ここまで書いていいのか――『対馬の海に沈む』(窪田新之助)(8)

西山の不正は誰にもわかるものだったので、ある者はJAの上部組織に訴え出た。
 
JA上対馬支店の西山の元上司、小宮厚實はこう訴える。

「犯罪行為である詐欺を、あろうことか農協職員が持ちかけて多額の共済金を払うという便宜を図り、見返りに新たな契約・増額契約を締結していく。LAには給与規定で支払われる給料以外に共済新契約高に応じた歩合給が支払われる為、第三者に対する利益の供与のみならずこのLA職員は詐欺に該当する。この不正がいまだに表に出てこない外部要因は、被害者がいないからである。」
 
ここまであからさまに文書で告発されても、しかしどうということもなかった。

「その後一〇年近くにわたって不正が発覚しなかった理由は、JA対馬の役職員や共済連などがその隠蔽に加担してきたことだけではなかった。小宮が〈被害者がいない〉と記しているとおり、西山と島民たちとの共犯関係があったからこそ、問題にすらされなかったのだ。」
 
小宮の告発はおよそ一〇年間、握りつぶされた。
 
では今度の西山の死で、すべては明るみに出たのか。

JA対馬不祥事第三者委員会の「調査報告書」や、JA対馬の賞罰委員会による内部資料を見ても、共済の契約者が不正の協力者だとは、どこにも書いてない。

「もちろん、JAがその事実を認識していたとしても、大多数の組合員を批判することは組織の根幹を揺るがすことになるので、できるはずもないのだが……。」
 
もはや巨大組織の腐った根幹にまで、到達してしまった。

「JA対馬を舞台にした不祥事件はこの国では決して特殊ではないといえる。西山と彼に関係する人たちがはまった陥穽は、きっと私たちの社会の至るところで待ち構えているに違いない。」
 
そうは言っても、JAグループのような超巨大組織で、人をあらゆる点でがんじがらめにするのは、珍しいだろう。
 
そう思っていたら、2,3日前の東京新聞に、郵便局員で、2024年に自殺または突然死したのは、表に出てきたのだけでも、5人を数えるとあった。
 
その記事には、2010年からの自殺または突然死が、ほぼ毎年出ていることが書かれていた。
 
ゾッとするというか、啞然とするというか。これはほんとのことなのか。「かんぽ生命」の、分かりやすいノルマの話ではないのだ。
 
おそらく立ち入ってみれば、日本郵政による過酷なノルマがあるのだろう。その記事では、突然死した人は、時間がなくて昼飯も食べられないくらい、疲労していたという。それでもノルマをこなすために、命の限りを尽くして仕事に邁進したのだ。
 
ひょっとして私が知らないだけで、そういう会社、集団は、どこにでもあるのだろうか。日本人の働き方の、それが標準なのだろうか。それではまるで「収容所群島」ではないか。
 
なお農協のことでは昨今、コメの異常な高値が問題になっている。政府の方針で備蓄米を拠出することにしたが、それはほとんど出回ってはいないという。
 
一体どうなっているのか、と記者団に問われて、農水大臣が、関係者の間にはさまざまな意見・思惑もあることだろうし、と我関せずといった答弁をしていた。つまり高値を容認し続けるということだ。
 
それでコメの異常な値段については、農協が深く絡んでいることが分かった。

(『対馬の海に沈む』窪田新之助、
 集英社、2024年12月10日初刷、2025年2月11日第3刷)

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