木村大作は『極道の妻たち 三代目姐』(降籏康男監督、89年)を皮切りに、同シリーズを計7本担当している。
最初の『三代目姐』は三田佳子主演、2作目以降は岩下志麻で、その関係で初回からキャメラマンをやった。降旗康男は、以後は撮っていない。
僕はこの映画は、シリーズのどれも見ていない。テレビでもやっているから、しばらくは見ていても、つまらなくて消してしまう。
そのこととは別に、キャメラマンとして、女性について面白い観察をしている。
「女優さんには、それぞれクセがあるね。一般的に言えるのは、精神状態がよくないと目の黒目が動くんだよ。そういうときには『この辺を見てくれないかな』と指示することで、少し気分を変えるようにする。俳優にとって目線というのはすごく大事なんだよ。」
誰でも、どんなときも、目線というのは大事なものだけれど、とりわけ女優にとってはそういうものだろう。木村大作は、特に女を綺麗に撮るというので、吉永小百合、岩下志麻、十朱幸代など、女優に人気があったのだ。
『あ・うん』は向田邦子の原作で、高倉健の主演。ここでは藤純子が富司純子〔ふじすみこ〕として、17年ぶりに映画に出演するのが話題になった。しかも相手は高倉健、誰だって「緋牡丹博徒」シリーズを思い出す。
木村大作は相当気を使ったという。富司純子が衣装合わせをしたときの話。
「役は水田の妻・たみで、いつも和服を着ている。だから反物だけで、いろんな色のものを100反ぐらい並べたんだよ。富司さんはパッと座って反物全体をじっと見回してから、『何もありませんね』とぴしゃりと一言。凄かったよ、歌舞伎役者みたいな言い方で決まっていた。誰も何も言えない空気になってしまったから……。」
衣装合わせは、藤色系が好きだというので、何とか間に合わせたけれど、それからも高倉健と同等に渡り合うことができ、その品格、佇まい、厳しさは、富司純子だけのものだった。
僕はこれもテレビで見ている。面白いけれども、それだけのものだった。しかし映画は映画館で見る以外に、批評してはいけないと思う。
向田邦子の原作は、読んだけれども覚えていない。だいたい向田邦子のものは、当時は「人間通」などとと呼ばれる人から、名人級だと持ち上げられもしたが、今になってみれば、小市民の哀歓以外の何ものでもなく、しかもかすかに男に媚びている(これはとても嫌だ)。たしかに作文としては、上手なものだと思うけれど。
『おもちゃ』を撮っているときに、深作欣二監督が木村大作に語ったことは、忘れられない。この映画の設定は、売春防止法が施行される昭和33年頃である。
「ところが、時子は、現代の大阪の街を走って行くわけだよ。深作さんは『大ちゃん、時代が違っていてもビビることはない』って、そのままの大阪で撮ったんだ。少しも昔風の感じには作っていない。深作さんはその理由を『それだと大阪という街が持つ活力がなくなってしまう。だから背景は現代の大阪でいいんだ』と言うんだ。街のエネルギーを重視して、そういう選択をする、その発想は本当にすごいと思ったね。」
『おもちゃ』なんて、聞くも初めての映画だが、背景は現代の大阪でいいというあたり、深作欣二の映画に在る、街と人を含めた活力の源泉を見る思いがする。
残りは飛ばして、いよいよ『劔岳 点の記』である。これも新田次郎の原作で、この映画は木村大作が監督・脚本・撮影を兼ねている。
この部分は読んだことは読んだけど、百聞は一見に如かずで、NETFLIXで見た。139分の映画で、さすがに木村大作渾身の映画で、見た後しばらくは何も言えなかった。
主演の浅野忠信は、木村監督が色を付けそこねていて、まったく影の薄い、主役という以外に言いようのないものだが、部下の松田龍平と、マタギの香川照之が、抜群に良かった。松田龍平は、松田優作よりも良かったし(親父は一本調子の役しかできない)、香川照之も不祥事で蟄居なんかしてないで、詫びるべきところにお金を払って詫びを入れ、早く映画に出て来なさい。この映画を観れば、誰でもそう思うはずだ。
しかし映画を観た後、素晴らしい傑作だけれども、ほんのちょっと教科書風なところが気になった。
前回も言ったみたいに、映画は映画館で見たものが映画なので、NETFLIXで、しかもあろうことか雄大な風景そのものが、見ようによっては主役なのだから、この映画をいま僕が批評するということは、もってのほかなんだけれども、でもちょっともの足りない。
それでNETFLIXで、続けて『仁義なき戦い』を観た。冒頭からこちらの血が騒ぎ、体が熱くなる。やっぱり映画はこれでなくっちゃ。
しかし、しばらく観ていると、だんだん冷めてくる。もちろんつまらなくはない。十分に面白い。でも、全体が古いのだ。『劔岳 点の記』に比べると、新しさという点では、まったく問題にならない。あらためて『劔岳 点の記』の良さを、思い知らされた。
なおこの本は奥付を見ると、2009年6月20日に出ている。それは『劔岳 点の記』の公開の日である。金澤誠はピタリとその日に合わせている。会ったことはない人だけれど、素晴らしい編集者だと思う。
(『誰かが行かねば、道はできない―木村大作と映画の映像―』
木村大作・金澤誠、キネマ旬報社、2009年6月20日初刷)
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