ジュリーの歌は好きだが、人物に興味はなかった。
ところが、朗読をしている『街と山のあいだ』(若菜晃子)に、ジュリーについての、興味深い文章が載っていた。
「ジュリーは六十歳を過ぎて、反原発、反戦の歌を歌っているという。衝撃だったのはその写真で、しばらく見ないでいるうちに見る影もなく太って、昔のハンサムな面影は長い睫毛の目もとにわずかに残している程度であった。〔中略〕
『還暦の前あたりから、言いたいことを言わなきゃと思うようになった』
『アイドル時代、表現の自由はなかった。華麗なジュリー、セクシーなジュリーに似合わないことは、言えなかった』」
若菜晃子は、ジュリーのインタビューが出ている、朝日新聞(2012年5月4日付)を読みながら、考えた。
「ジュリーは若い頃はスリムでダンディでため息が出るほどかっこよかったかもしれないけれど、年を取っても自分の言うべきこと、言いたいことを歌い続けるジュリーは、もっとかっこいい。たとえ太ったってかっこいい。」
そういうわけで、ジュリーが何を語っているか、ジュリーの人物伝を読むことにする。
まずオビの気になる部分。
「ザ・タイガースの熱狂、ショーケンとの友愛、/『勝手にしやがれ』制作秘話、/ヒットチャートから遠ざかりながらも、/歌い続けた25年間……」
ここでは、「ヒットチャートから遠ざかりながらも、歌い続けた25年間」、というのが気になる。
そしてオビ裏。
「バンドメンバー、マネージャー、プロデューサー、/共に『沢田研二』を創り上げた69人の証言で織りなす、/圧巻のノンフィクション」
これは「69人の証言で織りなす」というところに、誰でも期待を抱くはずだ。しかしここには、ちょっとしたトリックがある。それは一番最後のところで明らかになる。
この本には、僕の知らなかったことが、わんさと載っている。
たとえば、1975年6月から、TBSで放送された『悪魔のようなあいつ』のこと。これは久世光彦が演出し、原作は作詞家の阿久悠と漫画家の上村一夫、脚本は、後に沢田の主演で『太陽を盗んだ男』を撮ることになる、長谷川和彦である。
このドラマは、BL(ボーイズラヴ)の嚆矢とされる伝説のドラマであり、番組に先行して漫画が連載されるという、メディアミックスの先駆けでもあった。
そのエンディングには、3億円事件の犯人を演じる沢田研二が、ギターを弾きながら歌う「時の過ぎゆくままに」が流れ、この曲は沢田の最大のヒット曲となった。
1975年といえば、僕が大学4年のとき、テレビなどまったく見ないころだった。それでも『悪魔のようなあいつ』の記憶はあり、なによりも「時の過ぎゆくままに」は、かつてはカラオケで、今はYouTubeで、ときどき歌ってもいるのだ。
あるいは、ザ・タイガースが解散した後、沢田研二は萩原健一と組んで、PYGというバンドを作った。
この辺は少し関心があれば、それがどうした、というところだが、ジュリーとショーケンが、ヴォーカルとして並び立っていたバンドなど、僕はまったく知らなかった。そしてその行く先が、度重なる失敗で、バンドは自然消滅していったとは。
しかしもちろん、あとに残していったものはある。
「PYGという挫折は、〔中略〕ソロシンガー、沢田研二を華々しく誕生させ、はじめて見るような俳優、萩原健一を世に送り出した。我々は時代の二人の体現者、ふたつの太陽を仰ぎ見ることになるのである。」
そういう僕の知らないことは、たくさん載っているが、知りたいのはそういうことではない。スターであるよりは、そこから落ちていく方に、そしてそこに現われるジュリーの人間性の方に、惹かれるものがあるのだ。
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