「第三話 アジアン・レストランの舞台裏」は英国での、掛け値なしのシット・ジョブ体験記である。
「エヴァ―グリーン・アジア」は、町で唯一のアジアン・フュージョン・レストランだ。フュージョンとは「融合」「溶解」「連合」の意で、つまりいろんなアジア料理が混ざり合って出てくる、ということらしい。
「そうした似非アジア料理のレストランの中でも、『エヴァ―グリーン・アジア』は一線を画していた。こちらはもう、はなからアジア料理であることを拒否しているというか、あえて奇想天外な味つけや組み合わせをすることをアジアン・フュージョンと呼んでいるらしかった。」
それもそのはず、スタッフでアジア人は、主人公しかいなかったのだ。
「揚げ出し豆腐にピーナッツバターソースとレーズンをまぶした前菜とか、たくあんとマンゴーとトリュフの巻きずしとか、日本人のあたしにとってはさっぱり意味不明の料理を出す店だったが、英国の人々は『ナイス』『デリシャス』と言ってそれらを食べていた。」
思わず、英国人大丈夫か、と言いたくなる。
さらにここは、シェフに言い返すことが、許されない職場だった。
「徒弟制度の名残なのかもしれない。英国は日本に比べてリベラルな社会だと思っていたあたしにとって、この軍隊みたいな職場での経験は驚きの連続だった。」
実際にそこで暮らしてみれば、遠くで憧れていたのとは、ずいぶん違うものだ。これは「日本人、スバラシイ」を繰り返した、ラフカディオ・ハーンを例外として、すべてに共通している。
「エヴァ―グリーン・アジア」で出される料理を、「あたし」はオリエンタリズムというよりは、ありえないという意味で、アリエンタリズムと名付けていた。
あるときオーナーが、たった1人のアジア人である主人公を、チャイナドレスを着た案内係にしようとした。
仕事を失いたくない「あたし」には、拒否する権利はない。
「そもそも、日本人だったら着物を着ろというその思考回路が差別的だが、あたしはバーカウンターの上の金の鯱付の金閣寺の屋根みたいなものだった。〔中略〕うちの店にも本物のアジアン・グッズがあるんです。それをひけらかすためにあたしは店内に立たされているのだ。」
現在のブレイディみかこの年齢からすれば、おそらく30年くらい前だろうが、しかし20世紀の末になっても、これである。イギリスはどうしようもなく遅れている、としか思えない。
しかも接客係の「あたし」は、ときに尻を触られるのである。びっくりして、「なにをするんですか!」と問うと、
「バーバリーのトレンチコートを着てカシミアのマフラーを巻いた、いかにも上品な物腰の中年男性は落ち着き払った声で言った。
『何を言っているんだ?……僕が君のような人に触るわけがないだろう』
君のような人ってどういう意味なんだろうと思った。」
階級が厳然たる制度としてある国は、どうしようもなく駄目なんじゃないか、と僕は思う。
この店でもごたごたがあって(そのごたごたの経緯は書く気がしない)、結局スタッフは全員解雇された。
「エヴァ―グリーン・アジア」はオーナーの意向で、回転スシバー「モリモリスシ」に生まれ変わった。まったく性懲りもなく、という言葉しか出てこない。
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