ブリジット・バルドーの動物好きは、どの程度のものだったのか。15年続く、彼女と雌犬「グアパ」の物語の最初はこうだ。
知人が、町の子供たちにいじめられている子犬を、救ってやったと話した。
「私は打ちのめされ、憤慨した。
これほど無害な小さな生き物を殺そうとするなどどうしてできるのだろう。私の心と胸はぎりぎりと締めつけられた。その黒斑〔くろぶち〕の白い小さな生き物を両手に抱き取り、ハシバミ色の瞳をのぞき込んだ。怯えて、訴えかけるような深く優しい目を見つめながら、私は『あなたのことが大好きよ、もう悲しいことは起こらないわ、これからずっと面倒を見てあげるわね』と語りかけた。」
バルドーの動物好きは、犬が好きというところから始まった。どんなときも、彼女の傍らに居てくれるからである。
「グアパは私のプリンセスになった。グアパは教えるまでもなく、部屋の中でオシッコしてはいけないことを理解し、外に出たくなると、ドアの前で吠えるのだった。グアパはまるで影のように私の後についてきた。私には、グアパと私のどちらが相手をより愛しているのか、わからなくなってしまった。こうして私の生活は変わった。もうひとりぼっちでなくなったのである。」
夜はグアパと一緒に、体を寄せるようにして、一つのベッドで寝た。いつも一緒だった。
「私たちは同じ食事をし、いっしょに散歩し、同じものを眺めた。あらゆるものを分けあったのである。
私はグアパを愛した。」
ここで大切なのは、「ひとりぼっちでなくなった」ということである。映画の撮影の間も一緒にいて、夜も体を寄せ合って眠る。男に求めて得られなかったことが、グアパの場合には、すべて得られるのである。
バルドーの動物愛護は、ここからずっと広がって、果ては社会運動になっていく。
バルドーは極端から極端に走りやすく、映画界と動物愛護のどちらも、適当にやることができなかった。
「私は、洗練の極みから、もっとも田舎臭い素朴な姿に直接移行することができた。
パゾーシュでの週末には、ゴム長に古いコールテンのズボンをはき、髪はばさばさで、六匹の雌犬、一ダースほどの猫、飼い慣らされたウサギ一羽、二十羽ほどの鴨、ロバのコルニション、屠場から救いだしてきた半ダースほどの山羊と羊に囲まれて、泥と糞の中を歩いていた私の姿がよく見られた。」
もちろん、この物語は女優の、それもある時期、世界でもっとも有名だった女優の一代記である。だから男優や女優、その周辺の話は枚挙にいとまがない。
新人女優の頃の、ジャン・ギャバンのさりげない気づかい、熊のようなリノ・ヴァンチュラの、女優とキスもしない傷つきやすい心、西部劇でクラウディア・カルディナーレと、1週間取っ組み合いの喧嘩をし、終生の友となった話など、挙げればきりがない。
しかしブリジット・バルドーは、結局、女優にはなりたくなかったのだ。そこがこの人の、根本的な人生の形である。
最後に、この本の執筆期間について書いておく。
本の半分くらいのところで、47歳になったとある。バルドーは1934年生まれだから、47歳は1981年ころである。この本の末尾の日付は、1995年12月7日だから、本の半ばから数えても、15年たっている。
すると全体を書き終えるまでには、どう見たって四半世紀はかかっている。この文体の緊張感を、これだけ持続させるとは、やはりただ者ではない。
そういえば、女優を辞めてからは読書にも励み、リルケ、ロレンス・ダレル、スコット・フイッツジェラルドなどを、発見したと書いている。
この本は、作り方を間違えている。「セクシーでコケティッシュな、世界で最も有名な女優は、女優になりたくなかった!」、外側をこうしなければ、中身と齟齬がある。こうすればきっと、はるかに売れただろう。
(『イニシャルはBB―ブリジット・バルドー自伝―』
ブリジット・バルドー、渡辺隆司・訳、早川書房、1997年11月30日初刷)
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