モテる男――『我が妻 バルドー、ドヌーヴ、J・フォンダ』(ロジェ・ヴァディム、訳・吉田暁子)(5)

ところで、ロジェ・ヴァディムは結婚というものを、どのように考えていたのだろうか。

「私は結婚が愛の証だとも、社会生活における必要事だとも思わない。実際私は結婚という制度にあまりにも関心がなくて、これといった偏見さえ持っていない。もし区役所で署名をすることが生活を簡単にして、税金が軽くなり、子供たちが学校で何とか言われないですんで、愛する女を安心させるなら、どうして結婚を避けることがあろう。」
 
というわけでブリジット・バルドーと結婚し、そして一つの手続きとして離婚した。
 
しばらくしてアネット・ストロイベルグという女と、恋に落ちた。すごい美女だった。

「髪は輝くブロンド、空よりも青い眼、乳色のきらきらした肌は眼にも指にも優しく、〔中略〕豊満な体。女らしさそのものだったが迫るように欲望を唆るようなところは少しもなく、ピンナップ・ガールというよりは女神という印象だった。快活で、幸せそうで、笑いと幸福のために生まれてきたような女、それがアネットだった。」
 
アネットは女優になることを目指していた。
 
ヴァディムはこのとき、ド・ラクロの古典的小説『危険な関係』の映画化に、取り組んでいた。主演はジェラール・フィリップとジャンヌ・モロー、共演、ボリス・ヴィアン、ジャン=ルイ・トランティニャン。
 
そこにアネットを入れた。危険な賭けだったが、そうそうたる俳優の中で、彼女は場違いにならずに役を務めた。

『危険な関係』は、パリでの独占上映映画の中で、これまでの興行収入をはるかに超えるものになった。
 
そんなとき知らない男が現われて、私は映画監督だが、アネットにふさわしい役があるのだがどうか、と言った。ヴァディムが、シナリオを見たいというと、男はマッチのケースを広げて差し出した(この「マッチのケース」がどんなものか、僕にはよくわからない)。

「(男は与太者。アメリカ映画のヒーローたちのイメージに取り憑かれている。女には訛りがある。『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』を売っている。本当の恋愛ではなくて、錯覚である。結果はよくない。結局のところ終わりはいい。あるいは終わりは悪い。)」
 
ヴァディムはアネットに、シナリオに似たものを見せるが、男に対する彼女の返事は、「ばかにしないでよ」だった。
 
男はジャン=リュック・ゴダール、映画は『勝手にしやがれ』として公開された。アネットの役は、ジーン・セバーグが演じた。

僕には、「運命」の分かれ道というのは、俳優の一生を見るとき、もっとも強く感じられる。
 
ところでヴァディムはアネットとの間に、ナタリーという名の子供を作っている。

結婚という制度には、ほとんど関心がなかったヴァディムだが、子供に関してはこの後、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェーン・フォンダとの間に、それぞれ男の子と女の子を儲けている。これも興味深いことだ。
 
その後、アネットはどうなったか。ヴァディムは冷静に観察している。

「私はこの、非常にもてはやされてはいたが根は単純な若い女の心を奪って、彼女が自分では理解しているつもりでいて、実際は彼女の理解を越えた世界に引き込んだのだ。私は彼女をスターにしたが、彼女は雑誌に出る自分の写真と自分の才能を混同した。」
 
アネットは女神になることを望んだのだが、女神もまた職業という点では、努力と経験によって身につけるべきものだ。
 
彼女はこの点を、どうしても理解しなかった。ヴァディムは結局、アネットと離婚することになる。

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