめているのは、もしかしたらこの貧弱な精神ではなく頑強で単純な身体によるところなのかもしれない。でもだとしたら、私はここまでぴったりと寄り添ってきた精神ではなく、頑強だと思い込み蔑ろにしてきた身体に、いつか裏切られる時が来るのかもしれない。」(「ガストロ」より)
 
これはもう、必ず裏切られることになるだろう。
 
それはもちろん危機だけれど、しかし歳とって、そのことに直面する事態もまた、見てみたい。
 
それは大きな危機だけれど、もしそれを乗り越えて行ければ、新しい展望が開けていそうな気がする。
 
と、外野は気楽なことを言っていればいい。それはそうだ。作家は常に、炭鉱を行くカナリヤで、そういうふうな位置を、占めてしまっているから。
 
子供と自分の関係も、刻々変わる。鬱のひどいときには、もうどうしたらいいか、分からない。

「あの時の自分には何かが乗り移っていたようにしか思えない。二人目の子が五歳を超えた頃から、赤ん坊や赤ん坊を育てる人たちに壁を感じるようになった。子供を産み激しい育児をしていた頃の私は元来の私ではなく、子供たちの手が離れるにつれ元の自分に戻っていった、という意識が拭えない。」(「ピュトゥ」より)
 
一般に、生まれたての子供を見たとき、親は親としてのスイッチが入り、たいていの親は、「激しい育児」をすることになる(とはいうものの、「激しい育児」ってなんだ)。
 
5歳くらいまでは、自分の子供を見て、何てかわいいんだろう、この子は他の子とは、明らかに違っているようだ、と思う。
 
10年後、その頃の写真を見ると、何ということはない。自分によく似た子供が、いるばかりだ。親はそういうふうにして、必死で親になったことがあるのだ。
 
金原ひとみの場合は、少しばかり違っている。「子供たちの手が離れるにつれ元の自分に戻っていった、という意識が拭えない」のみならず、「生きていることに激しい罪悪感がある。払拭できない覆せない罪悪感がある。生きているだけで何かの害悪でしかありえないという確信がある。」(「ピュトゥ」より)
 
金原ひとみがある時期、我を忘れて「親」をやったのは、ほとんど奇跡だ。あるいはそれほど、ある時期の本能は強いのか。

「私は何故常に理性を失い続けているのだろう。どうして三十四年間、理性を喪失したまま生きてきたのだろう。私の人生は足を踏み外し続けることで無理やり転がり続けてきたようなものだった。」(「ピュトゥ」より)
 
こういう言葉を書き留められることにおいて、著者は首の皮一枚、かろうじてこの世に連なっている。
posted by 中嶋 廣 at 00:44Comment(0)日記

口ピ、痛々しい――『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(3)

しかし、視線が自分の方を向くと、怖ろしい。

「まるでもう長いこと、自分は全くもって生きていないような気がしている。生きているのか死んでいるのかも分からないまま、助けてという言葉の行く宛てもなく苦しいだけの毎日が拷問のように延々繰り返される。これは一体自分のどの罪に対する罰なのだろう。」(「アボン」より)
 
もちろん、どの罪というようなことはない。しいて言うならば、存在自体に対する罰である。
 
そういうことは、パソコン絡みのごたごたがあると、しかもフランスであると、もう絶望的である。

「仕方なくiTunesからバックアップを取り初期化、復元しようとするが、何故か復元のためのパスワードが弾かれる。わざわざ新しいパスワードに変更して書き留めておいたのに、いくら打ち込んでも弾かれるのだ。自分は何かパスワードを狂わせる磁気のようなものを発しているのだろうか……。」(「アボン」より)
 
なんか分かるね。読んでいて、頭が同調して、気が狂いそうになる。
 
それでも母親の役割は、しなければいけない。

「彼女たちの日常には自然にレイシズムという言葉が入り込む。『今日はRacismeの授業があった』と長女が言った時、それがレイシズムのことだと発音のせいもあって私はなかなか気づけなかった。」(「プリエル」より)
 
これはブレイディみかこが、英国の場合も、同じようなことがあると、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』に書いていた。
 
どちらも母親であり、子どもに向ける目は、繊細で震えるようだ。
 
しかし金原ひとみの方は、それが自分に向かい、どうしようもなくなる。それは差別以前の、より根源的な苦しみだ。

「差別や悪意以前に、存在するだけで、誰かを愛したり、誰かを生理的に嫌悪したり、誰かに対して個人的な感情を抱くだけで、常に何かに傷つき、何かを傷つけて生きている。生きているだけで、何かに何かの感情を持っただけで何かに傷つき、何かを傷つけてしまうその世界自体が、もはや私には許容しがたい。」(「プリエル」より)
 
これで母親をやるのは、苦しかろう。

「この砂漠のように灼かれた大地を裸足で飛び跳ねながら生き続けることに、人は何故堪えられるのだろう。爛れた足を癒す誰かの慈悲や愛情でさえもまた、誰かを傷つけるかもしれないというのに。」(「プリエル」より)
 
こういうところに立つことは、苦しいだろうけれども、しかし作家として、もっとも誠実であることなのだ。
 
と同時に、こういう著者を支えていくのは、並大抵のことではないな、と編集者をしていた僕は、つい考えてしまう。
posted by 中嶋 廣 at 08:48Comment(0)日記

口ピ、痛々しい――『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(2)

金原ひとみは『蛇にピアス』以外読んだことがない、と書いたら、『マザーズ』があるじゃないの、と訂正を入れられた。すみません、このブログでも取り上げました。
 
もう何を書いたか忘れたけれど、堂々とした小説で、しかし複数の「マザーズ」が、あまり書き分けられてなくて、素晴らしく読みごたえのある「観念小説」だと思った。菊地信義さんの装幀も、重厚でよかった。
 
小説と違って、エッセイの方は素直で、破れかぶれのところがある。

「とにかく何かをし続けていないと、自分の信じていることをしていないと、窓際への誘惑に負けてしまいそうだった。これまでしてきたすべての決断は、きっと同じ理由からだったのだろう。不登校だったことも、リストカットも、摂食障害も薬の乱用もアルコール依存もピアスも小説も、フランスに来たこともフランスから去ることも、きっと全て窓際から遠ざかるためだったのだ。そうしないと落ちてしまう。潰れてしまう。ぐちゃぐちゃになってしまうからだ。」(「エグイユ」より)
 
正直なものだ。ちょっと涙が出そうになる。
 
しかし窓際から遠ざかる過程で、『マザーズ』のような小説が書けるとすれば、まさしく才能という以外にはない。
 
自分のことはこれでもか、という具合にずたずたに、いわば解剖するけれど、その目をフランス社会に向ければ、それは実に鋭いものだ。

「この国では、路上生活者から普通の大学生のような人までフランクに煙草乞いをする。来た当初は図々しいと感じたが、電車内で自分の大変な生い立ちをプレゼンしお金をもらって回る人も少なからずいて、お金を渡す人も少なくないところを見ると、施しの感覚が日本とは全く違うのだろう。」(「シエル」より)
 
物乞いと施しについては、ブレイディみかこも書いていたが、これは例によって緊縮財政を攻撃するためだった。
 
しかし英国でも、フランスでも、物乞いが頻発していることは、たとえば『世界ふれあい街歩き』を見てても、絶対に分からないことだ。
 
フランスの社会はまた、カフカの『城』のようなところでもある。

「それは私の管轄じゃない。それは私のせいじゃない。というのはフランスの事務手続きを一つする時に五回くらい聞く言葉だ。実際に縦割り社会で、警察や市役所などの大きな機関では自分のやる仕事以外はなんにも把握していない人がほとんどで、全体を把握している人がどこにもいないのだ。」
 
これがもし本当だとすれば、ヨーロッパに比べて、日本は作業効率が悪くて、だから一般に残業をするんだ、という見方もちょっと疑問だ。

「城に測量士として雇われて来たのに延々城に入れないというカフカの『城』が書かれたのも、こうした理不尽な体験が元になっていたに違いない。」(「アボン」より)

『城』は、現実の役所なんかとは違って、身の危険も迫る、実に不条理なものだ。それにカフカの小説は、舞台はフランスではなかったと思うけど、しかし金原ひとみの、八つ当たりの仕方がおかしい。
posted by 中嶋 廣 at 00:23Comment(0)日記

口ピ、痛々しい――『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(1)

金原ひとみのエッセイ集というか、長編エッセイというか、その中間ですね。

パリ篇と東京篇は、どちらも、それぞれ違うWEBサイトに、連載されたものだ。
 
出だしはあまりに文学的すぎて、ちょっと敬遠したくなるけれど、すぐに金原ひとみの世界に、没入していくことになる。さすがにすごい吸引力だ。
 
前半が「パリ」、後半が「東京」である。

一篇ずつは短いもので、「パリ」編は、タイトルが、「ミルフィーユ」「カニキュル」「スプリッツ」……、「東京」編は、「カモネギ」「おにぎり(鮭)」「玉ねぎ」……。

「パリ」編には、個々のタイトルの意味が、本文中に付されている。
 
しかし「ミルフィーユ」とは言っても、菓子を想像したりすると、手痛いしっぺ返しを食らう。
 
例えば、夫がどういう人であるのか。のっけから、男女の断絶の様相が描かれる。

「ここまで十数年の時間をかけて知ってきたのは、私と彼との間にある高く険しい壁の形であって、その壁の向こうにいる彼自身については何も知ることができないまま、互いに何もわからないまま生きている。壁を壊そうと足掻くのをやめた今も、見えないところで少しずつ白蟻が家を食い荒らしていくように、その分からなさは少しずつ確かに私を蝕んでいる。」
 
そういう人の、パリ暮らしエッセイである。
 
しかし僕は、金原ひとみは、『蛇にピアス』以外に読んだことがない。この夫婦については、もうちょっと予備知識がないと厳しいぞ、と思う間もなく、あっという間に、切羽詰まった状態に陥る。

「幼い頃から、あらゆるものが怖かった。ニュースで流れる火事の映像、友達らが噂するノストラダムスの大予言、下校途中に声をかけてきた痴漢、それらへの恐怖で死んでしまうのではないかと思うほど怖くても、逃げられない日常がいつも目の前にあって、日常は怖がる私をまた被膜になって覆う。恐怖と日常のミルフィーユは何重にも重なり、生きれば生きるほど、何も見えなくなっていくように感じる。」
 
そういう人に寄り添う感覚が、ずっと昔の古いかさぶたが剝がれるように、じわじわと蘇ってくる。僕はもう、そういうのは、はるか以前に克服したはずだ。

しかしそれでも、あの一種懐かしい、震えるような思いが、蘇ってくる。

次の「カニキュル」は、「暑すぎる」ということ。
 
家の隣のスーパーに入ると、店員が「カニキュルだね」と挨拶してくる。

「夜もあまり気温が下がらないため常に眠りが浅く、食欲も湧かず、頭が回らず仕事も進まず、体力も意思も欲求も減退する一方で、生きる目的もなく徘徊するゾンビに成り下がったようだ。」
 
本当にパリは、ニュースで見ていても、平気で40度を超えたりする。しかしそのときの、著者のぐったり感が、常人とは違っている。

「天井のファンを見上げていると目が回りそうになって、思わず目を閉じる。連日の寝不足のせいで心身ともに疲れ果てていた。穴という穴からぼろぼろと蛆を垂れ流し、ソファの茶色いシミになっていく自分が頭に浮かぶ。」
 
すごい描写だが、絵画的に、何というか、豊かであるともいえる。
posted by 中嶋 廣 at 18:35Comment(0)日記

藤井聡太とは何者か――『藤井聡太 強さの本質』(6)

ここからは空想力を逞しくして、藤井聡太の将来と、その周辺、つまり日本将棋連盟の行く末を占ってみる。
 
藤井聡太は八冠のタイトル、つまり名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖・竜王・叡王を全部取るだろう。たぶん向こう3年以内に。
 
どうして3年以内かというと、名人位は、A級リーグに上がらなければ、挑戦する資格がないのだ。
 
藤井は今、B級2組。B級1組、A級と上がっていくには、1年かけてリーグ戦をやるほかないので、すべて順調に行ったとして、3年かかるわけである。
 
最後の八冠目が名人位とは、なんと劇的なことだろう。
 
しかし問題は、ここから先である。八冠のタイトルを何年持っていられるか。
 
ふつう全部のタイトルを取っても(それは現実には、羽生しかいないのだが)、1年と持たなかった。とにかく忙しすぎるのである。
 
だいたい八冠は多すぎる。せいぜい五冠で十分だ。

でも将棋連盟としては、タイトルは多いほどいい。それが連盟の収入に直結するし、タイトルが多ければ、棋士もやる気が出て、それが収入になって返ってくる。プロとはそういうものだ。
 
それで藤井聡太の話だが、八冠全部を取ったとして、どのくらい続くだろうか。

私は大胆に予想してみる。たぶん10年は続くと思いたい。いや、ひょっとすると、20年か。
 
しかしそうなると、日本の将棋は、いったんは廃れてしまわないだろうか。
 
タイトルは、すべて藤井が持っていて、他の人のところへは行かないのである。他の棋士は、いやになっちゃうんじゃないか。

現在の羽生や渡辺が、歯が立たないとは、そういうことだ。
 
渡辺明はブログに書いている。

「負け方がどれも想像を超えてるので、もうなんなんだろうね、という感じです。」
 
他の棋士たちは、この先どう思うだろうか。また、これから出てくる人たちは、将棋の道に進んでも先はないな、と思わないだろうか。
 
ここからは妄想力全開で、藤井にならって、ギア・チェンジしてみよう。
 
藤井聡太が10年、タイトルを独占しているうちに、将棋界はすっかり廃れてしまった。
 
そのとき突如、救世主が現れたのだ。それは17歳の美少女で、日本将棋連盟は5年前に、女性のプロ棋士を誕生させたのだ。
 
こうして、17歳の少女と、藤井聡太の死闘が始まる。こんどは、藤井聡太は敵役である。これも、藤井にとっては、初めてのことだ。
 
と、まあこういうことは、まず起こりそうにないが、しかし将棋連盟は、何か手立てを考えないと、藤井聡太におんぶに抱っこでいけば、行く先には、急転直下の崖が待っている、……ような気がする。
 
それにしても、藤井はどこまで強くなるのだろう。このままいけば、もうほとんど、中島敦『名人伝』の世界である。
 
あるところで藤井聡太は、「不射の射」を会得する。それは将棋の駒を並べ、「お願いします」と言うが早いか、あいての玉は、盤からポトリと落ちる。何度やっても、どんな人がやっても、そうなるのである。

『名人伝』のクライマックス、大名人は最晩年、将棋の盤と駒を見て、首をひねる。はて、あれは、何というものだったかな。

(『藤井聡太 強さの本質』書籍編集部・編
 日本将棋連盟、2020年5月31日初刷、6月5日第2刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:35Comment(0)日記

藤井聡太とは何者か――『藤井聡太 強さの本質』(5)

結局、第一線のプロ棋士が集まった、『藤井聡太 強さの本質』という本では、永瀬拓矢二冠の、藤井聡太は「『強い』の上を行っている」という言葉を除いては、強さの本質という点では、何もわからないという気がする。
 
ここからは私の、独断に満ちた、偏見混じりの見方である。
 
将棋の世界に生きている人間は、藤井聡太という人が近すぎて、間近に見過ぎていて、かえってその本質を、見失うのだと思う。
 
やはりネットを見ていると、女性の意見でこういうのが出ていた。

「わたしは将棋は、まったくわからない。駒がどういうふうに動くのか、王さんを取れば終わるというが、どういうふうにすれば、王さんがつかまえられるのか、見当もつかない。
 でも藤井聡太さんの記事だけは、熱心に読む。朝から対局となれば、一日中、終わりまでインターネットTVを付けている。
 コロナ禍で、世の中に希望が見えない時代に、藤井聡太さんは、一筋の希望の灯をともす。世の中がどんなことになろうとも、自分は理想の灯を燃やし、自分の道を邁進するんだという強い気持ち、それをひしひしと感じる。自分の心の中に、いつまでも灯火(ともしび)としてある、藤井聡太さんを応援しています。」
 
私はこれで、なんとなく腑に落ちた。
 
妻の田中晶子が、将棋を知らないのに、藤井聡太の「勝負飯」を熱心に見ている。3時のおやつに、何を食べたか、私に知らせてくる。
 
将棋を知らなければ、つまらないだろう、とは思わないのだ。藤井はまわりを巻き込んでいる。しかも、そのまわりは熱狂していて、かなり広範囲に及ぶのだ。「勝負飯」もおやつも、何でもいいから、藤井聡太の気圏にいたいのだ。
 
将棋をまったく知らない人と、藤井将棋の得も言われぬ魅力とは、どこでどういうふうに、つながっているのか。
 
藤井将棋の魅力とは、たとえば先の本で、深浦康市九段が語っている。

「藤井さんに『形勢がいいから無理はせず』という発想はない、ということです。」

中盤は大山名人、終盤は谷川浩司の切れ味。しかしそれを、将棋を知らない人は、どうやって察知しているのか、まったく不思議である。
 
コロナ禍の日本に、一条の光、それが現在の藤井聡太だ。
 
先日、昼のテレビで、女流棋士が言っていた。

「藤井さんが出ると、千人規模の集まりでも、即日完売しちゃうんです。それで熱狂的なファンの前でしゃべるんだけども、全然ものおじしないんです。かといって、ノリよく話すわけでもない、ジャニーズ・タレントの正反対。藤井さんはいってみれば、地球以外の、遥かな惑星から来たような人なんです。」
 
たしかに、こういうところはある。

そして、きわめて礼儀正しい。先輩よりも、少し値段の低いものを、昼飯に注文したりする。きめ細かいのである。

そういえば、プロになって第一局、加藤一二三が、おやつのチョコレートを食べる時まで、藤井は、おやつを食べなかった。そのさり気ない所作を、加藤一二三は見ていた。
 
今度は棋聖になった。上座に座るのはいいとして、昼飯の注文は、さて、どうするのか。
posted by 中嶋 廣 at 10:43Comment(0)日記