優雅な書簡集――『傍観者からの手紙―FROM LONDON 2003-2005―』(外岡秀俊)(5)

第27章「ワインズバーグ・オハイオ」は、2004年の大統領選挙で、ブッシュがケリーを破ったことを、アメリカ人の「宗教」と「性」の面から分析し、最後はシャーウッド・アンダーソンの小説『ワインズバーグ・オハイオ』に連想が及ぶ。
 
この時の大統領選挙に関しては、私はこう思っていた。同時多発テロに対する対テロ戦争や、イラク戦争の「戦時」大統領であるブッシュは、反戦運動のジョン・ケリーに勝って当然、だってアメリカ人は戦争好きで、負けたことはないから、と。

私などが簡単に、そう判断するところを、外岡秀俊はあくまで対象に即して、緻密に分析していく。

「たぶん、私たちの常識では捕らえきれないような『分離』がフラクタルのように自己相似的に増殖し、これまでにない米国の顔が浮かび上がろうとしているのです。アメリカは『二つの国家』に分裂したのではなく、罅〔ひび〕割れたアメリカの断片が拡散と結合を繰り返し、これまでとまったく違う米国像を結ぼうとしていると思うのです。」
 
前段がないと分かりにくいかと思うが、その前段が微妙で要約しにくい。それでも外岡の分析のユニークな手つきは、分かってもらえるだろう。
 
そのテロと並ぶ重要な視点が、「宗教」と「性」だというのだ。
 
英紙『タイムズ』の調査によれば、教会に週に一度以上通うと答えたのは、ブッシュ支持者63%、ケリー支持者35%、英国2%だった。

妊娠中絶を常に違法としたのは、ブッシュ支持者77%、ケリー支持者22%、英国4%。同性婚に法的権利を認めないのは、ブッシュ支持者69%、ケリー支持者30%、英国29%だった。
 
そして大統領選の結果を決めたのは、最激戦区オハイオと聞き、オハイオといえば章題の小説、となる。

「第一次大戦のさなかに書かれたこの巧みな掌編集は、中西部の田舎で『ひねこびた林檎』のように生きる人々の心性を多彩に、克明に描き出したサーガです。米国が孤立主義に引き籠もった時代を象徴する作品といっていいでしょう。」
 
そうか、1910年代のオハイオの架空の町は、アメリカのいつの時代にもある、典型的な町だったのか。
 
そういうことには及ぶべくもなく、この小説はオハイオの片田舎の町を、ささやかに点描したものに過ぎない、と私は思っていた。読後感としては、山本周五郎の『青べか物語』に、全体の色調がモノトーンのところが似ているなどと、とんちんかんな感想を抱いていた。
 
これを、「米国が孤立主義に引き籠もった時代を象徴する作品」と読むとは、まさに目から鱗だ(そういえば新潮文庫の「解説」にも、そんなことは書いてなかったぞ)。
 
そうして外岡は、最後は文学に対する変わらぬ信頼を表明する。

「『宗教化する米国』を徒〔いたずら〕に恐れるのでなく、また蔑むのでもなく、その素顔を深く理解するには、アンダーソンのような目で生身のアメリカ人を見ることが必要でしょう。文学の方法論が歴史とともに古びることは、決してないと私は確信しています。」
 
見事な結びである。ほっと息をつき、最終段落を何回か繰り返して読むほかはない。

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