次に記すのは、あらすじのようなものである。
キョンハは2014年に、虐殺に関する本を出したのち、悪夢を見るようになり、脳裏に浮かぶ黒い木々の光景が、気がかりになっている。これはたぶん黒焦げになった死体、またはその墓碑のイメージである。
キョンハはどこか良い場所に、墓碑に似た丸木を植えることを思い立ち、それを友人でドキュメンタリー作家のインソンに、短篇映画にすることを依頼する。
インソンはその前から、認知症の母を看取るために、済州島に帰り、母の葬儀の後も、済州島に住み続けている。
あるときインソンから、指を切り落とす事故に遭ったので、病院にいるが、至急合いたいと連絡がある。キョンハは折悪しく吹雪の日に、済州島のインソンの家に行き、エサも水もない捨ておかれてるインコを救ってほしい、と依頼される。
雪が降り続く中、何とかインソンの家に着いたものの、小鳥はすでに死んでおり、キョンハはそれを埋葬する。
しかしそれから、幻とも現実ともつかない中で小鳥は蘇り、さらに事故に遭うまえのインソンが現われて、母親の追い求めた真実を語ろうとする。
というふうにあらすじを記しても、この本を読んだことには、まるでならない。
叙述の段落は、続けて書いてあるところもあれば、1行アキになっているところもある。それだけではなく、アステリスクを入れて、3行アキになっているところもある。
また本文書体が2種類で組まれていて、その区別がよくわからない。独白の文章が、書体を変えてあるかと思うのだが、必ずしもきちんとした区分はしていない。ああ、まったく厄介だ。
そうはいっても、ここで翻訳文体の見本をまったく見せないで、済ますことはできないだろう。
まずインソンが事故で指を切断したというので、キョンハが病院に駆けつけるところ。
「看病人が二本目の針をインソンの中指に刺している間、私はインソンの枕の横に置かれた携帯電話の方へ視線をそらした。包帯を巻いて縛った右手を動かさずに私にメールを送ろうとしてインソンが恐る恐る試した腰、肩、左手の動作を想像した。すぐ来てくれる? 力を振り絞って子音と母音をつなげ、単語と単語の間にスペースを空けて、そうやって二回も尋ねたのだ。でも、よりによってなぜ私だったのだろう?」
韓国の歴史を知らなくとも、この作家について何も知らなくても、吸い込まれるような文体だ。
次はこの作品の要である。滝のそばにインソンと母親がいて、その愛情が厳しいかたちをとる。
「母さんがしゃがんだから私も隣に座ったの。私がいることに気づいて母さんは振り向き、黙って笑いながら私の頬を手のひらで撫でたんだ。続けて、後ろ頭も、肩も、背中も撫でてくれた。重たい、切ない愛が肌を伝って染み込んできたのを覚えてる。背骨に染み、心臓が縮むような……そのときわかったの。愛がどれほど恐ろしい苦痛かということが。」
愛は甘いものではない。ここは言葉がない。
最後は、1948年の「四・三事件」虐殺の資料が集まり、その輪郭がはっきりしてくるところ。
「心臓の奥で何かがもう毀損されていて、げっそりとえぐり取られたそこから滲んで出てくる血はもう赤くもないし、ほとばしることもなくて、ぼろぼろになったその切断面で、ただ諦念によってだけ止められる痛みが点滅する……」
こういうものだ。「済州島四・三事件」も、ナチスのユダヤ人殲滅も、ガザのイスラエルによるパレスチナ人虐殺も。どんな人間も、時と場合により、僕を含めて同じことをやるのだ。
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