フェミニズム小説なんかじゃない――『別の人』(6)

第二部13章は「ガンヒョン」。あの口の臭う教師だ。この章を読むと、作者のカン・ファギルは、大学教師をしているエセ知識人を、露骨に憎んでいるとしか思えない。
 
イ・ガンヒョンは、すり寄ってくるドンヒを信用しない。彼女は、男も女も信じない。自分以外の誰にも関心がないのだ。

「女はどの瞬間もそんな目に遭ってるんだよ。生まれたその日から顔がきれいかどうか品定めされる。足を広げていると行儀が悪いと背中をぶたれ、成績がよくても医者か判事か検事になれないなら公務員試験あたりを受けろと言われ」る。
 
カン・ファギルがフェミニストと呼ばれるのは、この辺りの憤懣、憤りを指しているのか。しかしイ・ガンヒョンは、フェミニストの皮を被った、たんなる利己主義者に過ぎない。

「イ・ガンヒョンは教授たちが真に望むものをそっと探り当ててやり、自分の望みのものを手に入れる。どんな地位にも欲のないフリ、仕事を頼めば文句も言わずにやるフリ、フリフリフリ。やさしくて従順な女のフリ、競争心のないフリ、フリフリフリ。ところが、ある時から人々はイ・ガンヒョンをフェミニストと呼ぶようになった。」
 
こう見てくると、韓国でフェミニストと呼ばれるのも、一筋縄ではいかないことがわかる。

「男たちにとって都合の良い自立した女。未婚だがいつでも結婚するつもりがあり、男たちのやることにしゃしゃり出てはこないが金は公平に出し、下ネタやセクハラに近い冗談にも目くじらを立てず、男たちが二次会に行くときは気を遣って退散し、最近の女性運動はいきすぎだと指摘でき、より重要な問題に目を向けなければと口にするフェミニスト。あいつらが許容するフェミニズムを実践するフェミニスト!」
 
イ・ガンヒョンにとっては、フェミニズムくそくらえだ。

その彼女を、嫌味たっぷりに描くカン・ファギルは、作家にレッテルを貼るのは止めなさい、と言いたいのだ。彼女は、「現代フェミニズム文学の先端を走る作家」と、判で押したように呼ばれるのが、我慢ならないほど嫌なのだ。そうとしか思えない。
 
準教授イ・ガンヒョンは、鼻持ちならないほど醜くて(容貌については書いてないけれど、きっとそうだと私は思う)、嫌な女だ。私だけではなくて、だれでもそう思うだろう。そしてその分、どす黒い魅力がある。

「たまに彼女は、自分が何に突き動かされてここまで来たのか知りたくなることがある。出世欲だろうか、欲望だろうか、承認欲求だろうか。すべての言葉が正しくて、だが不正確だ。何か別の感覚にずっと背を押されて、ここまで来たらしい。なんだったのだろう?」
 
口臭のするイ・ガンヒョン、なかなか魅力的でしょう。
 
本書『別の人』は、ある時期アンジン大学に集った女子学生たちが、上手くいかない人生を、どうしたものかと考え、もがく話だが、私はイ・ガンヒョンが主役で、大学の知識人たちが醜く争う話を読んでみたい。
 
イ・ガンヒョンは母親のお腹にいるとき、堕されそうになった。

「しかしすぐに彼女は感傷から抜け出す。幼い頃のトラウマで人生が決まったとごねるような真似は真っ平だ。したこともない。彼女は今まで、自分で自分を突き動かしてきた。その瞬間、理由に気づく。生き残るためだ。ひたすら、生き残るため。男であれ女であれ、生存の妨げになるものは容赦なく排除し、飛び越えてきた。これからだっていくらでもそうするはずだ。」
 
こういう教師が、「ユーラシア文化コンテンツ学科」を牛耳っているのだ。キム・ジナも、スジンも、ハ・ユリも、そして年代は違うけどもキム・イヨンも、だれも救われることはないわけだ。

フェミニズム小説なんかじゃない――『別の人』(5)

第二部11章の見出しは、またも「スジン」。ここでは、レイプについて掘り下げる。
 
スジンは、別の女たちがレイプされた後、どうしているか、何を感じているか、知りたかった。被害者の集まりや相談所に出ていくのは、アンジンが狭い町であることを考えると、噂になりそうで危険だった。
 
スジンが知りたかったのは、以下のような事柄だ。

「それで、どうでしたか? あなたたちはどんな気持ちでしたか? 私みたいに惨めですか? 悪夢を見ますか? 私みたいに自分が虫けらのような感じがしますか?」
 
それが導入部で、そこからさらに掘り下げる。

「最も知りたかったのは罪悪感だった。
 自分は何も悪いことをしていないのに、なぜ、何か過ちを犯した気がするんでしょうか? 子供を堕したからでしょうか? でも、あれは本当に子供だったのでしょうか。自分が望まない状況で、望まないやり方で生じた細胞を、必ずしも子供と呼ばなくてはいけないのでしょうか? 私は? 私の人生は? 私の身体は? あなたたちはどうですか?」
 
しかしどれほど捜してみても、ネットには何の答えも出ていなかった。
 
スジンは大学に入って、ただ一度だけ酒を飲み、そのままドンヒと一緒にホテルに入った。それからあとは、ドンヒの言葉によれば、スジンから挑んでいったという。
 
しかし朝起きて、スジンはまったく覚えてなかった。

「『なかったことにして』
 彼はベッドに腰を下ろし、靴下を履きながら言った。
『そうだな、酒を飲んで一緒に失敗した。忘れちまおうぜ。酒のせいさ』
〔中略〕何も起きていない。私は何もされなかった。私は、被害者じゃない。誰もこのことは知らなくていい。ミスったんだ。そう。私はミスを犯した。」
 
そしてそのミスは、彼女の深いところで傷になり、決して消えることはなかった。
 
そもそもレイプは、女性が強い拒絶の意志を示したときにのみ、立証された。女性が殴られ、叫びを上げ、脅され、命の危険を感じたときにのみ、レイプと呼ばれた。だからスジンが経験したことは、レイプではなかった。
 
しかしスジンは、ドンヒとの性交を望んだことはなかった。スジンにとって、レイプは単純だった。「被害者が望んでいない時に持たれた性関係」。
 
しかしスジンは酒に酔い、意識を失い、何もできない状態で、性交をした。

「スジンの場合は準強姦に該当した。準。よりによってこの単語の前に『準』という語がつくのか?」
 
自分の未来や、祖母のことを考えれば、ドンヒを告発することはできなかった。
 
そして妊娠した。初めは膣の内側の痛みが、3週間以上続いた。病院に行くと、膣の内部が損傷し、炎症を起こしているので、エコーを撮った。そして妊娠がわかり、手術をした。

「手術の後も、スジンはずっと病院に行った。痛かったからだ。病院には外科的に何の異常もないと追い返された。鎮痛剤だけ処方された。それでもスジンはずっと痛みを感じていた。下半身が攣るような、子宮の中で小さな肉片が剝がれていくような痛みを感じていた。下半身が完全になくなってしまったような、ボロボロになってぶら下がっているような感覚。体が、引き裂かれた紙みたいになった気分。」
 
ここは男の私が読んでいても、どうにも発する言葉がない。ドンヒを告発しようとは思わないし、してもしょうがないだろう。ただ女と男は、性交ということについて、対等の関係にはない、もっと言えば、非対称であると、そんなことしか浮かんでこない。

フェミニズム小説なんかじゃない――『別の人』(4)

アンジン市に帰ったキム・ジナは、スジンと対決するが、言い合いをしても、頭にきて、どこか嚙み合っておらず、ちぐはぐな対決になってしまう。当たり前だが、スジンが書き込みをしたのではないから。
 
そのまま久しぶりに大学に寄ると、人文学部の前に貼られた、キム・イヨンの壁新聞が目に留まった。
 
それは、キム・ドンヒのセクハラを糾弾する長いもので、キム・イヨンにしてみれば、必死の覚悟で壁新聞に出したものである。

「去年の十二月十六日、彼と一緒の飲み会で、私はセクハラを受けました。彼は、私の背中の下着の部分を撫でさすりました。〔中略〕私は体をよじって避けようとしましたが、キム・ドンヒ講師はますます露骨に手を伸ばし、私の背中をずっと触り続けていました。」
 
両者の言い分は、あまりにも食い違っている。著者のカン・ファギルに言ってやりたい。あなたしか書けないのだから、真相を一つにして書きなさい、と。
 
壁新聞は続く。

「私の感じた絶対的な羞恥心を、果たして客観的な項目で評価できるのか疑問です。でもキム・ドンヒ講師の一学期の休講で、ある程度の処罰はなされたと判断し、受け入れることにしました。」
 
ところがドンヒは、「ユーラシア文化コンテンツ学科」では講義をしないものの、工学部や自然科学部では、人文学関連授業という名目で、そのまま講義をするという。
 
キム・イヨンは、これが我慢できなかったから、壁新聞で糾弾しようとしたのだ。
 
ところがキム・ジナの見ている前で、事務室の男の職員2人が、キム・イヨンの壁新聞を、丸めてゴミ箱へ捨ててしまった。
 
キム・ジナはそれを見ていて、長いこと忘れていたキム・ドンヒの顔を思い出した。

「彼とつきあっていた四か月のあいだ、ずっと苦しかった。真っ当な恋愛じゃなかったから。いくら初めてで何も知らなくても、そのくらいのことはわかった。ドンヒと私の関係は決して恋愛ではなかった。」
 
ではなんだというのか。両者の言い分は、またも真っ向から食い違っている。

私はどちらかと言えば、ドンヒに同情的である。いろんな女とすぐに寝ちゃうけども、ドンヒの方がキム・ジナを、よく観察している気がする。
 
しかしそんなことは、実はどうでもいいのだ。作者が冷酷に描き出すのは、韓国では女と男には、これだけ激しいズレがあり、食い違いがあるということだ。理解し合うのは絶望的に無理である。
 
第二部9章は、ヤン・スジンが主役である。スジンはキム・ジナと同郷だった。母はどうしようもない女で、家を飛び出し、次々に男と寝る女だった。スジンの父親は、だから分からない。
 
村八分にされたスジンと付き合うのは、キム・ジナだけだった。しかしそれも、些細なことで仲違いする。
 
スジンは祖母に育てられ、努力もし、アンジン大学に入った。そして、多くの女子学生が憧れるヒョンギュと結婚して、今はアンジン市内でカフェをやっている。
 
しかしスジンは、20歳のときに「レイプ」されたのが、心の深いところで傷になっていた。

「レイプされた後、スジンはもちろん壊れた。一番つらかったこと? あの時スジンは妊娠した。ありえなかった。たった一度きりなのに、たった一度きりが、彼女の人生をズタズタに引き裂いた。どうしてこんな安っぽい展開になるのだろう? レイプされて妊娠なんて。妊娠は神秘的なことじゃなかったのか。こんなに安易で簡単なこととは。」
 
相手のキム・ドンヒは、交通事故に遭ったようなものだから、忘れようと言ったのだ。
 
スジンは、ハ・ユリのところに身を寄せて、傷がいえるのを待った。
 
ヒョンギュと出会ったとき、スジンはつらい記憶を捨て、別の人になろうとした。だからハ・ユリを見かけるたびに、つらい記憶が蘇って不愉快な気分になり、彼女を遠ざけるようになった。
 
しかし今、結婚した相手のヒョンギュと、うまくいってないのだ。どうしてだろうと、スジンは焦り狂っている。
 
スジンもまた相手の男と、極度の緊張関係にあるのだ。

フェミニズム小説なんかじゃない――『別の人』(3)

第二部の最初の章タイトルは「ドンヒ」。ドンヒは現在、アンジン大学で教師をしており、目下困ったことが起きていることを、彼が主役の文体で語る。

女子学生のキム・イヨンが、みんなでカラオケに行ったとき、先生のドンヒに、ブラジャーのストラップの辺りを、探られたというのだ。
 
これはドンヒにとっては、信じられないことだった。

「キム・イヨンは典型的なガリ勉タイプだった。彼女は隅に座って友人たちが歌っているのを眺めるだけだった。〔中略〕あんまり静かだから煙たがられているみたいでかえって居心地が悪かった。何かしたほうがいい気がした。だから彼は、どうしたのか知らないが元気を出せ、という意味で、イヨンの背中をポンと叩いた。本当に、ぽん、だった。」
 
ところが数日後、キム・イヨンはドンヒのセクハラ行為を、学生相談センターに訴えた。
 
ドンヒは狼狽し、泡を食ってしまった。

「ぽん、と叩いた。
 他には何も思い出せなかった。ドンヒの記憶では、それが唯一イヨンに身体接触したアクションだった。」
 
そのうえドンヒは、日頃からキム・イヨンに、勉強のできる、やる気のある学生だと、目をかけていた。イヨンはよく質問をする生徒で、ドンヒはイヨンの、やる気を以てぶつかってくるのが理解できた。

「大学には、学生に発表をさせておいて後ろで寝ている老教授や、高校と同じように適当に板書をさせる教授、やたらレポート課題ばかり出して何も教える気のない教授がわんさかいた。学生の講義評価が高いのは単に彼らが気前よく単位をくれてやるからだった。」
 
イヨンが、そんな講義に、不満で押しつぶされそうになっていることは、一目瞭然だった。

だからドンヒは、彼女を気にかけてやったのだ。

「今までしてきたことがすべて水の泡になるのかと思うと、ドンヒは途方に暮れた。なぜこんな状況に巻きこまれたのだろう?」
 
この章は大事だ。2度目に読んだときに、そう思った。
 
キム・イヨンは、後にキャンパスの掲示板に、ドンヒがセクハラをし、その責任を取ろうとしないことを告発する。
 
つまりここでは、作者はどちらにも加担していない。「ドンヒ」の章は、ドンヒが主人公なので、ただ背中をぽんと叩いたのは事実だろう。
 
しかし、徹底的にセクハラを糾弾するイヨンが、嘘をついているはずがない。
 
驚くことに、どちらも真実を語っているのだ。つまりここでは、男と女はどこまで行っても、分かり合えることはない。それを象徴する事例なのだ。
 
ドンヒはまた、直接の上司であるイ・ガンヒョン准教授とも、まずいことになりそうだった。
 
ドンヒは、フェミニズムの講義は、より多く多彩に行われるべきだと考えていた。

しかし、イ・ガンヒョンの場合だけは違っていた。

「男性は無条件に女性を抑圧する存在、女性は長い間差別されてきた被害者という論理を十二年間同じテキストで、オウムみたいに繰り返し授業するのは暴力だと思っていた。」
 
イ・ガンヒョンは、とっくに大学を去っていなければいけない人間だ、と彼は思っていた。しかし現実には、彼の上に君臨している。

「彼は彼女のことを心の底から嫌ってはいたが、その政治力には恐れをなしていた。大学院に進学してすぐ、近しくするべき人間はイ・ガンヒョンであることを本能的に察知した。しかしイ・ガンヒョンのほうがドンヒを嫌っていた。彼女は何かというとドンヒを『中途半端なマッチョ』と呼んだ。理解不能だった。彼はイ・ガンヒョンの前でそんな行動をとった覚えがなかった。」
 
ドンヒもドンヒなら、イ・ガンヒョンもイ・ガンヒョンだ。アンジン大学の「ユーラシア文化コンテンツ学科」には、ろくな教師がいない。そしてそのことは、学生にも分かっている。
 
ドンヒはセクハラ事件で蟄居して、家でムシャクシャしていた。パソコンを目的もなく操作しているうちに、DVを受けて有名になった女のことを知った。

「『ん? キム・ジナ?』
 まさかと思って年齢を確認すると、彼と同い年だった。」
 
ドンヒは10年以上たって、キム・ジナの名に行き当たった。キム・ジナは、同じ職場の先輩社員に、暴力を受けていたという。

「正直、ドンヒは男の側の気持ちが少しわかる気がした。キム・ジナはドンヒがつきあった中で最悪の女だった。いったい何を考えているかわからず、自分の感情ばかりに夢中で、隣にいる人間がどんな状況かに関心がない。」
 
付き合いだして4か月たったころ、突然、「これまで一緒に過ごした時間は全部偽物だっただの、一度も幸せだったことはないだの言いだし、滂沱の涙で別れを言ってきたのだ。」
 
ドンヒにしてみれば、明らかに頭のおかしい女だった。飯も一緒に食い、旅行にも行った、試験勉強にかこつけて親密になったこともある。それが全部、嘘だというのか。
 
ドンヒは、昔のキム・ジナのことも、今のセクハラのことも、胸の中にたまった憤怒を、書き込みすることで、全部吐き出した。

「キム・ジナは嘘つきだ。真空掃除機みたいなクソ女。@qw1234」
 
ここまでくれば、この小説が、単純なフェミニズムを扱ったものでないことは、だれの目にも明らかであろう。

では一体、何を扱ったものなのか。

フェミニズム小説なんかじゃない――『別の人』(2)

キム・ジナは会社にいるとき、孤独だった。男のデートDVを訴えようにも、周りに信頼できる女性はいなかった。それどころではない。

「何度か広報での実績を評価されてからは完全にひとりぼっちになった。同僚である前にまずライバルだということがはっきりしてしまったのだ。そんな相手に事情を打ち明け、助けを求めるなんて想像もできなかった。誰も私の味方にはなってくれそうになかった。」
 
韓国では、どうやらこれが一般的なことらしい。女性同士は、同僚である前に、ライバルという関係が。
 
ジナは大学2年のとき、アンジン大学を辞め、ソウルの大学に編入した。アンジン大学で、男前のヒョンギュ先輩を追いかけ回してる、という噂が立って、いられなくなったのだ。
 
その先輩はヤン・スジンと付き合っており、2人は大学を出ると結婚してしまう。これがキム・ジナにとっては傷になり、書き込みの主を、スジンと特定する決め手となる(しかし実は違う)。
 
ジナは大学の頃を思い出す。「アンジン大学ユーラシア文化コンテンツ学科」の頃だ。

「当時アンジンは近代文化遺産の観光地として注目されており、文化コンテンツを創造し発展させることを目標に作られた新設学科だった。」

ジナの覚えているだけでも、「近代文化の遺跡と観光事業としての価値」以下、怪しい授業が並んでいた。

『ジェーン・エア』を原書で読む授業もあった。「世界を束ねる文化コンテンツを創造するため」という、意味不明の触れ込みだったが、英文科を出た講師が、単にその講義しかできないからだった。それがイ・ガンヒョンという、大学内の出世に執りつかれた女だった。

「他の授業ではコンテンツの創造だとかいって小説や詩を書かされた。まったく正体不明の学科だった。」
 
ジナたちの大学生活はろくなものではない。
 
韓国では大学進学率が90パーセント以上ある。とすれば、その講義の大半は、推して知るべし(ちなみに日本は50パーセント)。ここには作者の、強烈な大学批判が込められている。
 
32歳のジナは、会社を辞めて3か月間、ツイッターやフェイスブックなど、あらゆるSNSやポータルサイトを徘徊し、自分に関する記事を探し回った。

「知りたかった。いったい自分がどんな人にされているか。どんなふうに見られているか。本当に私はどうしようもない人間なのか。だから愛する人に暴力を振るわれ、殺してやるという言葉を吐かれ、まだ仲がいいほうだと思っていた同僚に裏切られるのか。私はどんな人間なのか。どうしてこんなことになったのか。」
 
ジナはひたすら、自分自身がどう見られているのかを、知ろうとする。しかし、外から見られる自分を探していても、それは永久に分からない。

ジナたちが大学生の頃、非常勤講師のイ・ガンヒョンは嘲笑の的だった。『ジェーン・エア』の原書購読一本やりの授業だった。胃が悪いせいで口臭があり、ヤン・スジンがそれを、からかいのタネにしていた。

「講師の器ではないのに指導教授に取り入って、ずっと必修授業を割り当ててもらっているという噂もあった。何を考えているのかさっぱりわからない上に、ときどき私たちのことを蔑むような目で見ていた。
〔中略〕いい年なのに実力はなく、どう世渡りするかしか頭にない女。その彼女がいまやユ文科の準教授だ。」

「ユ文科」は「アンジン大学ユーラシア文化コンテンツ学科」の略。「正体不明の学科」は、教える方も正体不明だった。
 
これがジナの、自分も含めた大学時代の見立てだった。

フェミニズム小説なんかじゃない――『別の人』(1)

韓国の現代小説。カン・ファギル(姜禾吉)は1986年生まれの女性作家。

「短篇小説『部屋』でデビュー。以後、一貫して女性を襲う理不尽と絶望を書き続け、韓国のフェミニズム作家の先頭を走る存在」、と著者略歴にあるから、文字通りそれを信じて読んでいった。
 
少し前に、チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』が、単純ではあるが面白かったので、これもそういう本だと思ったのだ。
 
キム・ジナという、ソウルで一人暮らしをする、32歳の女性が主人公。この女性が職場恋愛をしていて、恋人のイ・ジンソプによるデートDVを訴え、裁判を起こす。数えてみれば5回目の暴力で、警察を呼んだのだ。

「彼は私を殴るたび、こう言っていた。
『これですむと思うなよ』
 裁判の結果、彼は暴行罪で罰金三百万ウォンの支払いを言い渡された。
 胸の奥が、冷たく凍りつく。」
 
300万ウォンは、日本円で約30万円。罰といってはこれだけで、暴力に対する収監もない。男はこれまで通り会社に来て、キム・ジナはいたたまれず退職する。
 
韓国は本当にひどいところだ。これはフェミニズム作家の、男社会に対する強烈な異議申し立てだと思い、読み進めていくと、どうも調子が変なのだ。DV男とは、この後、縁が切れて、特に進展はない。
 
キム・ジナはDV裁判で有名になり、その結果いろんな人が、パソコンに書き込みをする。その中に、「キム・ジナは嘘つきだ。真空掃除機みたいなクソ女。@qw1234」とあるのを発見する。

これを描きこんだのは、幼馴染で、アンジン大学の同級生だったヤン・スジンに違いない。スジンはアンジン市で結婚して、喫茶店をやっているが、キム・ジナとは緊張関係が続いていた。
 
キム・ジナは怒りに任せて、とるものもとりあえずアンジン市に帰る。地方都市のアンジン市、およびアンジン大学は架空である。
 
そのスジンは、ジナを含めて人には言っていないが、酒に酔って同意なき性交をしたことがある。スジンはこれを暴行、つまり強姦だと考えている。彼女はその結果、妊娠するが、子どもを堕す。
 
ジナは、女子高時代からの親友で大学も同期だった、アンジン市のダナのところに、身を寄せる。
 
ダナは17歳のとき妊娠し、相手の男は初めは、2人で育てようと言うが、すぐに雲隠れする。ダナは子どもを堕し、その後、全国を旅して、立ち直る。
 
ジナの大学のクラスメイトのハ・ユリは、すぐに男と寝てしまう。どうして自分はこうなんだろうと思い、ジナに精神的な助けを求めたこともあるが、すげなくふられ、その直後に交通事故で死んでしまう。
 
みんな大学のときは同じクラスで、「アンジン大学ユーラシア文化コンテンツ学科」という、いかにも取ってつけたような、安っぽい学科に属していた。
 
その科にキム・ドンヒという男がいて、彼は酔ったヤン・スジンと寝たが、スジンがこれは強姦だというと、彼は交通事故みたいなものだと言い、以後は一緒のクラスにいても、一切かかわりがなくなる。

キム・ドンヒは大学に残って勉強し、上の者に取り入って、大学で出世の階段を上ろうとする。
 
その上の者とは、イ・ガンヒョンという女性の教授で、この人はフェミニズムを体現していると、周りからは見られている。
 
しかし彼女にしてみれば、フェミニズムなどくそくらえ、自分が興味があるのは、大学内における出世のみである。
 
ここまで、くどいほど筋を紹介したのは、この中で心が休まる人物は、1人もいないことを言うためである。
 
しかも章が変わるたびに、主たる人物は代わり、常に1人称で叙述がなされる。だから読み進めていくと、同じ事件が、相反する共鳴箱のように、不毛で不条理な響きを帯びる。
 
読み進めるにつれ、一体これはなんなのだ、という思いが強くなってきて、もう一度、初めから読んだ。すると、これは単純なフェミニズムなどでは全然ない、ということが明瞭に分かった。

では何の小説か。

日米の違い――『愛と差別と友情とLGBTQ+―言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体―』(4)

この本は前半が「1.愛と差別と――言葉で闘うアメリカの記録」、後半が「2.友情とLGBTQ+――内在する私たちの正体」となっている。
 
第1部は、カミングアウトし闘うゲイの、社会的、歴史的な記録であり、第2部は、自分のことを含めて、どちらかと言えば、内向きに「男と男のこと」の話が進んでいく。

とはいっても、アメリカの話題が中心なので、日本の私が見ている分には、対象との距離というか、齟齬がある。
 
その中で「第十四章 ホモソシアル、ホモセクシュアル、MSM」に、自身のゲイに目覚めるところが書いてある。ちなみに「MSM」は、男とセックスをする男のことで、つまりゲイのこと。
 
北丸雄二は、自分がゲイであることに、なかなか馴染めなかった。

「私は日本で与えられるゲイ男性の情報のほとんどいずれにも、自分との同一性を感じられなかった。『それら』の現象が『ゲイ』ならば、私はゲイではなかった。」
 
思春期の中学生のときでも、性的対象に男性を想定して、マスターベーションをしたことはなかったという。
 
これは、ゲイと言ってもいろいろあるものだという、考えてみれば当たり前の話である。
 
しかしそれまでは、画一化されたホモセクシュアルが、世間を覆っていた。

「『真性のホモセクシュアル』とは、(これも「昭和」的なさまざまなテキストにステレオタイプとして描かれていた)『ジメジメとメメしく妬〔ねた〕み嫉〔そね〕み僻〔ひが〕みと嘘とに満ちた、「男」になり損ねた性的倒錯の、変態性欲の男たちのこと』でした。〔中略〕『ホモ』たちはアイデンティティを持っていなかったのです。あったのは自らの性的指向の呼び名だけでした。」
 
実際のゲイを知らなければ、「『男』になり損ねた性的倒錯の、変態性欲の男たち」を、空想の世界で膨らませていくしかない。
 
この本には、そこからさらに性についての話題が、芝居や映画も含めて、深く考察してある。

しかしこの本を読み終わって、正直な気持ちを言えば、「性の話」はゲップが出そうで、もういいという感じだ。タイトルを見れば、「性の話」であるのは当然で、関係ない話が出てくる方がおかしいのだが、それでも、そういう印象を持つのはしょうがない。
 
読んでいるときは、勉強になるし、性的少数者の話だから緊張もするが、全体を読了すれば、もうしばらくは「性の話」は結構、という気になる。
 
もちろん、名コラムニストの北丸雄二に対する信頼は、この本を読んでますます強固なものになった。その点は変わらない。
 
それでも、少数者の性的な話は、精神的に微細なことを推測するしかないので、疲れるものだ。
 
そういうことはあるけれど、「LGBTQ+」の人々に対しては、当たり前のことだが、誠実に、というか真面目に接していきたい。

(『愛と差別と友情とLGBTQ+―言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体―』
 北丸雄二、人々舎、2021年9月10日初刷、2022年2月5日第4刷)

日米の違い――『愛と差別と友情とLGBTQ+―言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体―』(3)

この本を読むと、アメリカの場合の「少数者」の歴史がよくわかる。

「性的少数者のアイデンティティの確立と獲得の歴史は、私が目の当たりにしたアメリカを例にとれば、『白人』『男性』『異性愛者』と、『黒人』『女性』『ゲイ(性的少数者)』という対立軸で考えることができると思います。〔中略〕
 それは『あらかじめそこに存在していた主権者たち』対『前者に対抗するために敢えて自らを再構築し再獲得し確立させた者たち』との対立の構図でした。」
 
なるほど、そういうふうに言えるんだね。もっと具体的な構図を描こう。

「大雑把に言うなら、五〇年代からの黒人解放運動、六〇年代からの女性解放運動、七〇年代からのゲイ解放運動を経て、歴史を語る『主語』の書き換えが行われたのです。『白人』の部分に黒人の公民権運動が事挙げをしました。『男性』の部分に女性解放運動がかぶさってきます。さらに続ければ、その次に白人の男性の『異性愛者』の部分に非異性愛者(LGBTQ+)の人権運動が襲い掛かります。」
 
アメリカの場合、その時々の主役ははっきりしている。
 
と同時に、それは場合によってはカネになることも、示唆したのである。ここが、アメリカにおける「運動」の特異なところだ、と私は思う。

「九〇年代は欧米のLGBTQ+周りでさまざまな地殻変動が起きた時でもありました。〔中略〕街なかだけでなく演劇や映画やテレビなどいたるところで意図的な『ゲイ』たちの露出が広がった時代でした。アメリカのメディアの制作陣、編成陣、企画陣、時代の『旬』として、熟した『機』として、つまりは同時代に、人々の関心を呼び『カネにもなるもの』として、こぞって『ゲイ』を取り上げました。」
 
この本の中ほどに、本文とは別に、グラビア用紙で24ページにわたり、「附録Ⅰ」として、「ストーンウォール50周年記念『ワールド・プライド/NYCプライド・マーチ』2019リポート」が載っている。全ページ、パレードの写真入りである。
 
マンハッタンのグリニッチ・ヴィレッジのゲイバー、「ストーンウォール・イン」で、警察の摘発があったのをきっかけに、1969年6月28日、ゲイの人権運動、「ストーンウォール・インの反乱」が起こった。そして翌年からは、これを記念した政治集会と示威行進が、行われるようになった。
 
グラビア頁は、その50周年の記念式典の様子である。「LGBTQ+」の人権を称揚する、「イヴェント」を開催する国・地域は、世界中で50以上に広がっているという。都市単位では数百を数え、日本では東京・札幌・名古屋・大阪・福岡などで行われているという。
 
私は全然知らなかった。ニュースなどで放送されているんだろうか。もし放送されているとすれば、私の感度がバカになっているのだ。放送されていないとすれば、これはこれで大問題である。
 
近年、「民主主義先進国」ではこの行進は様変わりし、獲得した同性婚や雇用などでの平等や人権を称揚する、「祭典」の要素が強まっているという。
 
日本の場合はどうなんだろう。とにかくそういうものを、見てみなければ。
 
北丸雄二は、そこにこういうことを付け加えている。

「忘れてほしくないのは、『敢えてカミングアウトをしなくてもいい社会』は、敢えてカミングアウトをしてきた人たちによって作られてきたという歴史です。時代は勝手に進んできたのではありません。それを進めてきた人たちがいました。世界はそんな彼/彼女らによって、遅々としてではありますが、しかし確実に変わってきました。」

アメリカの場合は、そう言えるだろう。日本の場合は、一体どうなっているのだろう。

日米の違い――『愛と差別と友情とLGBTQ+―言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体―』(2)

全体を読んでみると、アメリカと日本は違うなあ、という当たり前の感想がまず出てくる。
 
アメリカでは「LGBTQ+」であることを、とにかく主張し、喋り倒し、示威行動をする。端的に言えば、正義は我にあり、というか、我もまた正統、ということだ。
 
日本ではこれを茶化す。たとえばラジオ番組の、投稿ネタを本にしたもの。「完投して喜ぶのが野茂、浣腸して喜ぶのがホモ」といった類だ。90年代には、こういうことをラジオで言っていたのだ。

「『LGBT』という言葉が日本の新聞やテレビなどの主流メディアで頻繁に登場するようになる二十年ほど前の話です。けれどそういう物言いは、あるいは今もなおなくなっていません。その原因はなんだか、物事を公の地平であまり明確に突き詰めない日本語の習性にもあるのではないかと考えるのです。」
 
そういうこともありそうな気がする。
 
しかしまた同性愛に対する、あたりのきつさということも、日米で違いがあると思う。
 
偶然にもこの直前に、ヒラリー・ウォーの『この町の誰かが』を読んだ。その中に司祭の妻の言葉で、「殺人や貫通や背信は、心から悔い改めれば許される。でも、ホモセクシュアルは絶対に許されないんです」とある。なんと殺人よりも、罪が重いのである。
 
これは教会の偏頗きわまる見方だとしても、アメリカのキリスト教福音派の力は、大統領選をも動かすものであるという。

だとすれば、「LGBTQ+」の人たちは、必死に自らの立場を表明しなければ、場合によっては比喩ではなく、「抹殺」されるだろう。
 
もちろん、だから日本の方が緩い、寛容である、などとは言えない。

2015年4月、一橋大学法科大学院の男子学生が、同級の男子学生に恋愛感情を告白したところ、それは拒絶され、悲観した学生は自殺した。

この間の経緯は複雑だが、ニューヨークのゲイ・パレードと比べると、日米の差はあまりにあり過ぎる、と言えないだろうか(もちろん極端な事例をもってきて比べるんじゃないよ、とも言われそうだが)。
 
北丸雄二は1996年に新聞社を辞め、フリーランスになる。このときまで、ゲイの友だちはいなかった。

「ところが会社を辞めてニューヨークの日本人コミュニティと付き合うようになると、その中に結構な数のゲイの人たちがいることがわかりました。そして話を聞いてみると、その多くの人たちがゲイを隠さなくてはならない日本社会に嫌気がさして、あるいはイジメられて、逃げるようにニューヨークにやってきたと言う――。」
 
そういうことなのだ。
 
私は飲み屋のゲイのマスターは、何人もよく知っている。みんな頭がよくて、気が利く。そのゲイは、しかし売りものとしてのゲイである。お客にも、ゲイがいる。大学教授や高名な画家など、酒場で会えばたちまち打ち解ける人々だ。
 
しかし昼間、日常の世界で、ゲイを表明している人とは、会ったことがない。もしそういう人と会ったとき、私はどういう態度をとるか。それは分からない。
 
私は当然、異性愛の人も、同性愛の人も、平等に、冷静に対処すると思っているが、さあどうか。自分のことが、いちばん分からないのだ。

日米の違い――『愛と差別と友情とLGBTQ+―言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体―』(1)

私は家では東京新聞を読んでいる。本音を言えば、どの新聞でもいいのだが、妻は、朝日の煮え切らない記事の書き方が、我慢ならないという。
 
朝日新聞は一方の権力、と言って悪ければ権威だから、そう心得て読めばいい、つまり臨床読書の新聞版だと思うのだけど、嫌だというからしかたがない。
 
その東京新聞に「こちら特報部」という名物記事があり、左隅に「本音のコラム」という欄がある。1週間日替わりで斎藤美奈子、前川喜平、師岡カリーマなどが書いている。
 
その中に北丸雄二という人がいて、私はこの人の文章を読むのは初めてだった。読んでみると、鋭いところから一撃を跳ばす。本人がゲイを公表していて、毅然としたところがあり、すっかりファンになってしまった。
 
その北丸雄二が本を出した。でもタイトルが長すぎて覚えられない。妻にプリントアウトしたものを渡し、新宿紀伊國屋で買ってきてもらった。
 
まずタイトルの「LGBTQ+」の意味について。

L=レズビアン

G=ゲイ

B=バイセクシュアル(女性または男性、あるいはその他の、2つ以上の性に惹かれる人)

T=トランスジェンダー(身体の性と、心の性〈性自認〉が異なる人)

Q=クィアまたはクエスチョニング(クィアはLGBT以外のさまざまな性的指向・性自認の総称、クエスチョニングは自分自身の性的指向や性自認が不明の人、または意図的に決めてない人)

+=LGBTQ以外の多様な性を表わす。

ただしこのタイトルの意味は、本のどこにも説明がない。これは不親切ではないか。

こんなことは今では常識だ、そういう人だけがこの本を読んでくれればいい、というのでは、日本における「LGBTQ+」の抑圧の日々を埋めたいという、著者の意図とは乖離している。
 
それはともかくこの本は、北丸雄二が新聞社の特派員として、そして記者を辞めてからはフリーランスとしての、在米25年近くに及ぶ滞在記である。
 
全体は2部に分かれていて、前半は「LGBTQ+」が、デモなどでアメリカで認められていくまで、後半は著者がゲイであることを自覚し、困難に遭いながら活動をしていく過程をまとめたものである。
 
著者が日本に帰ってきた2018年に、自民党の杉田水脈が、「LGBTのために税金を使うことはない。彼らや彼女らは子どもを作らないから、生産性がない」という発言をした(『新潮45』)。
 
振り返れば、その類のことはいろいろあった。

「高校時代から私が敬愛した吉本隆明は一九七八年のミシェル・フーコーの来日の際に対談を行い、その後にフーコーの思索を同性愛者にありがちな傾向と揶揄したりしました。国連で重要なポストに上り詰めた有能な行政官は九〇年代半ば、ニューヨークの日本人記者たちとの酒席で与太話になった際『国連にもホモが多くてねえ』とあからさまに嫌な顔をして嗤っていました。」
 
そのあとも映画評論家、著者が尊敬している哲学者、高名なジャーナリストなどが、同性愛を蔑み、またはもっと大事な問題がある、と性の問題を、正面から取り上げてこなかったのだ。
 
そういう風土を変えたいというのが、北丸雄二の願いなのだ。