ここまで書いていいのか――『対馬の海に沈む』(窪田新之助)(2)

もう少し農協の話を続ける。そうしないと、事件の構図全体が頭に入ってこないからだ。
 
JAの事業としてすぐに頭に浮かぶのは、農産物を集荷したり、それらを卸売市場や量販店に出荷することだが、北海道を除く都道府県の約9割のJAは、農業に関連する「経済事業」は赤字である。
 
その穴を埋めているのが「共済事業」であり、「信用事業」である。

「共済事業」は、組合員が互いに助け合うことを目的とし、金を出しあって運営する保障制度であり、「信用事業」は、貯金の受け入れや、資金の貸し出しをする制度で、「共済」と「信用」を、まとめて「金融事業」と呼んでいる。
 
その規模は、いずれも莫大なものである。

「JA共済連」の総資産は、57兆6000億円(「日本の国家予算の半分ほど」)、保有契約高は224兆3000億円(「世界でも指折りの規模」)であり、これは日本生命に次いで二番目である。

「農林中金」は「日本を代表する機関投資家」であり、組合員から集めた貯金を、外貨建ての金融商品に投資し、その利ざやと売買益で稼いできた。その貯金残高は108兆3000億円に及ぶ。

「いまのJAグループの実態を概観すると、『農業の専門集団』というよりは『金融屋』としての色が非常に濃くなっている。」
 
そこで西山義治の話である。西山は共済事業を専門とする「ライフアドバイザー(Life Adviser=LA)」である。JA共済連が都内のホテルで毎年開催する「優績ライフアドバイザー全国表彰式」、略して「LAの甲子園」で、西山は12回も表彰されてきた。
 
その結果、西山は「スーパーライフアドバイザー(SLA)」という称号を得ていた。西山は桁外れの顧客を持っていて、「LAの甲子園」でも、2位以下とは圧倒的な差をつけており、「LAの神様」と呼ばれていた。
 
西山の基本給は賞与、管理職手当などが加味され、年間500万を越えるが、そこにさらに、営業実績に応じた歩合給が加わる。これがすごい。著者の調べによると、いちばん多い2017年度の歩合給は、3285万円余りであった。両方合わせれば4000万円近くになる。西山本人は周囲に、「年収はプロ野球の選手並み」と吹聴していた。
 
西山が対馬の海に飛び込んだことについては、JAの職場では、最初から自殺の噂が飛び交っていた。

「JA対馬やJA共済連が後に調べたところ、西山が共済を契約している建物の被害を捏造し、共済金が不正に振り込まれるようにしていたことが判明した。
 さらに、共済金の振込先を、本来の契約者ではなく、自分や第三者が名義人になっている口座に設定していた。」
 
第三者が名義人である口座には、2種類あるという。

「一つは、西山が口座の名義人に無断でつくった『借名口座』、もう一つは、口座の名義人が自ら開設した後、西山が依頼して通帳や印鑑、あるいはキャッシュカードまで預かっていたという『借用口座』。
 西山の死後、職場にある彼の机の引き出しには、それらの名義人の印鑑が何十本という束になって入っているのが見つかった。」
 
どちらの口座も似たようなものだけど、それにしても通帳や印鑑を預けっぱなしというのは、顔見知りしか会わない、田舎ならではのことだろう。
 
西山はしかも、かってに共済金を積み増ししてくれていた。個人の実績を上げるためである。

「不正の実態が明らかになるに従い、被害の総額はだんだんと積み上がっていった。JA対馬が二〇二二年六月二四日発表したところでは、調査できた二〇一〇年度から二〇一八年度だけで二二億一九〇〇万円に達している。」
 
西山個人の犯罪に限っても、これだけある。どうやら農協は、黒い組織であり、それゆえ本の中身を軽々に謳うわけにはいかなかったのだ。

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