味が悪い――『ガープの世界』(上・下)(ジョン・アーヴィング、筒井正明・訳)

またまた『村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事』を読んでいたら、ジョン・アーヴィングを一つも読んでいないことに気づいた。
 
そんな作家はもちろんワンサといるが、ジョン・アーヴィングをまったく読まないのは、まずいと思ってしまったのだ。どうしてそういうふうに思ったかは、自分でも分からない。
 
ジョン・アーヴィングは、『ガープの世界』でブレイクする前に、『熊を放つ』を書いていて、村上さんはこれを訳している。
 
僕はベストセラーになった『ガープの世界』から読み始めた。新潮文庫で上下2巻、それぞれ版を重ねている。
 
わくわくしながら読み始めたのだが、なんとこれが面白くない。面白いところも、特に下巻にはあるけれど、それを上回るほど、全体の味が悪い。
 
ガープの母親の話から始まるが、そしてそれは戯画化してあるが、その戯画がまったく笑えない。というか、読んでいるときの味が悪すぎる。
 
ガープの母、ジェニー・フィールズは、性欲というのが分からない。しかし子供は欲しい。
 
そこで、戦争で負傷したガープ三等軍曹が、正気を失って限りなくマスターベーションをするのに乗じて、一度だけ性交する。
 
ガープ三等軍曹は戦闘の負傷がもとで死ぬが、ジェニーはT.S.ガープを産み、2人は一緒に暮す。
 
2人はウィーンで、性の欲望について話す。ジェニーには分からないが、男にはそういう欲望があり、ガープは頻繁に娼婦を買う。そしてそれを、ジェニーは当然のこととして受け入れる。
 
ここはよほどうまく描けてないと、読者を納得させるのは難しいだろう。
 
ガープはヘレンと結婚し、2人の男の子を得る。しかし下の子を、自動車事故で喪う。
 
そのときはヘレンが浮気をし、男の車でフェラチオの真っ最中。男の陰茎が最大になり、そこへガープと、2人の子供を乗せた自家用車が、突っ込んでくる。
 
そこで突然、章が変わり、下の子は亡くなり、ガープとヘレンは元の鞘に納まっている。まあ、シュールと言えばシュールですけどね。
 
ジェニー・フィールズも、ガープも、最後は暗殺される。ジェニー・フィールズは、女性の権利を主張するのを面白く思わない男に、ガープは、姉のことでガープを恨んでいた若い女に、射殺される。
 
これをどういうふうに受け止めればよいのか。戯画化してある方向が、よく分からないのだ。
 
小説の後半に、性転換をして男から女になった人物が、複数出てくる。これもたんに事実としてあったのか、架空の人物を意図して登場させたのか、よくわからない。
 
ジェニー・フィールズもガープも、著述で名を成す。

ジェニーは自伝を書き、それは空前のベストセラーになる。女性も主体性をもって、毅然として生きるべきだ、と主張するものだった。
 
ガープは4つの作品を書き、そのうちの2作は作品中に、部分掲載されている。これは面白いんだけど、作品全体の調和を壊している。

とくに下巻の『ベンセンヘイバーの世界』は、女が強姦されるところと、その男を殺すところがあまりに強烈すぎて、ガープとその世界を忘れてしまう。
 
最後の章、「ガープ亡きあと」の、妻、子供、友人のその後は面白いけれど、ここが面白くてもなあ。ガープは死んでるし、面白さの核心がぼやけている。
 
そういうわけで、全体としての読み味は悪いが、これは文体の問題かもしれない。かりに村上春樹のような、エピソードを連ねるタイプの作家の場合、これを村上春樹の文体ではない文体で書いたら、と考えれば、ようく分かるだろう。
 
通常ではありえない筋道が、文体のアクロバットにより、面白かったりするのかも。断片でいいから、『ガープの世界』を英語で読んでみたいと思う。

(『ガープの世界』(上・下)ジョン・アーヴィング、筒井正明・訳、
 新潮文庫、上・1988年10月5日初刷、2020年5月15日第26刷、
 下・1988年10月5日初刷、2007年7月15日第22刷)

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