そのころ、15歳のブリジット・バルドーは、『エル』のモデルとして、少しばかりの金を稼ぎ、新聞が少しずつ、バルドーのことを書き始めていたとあるが、これは芸能新聞(そういうものがあるとして)のことだろう。
ロジェ・ヴァディムはバルドーを、いろんなパーティに連れて行った。ジャーナリスト、大臣、作家、俳優、監督……。その中で、できる限り小さくなっていたバルドーだが、意に反して、最後はこの少女は誰なのか、という会話ばかりになった。
「シモーヌ・べリオ―夫人は、席が静まり返っていたとき、だしぬけに私に声をかけた。『ずいぶん魅力的だわよ、あなた。で、あなたまだ処女でいらっしゃるの』みんながいっせいに私を見た。〔中略〕嘲笑していた。ふたたび静けさがもどったとき、私は、思わずこう返事していた。『いいえ、マダム。それで、あなたは』」
誰も真似のできない絶妙の返し、これで15歳である。ロジェ・ヴァディムが、バルドーをさんざん連れまわした意味も、分かるような気がする。
ヴァディムのおかげで、ジャン・コクトーとも会っている。
「一番驚かされたのは、私に対するコクトーの優しさと心遣いだった。
彼は私を一人前の女性として迎えてくれた。彼は魅力的だった。私を会話に参加させ、冷たい飲み物を出してくれた。そして、たえまなく『あなたは素晴らしい』と言ってくれた。」
コクトーが、どういうつもりだったかは分からない。しかし10代半ばの小娘に接する態度ではない。はっきりと何かを感じたのだ。
もちろんバルドーも、同じく何かを感じている。
「私はこの目新しく素晴らしい世界、そこにあった絵、書物、そして、あれほど繊細であれほど偉大だった男性を、穴が開くほど見つめていた。
このことは決して忘れない。」
ヴァディムはまた、ジャン・ジュネ、ジュリエット・グレコたちとも、会う機会を作ってくれた。
でもそこで、ちょっと待てよ、となる。10代のブリジット・バルドーは、そのころの傑物、怪人、偉人とあっている。しかしそれを連れまわしてくれたのは、20代前半の、まだ1本の映画も撮っていない、監督志望者に過ぎない。ブリジット・バルドー以上に、ロジェ・ヴァディムは魅力のある、謎の男だ。
最後に、10代で会った大物俳優のことを話そう。
ヴァディムについて行ったバルドーは、あるときマーロン・ブランドが借りている部屋に、朝食のお盆を持って行くことになった。「聖なる怪物」の俳優を、どうしても見たくなったのだ。
もう午後の2時を超えていた。
「私は朝食ですと言いながら、明かりをつけた。むくんだ髭面がシーツから出ているのが見えた。ねばねばした声が『いっちまえ、淫売の息子〔ゴー・アウェイ サン・オブ・ア・ビッチ〕』と言うのが聞こえた。」
彼が寝返りを打ったので、朝食の盆はたちまちひっくり返った。
「私がまだぐずぐずしていたので、彼はゆで卵をつかみ、私に向かって投げつけた。卵は壁にぶつかって音を立てて潰れた。そして彼はオレンジジュース、ミルク、コーヒー、潰れた卵にまみれて、ふたたび眠り込んだのである。」
マーロン・ブランドについては、いくつもの伝説が流布している
しかしブリジット・バルドーが、この経験から得た教訓は、「下僕にとって、偉人は存在しない」ということ、つまり、どんなに偉い人でも、身近に接していれば、欠点が目につくものだ、ということである。
バルドーがこの回想記を書いているのは、少なくとも40代を越えてからだろうから、そこから得た教訓を、今は一言で述べることができる。しかしその経験そのものは、10代後半で得たことである。ブリジット・バルドー、ただものではない。
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント