「シット・ジョブ」だろうか――『私労働小説―負債の重力にあらがって―』(ブレイディみかこ)(1)

これは田中晶子が買ってきた本。ブレイディみかこは最初、僕が読み始めたのだが、途中から妻の方が熱心に読むようになった。

この本は「小説 野生時代」に載った6篇で、どれも面白い。
 
カバーや帯に、いろいろ能書きが書いてある。

「セクハラ、/パワハラ、カスハラ、人種差別に/事なかれ主義やポジティブ教の上司まで。」
 
そういう状況で、ただひたすら社会の底辺で働く話だ。

「第一話 ママの呪縛」は、本当によくありそうなスナックで、これは日本にいたころの話。

「ママはいつものぎゃひゃひゃひゃ笑いをした。岸田今日子みたいな青白い顔をして、ちょっと高齢の巫女みたいな取っつきにくい風貌の彼女が、この外見的イメージに合わない笑い方をすると客がウケる。『まったくママは!』とか『品がないんだからあ』とか言って喜ぶのだ。」
 
そこで働いていれば、女同士のごたごたもあれば、友情に似たものもある。
 
そんな話のどこが面白いかと言えば、僕にとっては、とにかく懐かしかった。

こういうスナックには、大学のとき以来、入ったことはない。それこそ50年以上昔だ。だからよけいに懐かしかった。

こういうのは、底辺と言えば底辺だけれど、でもそんなに卑下する必要はないんじゃないか、とも思う。
 
第二話の「失われたセキュリティーを求めて」は、イギリスのスーパーで働く話だ。
 
そのころ、ブレイディみかことおぼしき主人公は、週に15時間だけ働ける、学生ビザを所持していた。
 
このスーパーでは、周りの人間はみんな辞めたがっていた。
 
店長からしてからがそうで、見事に何にもしなかった。

警備員は8時間勤務だったが、本来の業務はまったく放棄していた。

「彼[=警備員]、仏教徒らしいよ」
 〔中略〕
「そんなはずないでしょ。だってあの人、エジプト出身だよ?」
「エジプト出身者にも仏教徒はいるでしょ」
「いないよ、あの国はイスラム教」
「でも、この国に来てから仏教徒になったかもしれないし」
「この国だって仏教の国じゃないでしょ」
 
この辺はうまいと思う。ブレイディみかこも、だんだん作家になってきた。

それはともかく、この店にはモラルというものが、かけらもない。
 
最後はこうなっている。

「店長はまた事務所から出てこなくなり、店内の万引きも減らなかった。
 あたしたちのセキュリティーは失われたままである。」
 
にわかには信じられない話である。スーパーの仕事が嫌だという者は、もちろんいるだろう。しかし、好きな者もいるはずである。
 
スーパーの仕事が、「シット・ジョブ」(くそみたいに報われない仕事)とされているのは、イギリスの階級制と関係があるのだろうか。とにかくイギリスでは、スーパーの店員をそういう目で見る。
 
日本では、テレビにしょっちゅう出ている、「スーパーアキダイ」の社長などを見ていると、とても同じ仕事とは思えない。
 
スーパーの店員たちは、物価高と戦う最前線の場で、奮闘しているように見える。それは絶対に「シット・ジョブ」ではない。

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