3部作の、その先へ――『沖縄の岸辺へ―五十年の感情史―』(菊地史彦)(3)

この本は構成そのものが、オリジナリティに富んでいる。ここまで朝ドラに見る沖縄と、喜納昌吉について見てきたが、さらにその先の話題を、章としていくつか挙げてみる。

「沖縄幻想を食い破った映画」、「沖縄チームの甲子園」、「大転換期の『基地問題』」、「アメリカンビレッジの行方」、「現前する死者」など、変化に富んでいる。

最初の「沖縄幻想を食い破った映画」では、中心を占めるのは、1989年に高嶺剛が発表した『ウンタマギルー』であるが、それよりもその前に出てくる、『ひめゆりの塔』(今井正監督)にまつわる話が興味深い。

「ひめゆり学徒たちの信条はあくまでも『殉国』の側にあり、ここからは日本が沖縄で行った差別的政策は見えてこない。今井作品も沖縄の側に立って、日本を批判するものではなかった。結果として、『贖罪』の意識は、沖縄は本土と同じ方向を向いて悲劇を甘受したという虚偽の歴史観から生まれている。」

「ひめゆり学徒」たちは、時の日本政府の、差別的政策の犠牲になったものであるが、映画では、そこは巧妙に避けられている。

「『ひめゆり』の物語は本土側の沖縄幻想の中に係留されたままになった。結局、本土人が身に付けたのは、贖罪という眼差しで沖縄を見るという習性のようなものだけだった。」
 
痛烈で正しい意見だが、それでも「ひめゆり」ものを見るときはいまだに、「贖罪という眼差しで沖縄を見るという習性のようなもの」が、忍び込んでくる。だから私は、「ひめゆり」ものや、沖縄のそれに類するものを、避けて通りたいのだ。

「大転換期の『基地問題』」は、現在に続く問題で、軽々に要約はできない。それでも押さえておくべき、決定的な文言がある。
 
まず大枠の「冷戦」について。

「日本にとってそもそも冷戦とは何だったのか。
 核兵器がもたらす破滅的な結末が逆説的にもたらす偽装的な平和――これが冷戦の実体である。そのまがい物の安定と秩序を最大限に活用し、高度経済成長を手中にした国が日本であったことは間違いない。」
 
これも痛烈である。

もっとも、平和は偽装的であってもなくても同じことだ。政治は結果で、そこだけが問題になる、という言い方をする人もいる。日々を暮らしていく中では、そういう結果が大事であり、またそれを受け入れていくしかない、とも言える。
 
しかし私は、「まがい物の安定と秩序を最大限に活用し、高度経済成長を手中にした国」に生きているということは、忘れないでいたいと思う。
 
そしてそのあとに続く文章。

「高度成長の恩恵を受けた本土から、アジア冷戦体制の拠点になった沖縄が切り離されたことで、本土の日本人の大半は、(沖縄が復帰した後も!)冷戦という現実から目をそらしたままだった。」
 
そしてそれは今も変わらない。これは日本人だけが悪いのではない。この点では、アメリカも必死だったのだ。それは本文を読んでいただきたい。
 
菊地さんは最後を、こんな言葉で締めくくっている。

「立場や利害の違いはあれ、沖縄の人々は大勢では新基地に反対し続けた。その間に、五人の県知事とアメリカ大統領、十二人の日本の首相が沖縄を通り過ぎていった。
 四半世紀の間に世界は変わり、当初の『目論見』の意味はなかば失われてしまったのではないか。世界の情勢は逃げ水のようにつかまえがたい。そして膨大な労役と費用と迷惑の挙句に、無用の長物ができあがっていくナンセンス。我々はその行方をまだ見通せないでいる。」
 
私たちは「その行方をまだ見通せない」というよりは、私たちの手で当面の決着をつけるべきではないか。私はそう思う。

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