日米の違い――『愛と差別と友情とLGBTQ+―言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体―』(2)

全体を読んでみると、アメリカと日本は違うなあ、という当たり前の感想がまず出てくる。
 
アメリカでは「LGBTQ+」であることを、とにかく主張し、喋り倒し、示威行動をする。端的に言えば、正義は我にあり、というか、我もまた正統、ということだ。
 
日本ではこれを茶化す。たとえばラジオ番組の、投稿ネタを本にしたもの。「完投して喜ぶのが野茂、浣腸して喜ぶのがホモ」といった類だ。90年代には、こういうことをラジオで言っていたのだ。

「『LGBT』という言葉が日本の新聞やテレビなどの主流メディアで頻繁に登場するようになる二十年ほど前の話です。けれどそういう物言いは、あるいは今もなおなくなっていません。その原因はなんだか、物事を公の地平であまり明確に突き詰めない日本語の習性にもあるのではないかと考えるのです。」
 
そういうこともありそうな気がする。
 
しかしまた同性愛に対する、あたりのきつさということも、日米で違いがあると思う。
 
偶然にもこの直前に、ヒラリー・ウォーの『この町の誰かが』を読んだ。その中に司祭の妻の言葉で、「殺人や貫通や背信は、心から悔い改めれば許される。でも、ホモセクシュアルは絶対に許されないんです」とある。なんと殺人よりも、罪が重いのである。
 
これは教会の偏頗きわまる見方だとしても、アメリカのキリスト教福音派の力は、大統領選をも動かすものであるという。

だとすれば、「LGBTQ+」の人たちは、必死に自らの立場を表明しなければ、場合によっては比喩ではなく、「抹殺」されるだろう。
 
もちろん、だから日本の方が緩い、寛容である、などとは言えない。

2015年4月、一橋大学法科大学院の男子学生が、同級の男子学生に恋愛感情を告白したところ、それは拒絶され、悲観した学生は自殺した。

この間の経緯は複雑だが、ニューヨークのゲイ・パレードと比べると、日米の差はあまりにあり過ぎる、と言えないだろうか(もちろん極端な事例をもってきて比べるんじゃないよ、とも言われそうだが)。
 
北丸雄二は1996年に新聞社を辞め、フリーランスになる。このときまで、ゲイの友だちはいなかった。

「ところが会社を辞めてニューヨークの日本人コミュニティと付き合うようになると、その中に結構な数のゲイの人たちがいることがわかりました。そして話を聞いてみると、その多くの人たちがゲイを隠さなくてはならない日本社会に嫌気がさして、あるいはイジメられて、逃げるようにニューヨークにやってきたと言う――。」
 
そういうことなのだ。
 
私は飲み屋のゲイのマスターは、何人もよく知っている。みんな頭がよくて、気が利く。そのゲイは、しかし売りものとしてのゲイである。お客にも、ゲイがいる。大学教授や高名な画家など、酒場で会えばたちまち打ち解ける人々だ。
 
しかし昼間、日常の世界で、ゲイを表明している人とは、会ったことがない。もしそういう人と会ったとき、私はどういう態度をとるか。それは分からない。
 
私は当然、異性愛の人も、同性愛の人も、平等に、冷静に対処すると思っているが、さあどうか。自分のことが、いちばん分からないのだ。

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