泉房穂の実現したい市政は、専門職と一般職が、言ってみれば一緒に仕事をすることである。市職員に採用された、弁護士も社会福祉士も手話通訳士も、一般採用された職員と同じ部屋で、机も隣りどうしで、同じ仕事をしている。もちろん専門的な仕事もする。
「一般職が持つ『対応の広さ』、横軸を専門職も取り入れる。専門職が持つ『対応の深さ』、縦軸を一般職も学ぶ。『汎用性』と『専門性』を組み合わせ、チームで機能する。できるだけ幅広く対応できる体制をつくることが、市民の多様なニーズに応えていくことになります。」
言うのは簡単だけど、現実には難しい。というよりも、机上の空論そのものである。
「たとえば心理士でも、相談者が来たら話を聞く受け身のスタンスではなく、一般行政職の仕事をしながら、市民のところに自ら出向く。電話1本で、相談者の自宅の枕元までも行くのが行政の仕事です。」
素晴らしい、まったく素晴らしい。しかし、明石市以外の自治体では、そういう職員はいないだろう。
泉さんが、市長として最初の仕事に取り組んだとき、明石市の職員の間には、激震が走ったろう。この市長ではとてもダメだ、と市役所を去った人も多かった。そう泉さん自身が書いている。
しかし理想を曲げずに、邁進してきたからこそ、明石市の人口は増え、子どもの数も増え続け、市の税制は潤った。泉さんの市政に賛同する人が大勢いて、さらにそれは大きくなっている。
もう一つ、泉さんには強固な信念がある。
「しょせん人間の能力や、誤差の範囲でしかありません。」
五体満足な人と、障害のある人とは、誤差の範囲でしかないというのだ。これは障害者の弟と暮らし、そこから出てきた、実のある、重い言葉である。
しかし、そういう泉さんは、数限りない妨害、迫害を受けてきた。2022年7月には、「8月末までに市長を辞任しなければ殺す」、という殺害予告も受けている。
それが報道されると、その数は増え、殺害予告は百数十件にも及んだ。
警察に被害届を出し、自宅周辺にカメラを設置し、パトロールも強化されたが、犯人は未だに特定できない。そしてこのことは、家族の心にも、暗い影を落とすことになった。
「殺害予告を受けるのはこれが初めてのことではありません。市長になり、公共事業を削減し始めた直後から『殺す』とか『天誅下る』と書かれた手紙が自宅ポストに投げ込まれてきました。生き物の死骸や汚物を玄関前に置かれたりもしました。12年間もの長い間、家族にずっと怖い思いをさせたこともつらく、しんどかったのが正直なところです。」
しかしもちろん、泉さんは市民の側に立って選ばれた、という約束がある。泉さん自身も、冷たい社会を変えるという使命がある。泉さんは、「悲壮な覚悟で市長の職を務め続けて」きたのである。
公共事業のうち土建業は、やくざが絡んでいる。百数十件もの殺害予告は、組織的な犯行を推測させる。たいていは脅しだが、本当にイカレたやつがいたら、それまでである。
そう考えると、明石市長くらいで、悲壮な覚悟で理想を燃やすのは、何というか、割に合わない。そう考える私は、ロクなものではないが、しかしそう考えてしまう。
泉さん自身も、明石市ではいかにも土俵が小さい、と感じたのではないか。だから明石市の市長を辞めたのではないか。さて次はどのステージに上がるか、実に楽しみである。
(『社会の変え方―日本の政治をあきらめていたすべての人へ―』
泉房穂、ライツ社、2023年1月31日初刷、2月21日第2刷)
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