日米の違い――『愛と差別と友情とLGBTQ+―言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体―』(1)

私は家では東京新聞を読んでいる。本音を言えば、どの新聞でもいいのだが、妻は、朝日の煮え切らない記事の書き方が、我慢ならないという。
 
朝日新聞は一方の権力、と言って悪ければ権威だから、そう心得て読めばいい、つまり臨床読書の新聞版だと思うのだけど、嫌だというからしかたがない。
 
その東京新聞に「こちら特報部」という名物記事があり、左隅に「本音のコラム」という欄がある。1週間日替わりで斎藤美奈子、前川喜平、師岡カリーマなどが書いている。
 
その中に北丸雄二という人がいて、私はこの人の文章を読むのは初めてだった。読んでみると、鋭いところから一撃を跳ばす。本人がゲイを公表していて、毅然としたところがあり、すっかりファンになってしまった。
 
その北丸雄二が本を出した。でもタイトルが長すぎて覚えられない。妻にプリントアウトしたものを渡し、新宿紀伊國屋で買ってきてもらった。
 
まずタイトルの「LGBTQ+」の意味について。

L=レズビアン

G=ゲイ

B=バイセクシュアル(女性または男性、あるいはその他の、2つ以上の性に惹かれる人)

T=トランスジェンダー(身体の性と、心の性〈性自認〉が異なる人)

Q=クィアまたはクエスチョニング(クィアはLGBT以外のさまざまな性的指向・性自認の総称、クエスチョニングは自分自身の性的指向や性自認が不明の人、または意図的に決めてない人)

+=LGBTQ以外の多様な性を表わす。

ただしこのタイトルの意味は、本のどこにも説明がない。これは不親切ではないか。

こんなことは今では常識だ、そういう人だけがこの本を読んでくれればいい、というのでは、日本における「LGBTQ+」の抑圧の日々を埋めたいという、著者の意図とは乖離している。
 
それはともかくこの本は、北丸雄二が新聞社の特派員として、そして記者を辞めてからはフリーランスとしての、在米25年近くに及ぶ滞在記である。
 
全体は2部に分かれていて、前半は「LGBTQ+」が、デモなどでアメリカで認められていくまで、後半は著者がゲイであることを自覚し、困難に遭いながら活動をしていく過程をまとめたものである。
 
著者が日本に帰ってきた2018年に、自民党の杉田水脈が、「LGBTのために税金を使うことはない。彼らや彼女らは子どもを作らないから、生産性がない」という発言をした(『新潮45』)。
 
振り返れば、その類のことはいろいろあった。

「高校時代から私が敬愛した吉本隆明は一九七八年のミシェル・フーコーの来日の際に対談を行い、その後にフーコーの思索を同性愛者にありがちな傾向と揶揄したりしました。国連で重要なポストに上り詰めた有能な行政官は九〇年代半ば、ニューヨークの日本人記者たちとの酒席で与太話になった際『国連にもホモが多くてねえ』とあからさまに嫌な顔をして嗤っていました。」
 
そのあとも映画評論家、著者が尊敬している哲学者、高名なジャーナリストなどが、同性愛を蔑み、またはもっと大事な問題がある、と性の問題を、正面から取り上げてこなかったのだ。
 
そういう風土を変えたいというのが、北丸雄二の願いなのだ。

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック