「第五話 店長はサクセスお化け」は、何があっても謝ろうとしない店長の話。
ブレイディみかこは20代のころ、英国の激安量販店で働いていた。衣類と雑貨のスーパーマーケットのような店だ。
その店長は、「申し訳ありません(sorry about that)」という言葉を、絶対に使わなかった。ネガティブな言葉は、店を暗くする。店が暗くなって、いいことは一つもない。
「『申し訳ありません、マダム。残念ながら、在庫切れです』
などと言ってしまったらゲーム・オーバーだ。そうではなく、水玉のパンツはただいま入手不可であることを述べ、客の関心をほかに向けるのだ。
『水玉のパンツに関しては、現在、ほんの短い間だけ入手不可になっておりますが、花柄のパンツの美しい色合いはご覧になりましたか?』」
こういう店長は、日本人には少ないかもしれないが、皆無というわけでもない気がする。
でもとにかく、ほかの店員も常にポジティブでなければならず、ブレイディみかこに限らず、一日の終わりはくたくたである。
「第六話 督促ガールの手記」は、「あたし」がダブリンから日本に戻ったときの話。
求人誌で面接を受け、ファイナンス会社の事務職を得た。ファイナンス会社とは信販会社、つまり貸金業者だ。
初めについた上司は、課長補佐の「奥山さん」で、30代後半のエリート銀行員みたいな人だった。少なくとも、借金の取り立てをする人には見えなかった。
「あたし」も初めはおっかなびっくりだが、徐々に貸金業に慣れてくる。
「奥山さん」は督促電話をかけているとき、人間はこうも豹変するのか、というくらい変わった。
初めは、「早急にお約束のご入金をしていただきたいと思いまして本日はお電話させていただいております」という調子だが、ある瞬間、声が低くなり、言葉遣いも変わる。
「……ああ、ああ。もういいよ。もうわかった。わかったから、裁判所で会おう。はあ? 何? 声が小さくて聞こえないんだが。は? ああ、……うん、じゃあなんで最初からそう言わないんだよ。で、今度こそ全額払ってもらえるの?」
「あたし」は隣の席で固まっていた。
しかし「奥山さん」は、取り立てにあの手この手を使うだけで、ヤクザではなかった。仕事は慣れたかと聞いてくる、紳士的な優しい上司だった。
最初の給料が出たとき、家族にそのことを言った。すると、
「『都合して』と頼み込まれたのは、ほとんどお給料がなくなるぐらいの金額だった。でも、あたしもランチとか食べなきゃいけないから、と言って少しだけ減額して貰ったが、実家に帰るとこういうことになるのを、あたしはすっかり忘れていた。」
そうか、ブレイディみかこが、日本を振り切って英国に行ったのは、こういうことだったのか。
「お金ができたらすぐに返すからと言われた。でも、回収は諦めるべきだとあたしは知っていた。この場合は任意で貸すわけでもないし、正義の返済もない。嫌と言えない理由があるから貸すのであり、返さなくてもいいという暗黙の了解もあるのだ。こういう特殊な取り決めが成り立つ関係を、家族と呼ぶのだろう。」
これははっきり言って、ロクな家族じゃない。よっぽどの急場を除いては、家族の間で金銭の貸し借りは止めるべきだし、まして親が子供に、返済不要の借金を申し込むなどということは、あってはならない。
ブレイディみかこが、日本を捨てた理由がわかるというものだ。
「電話をかける度に同じことを言って謝る債務者たちはあたしの親だった。『もう二度とこんなことはありませんので』と悪いことをした犯罪人みたいに誓うくせに、いつも返済の期限を守れないのは、十数年前も今も変わらないあたしの親だ。
それが嫌で、借金や噓や平謝りや居留守やその全てが嫌で海外に逃げたはずだったのに、」
そういうことなんだ。
全体の6話のうち、「第一話 ママの呪縛」と「第六話 督促ガールの手記」は、日本の話である。そしてそれは、英国やアイルランドとは、はっきり違っている。
つまり、どこか暖かいのだ。日本では、底辺の仕事でも、どんなにつらくても、そこには気持ちの通じ合う人がいるのだ。
これが言葉の違いによるものなのか、それとも風土と人間によるものなのかは、僕には分からない。
(『私労働小説―負債の重力にあらがって―』
ブレイディみかこ、KADOKAWA、2025年10月23日初刷)
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