かくも豊かな疑問――『飛ばないトカゲ―ようこそ! サイエンスの「森」へ―』(小林洋美)(5)

オスのキリン同士が向かい合って、あるいは並んで、頭を打ちつけ合う動作が、「スパーリング」であると、「キリンの首が風を切る音」に紹介されている。
 
このインパクトある行動は、1958年に紹介されて以降、たびたび報告されている。

「首の長さだけで二メートル、首から頭の重さだけで一〇〇キロを超える。この長くて重たい首を(文字通り)ぶんぶん振り回して頭部の角を相手の体に打ちつける様は、もはやしなやかで強大なムチのたとえを通り越してシュールでさえある」。
 
しかしこれは、定量的な観測がなされていなかった。
 
そこで、南アフリカのモガラクウェナ川保護区で、キリン31頭のスパーリングを計測した。
 
1頭が頭部を相手に打ちつけ、相手もやり返したら、スパーリングと定義した結果、118回のスパーリングを観測した。
 
このスパーリングで、ケガをしたキリンはいなかったという。どうやらこれは儀式、それも格付の儀式らしく思われる。

「若いオスどうしのスパーリングは時間あたりの打撃数が多く、持続時間は短い。一方、成熟オスのスパーリングは互いに首を打ちつけるのではなく、首を押しつけ合うだけのことが多かった。」
 
そこから、儀式らしく思われる、という見方が出てくる。

「スパーリングには一種の順位確認行動の側面がありそうだが、そこには『規範』のようなものが存在し、儀式化されているようにすら見える。」
 
著者の最後のオチは、こういうものだ。

「いつか現地で、スパーリング中のキリンの首が風を切る音を聴いてみたい。といっても、そんな音を想像してみただけで、本当に音がするのかはわからない。」
 
その音はヒューか、ビューか、またはドサリか、いずれにしても、しごくまっとうな感想だ。
 
私の疑問は、そういうところにはない。そうではなくて、スパーリングというインパクトある行動は、なぜ1958年に、初めて紹介されたのか、ということだ。
 
キリンが、いつの時代からいるのか、ヒトとの付き合いがあるのかは知らない。たぶん1000年や2000年といった、比較的新しい時代のことではあるまい。
 
そのキリンのスパーリングが、1958年に初めて紹介されたのだ。これをどう考えればよいのか。
 
大まかに言って、3つの可能性が考えられる。
 
1つは、キリンのスパーリングが1958年に、とは言わないまでも、20世紀も後半になって、突如現われたというもの。

キリンが突然、顔をぶつけ合うようになった。だから科学者は、びっくりして論文に書いたのだ。これはまあ、可能性がゼロとは言わないまでも、限りなく小さい。
 
2つ目は、どんな人だか知らないが、キリン博士が出て、ヴェールに包まれたキリンの、昔からあるスパーリングを発見したというもの。
 
3つ目は、第2次世界大戦の終結から10年ちょっとで、復興の兆しが見え、人びとの目が社会から、自然にも向けられるようになった、というもの。
 
この時期の全世界とは言わないまでも、欧米の自然科学系の論文を、全体的に大まかに読めば、そのことが証明できるのに、私にはそんな時間はないから非常に残念だ(!)。

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