ソマリランドでは生活する上で独自の通貨、「ソマリランド・シリング」を使っている。
高野が訪れたミャンマーの「自称国家」や「国家モドキ」では、そこから独立しているはずのミャンマーの通貨や、あるいは中国の人民元を使っていた。
高野にとって、自前の通貨を持っている「自称国家」は、初めてだった。
ちょうど訪れたときは、次期大統領の選挙を巡って、与党と野党がつばぜり合いを演じ、マスコミや住民の間でも盛んに議論していた。
「国家の統一度や一体感は、全国一斉の高校受験があり、国営テレビがそれを当日に全国ネットで報じ、村単位まで網羅した地図が作られて普通に販売されているところに強く感じられる。」
自前の通貨を使い、大統領選挙で盛り上がり、全国一斉の高校受験を国営テレビが報道する。そして国の隅々まで網羅した地図が売られていれば、それは「自称国家」ではなく国家そのものだ、と高野は思う。
しかしそこで、通訳のワイヤップは、別の角度から卓見を述べる。
ソマリランドは、もともと産業は牧畜以外に何もない。首都のハルゲイサも、内戦で一時は廃墟になった。何にもない国だから、利権もないし、汚職も少ない。土地や財産や権力をめぐる争いも、熾烈なものではない。
なるほどこれは、傾聴に値する意見だ。
「ソマリランドは『国際社会の無視にもかかわらず自力で和平と民主主義を果たした』のではなく、『国際社会が無視していたから和平と民主主義を実現できた』と言っているからだ。そして『今後も無視しつづけてくれたほうがいいかもしれない』と言っているのだ。」
国連が、ということは主にアメリカが介入し、何とか和平にもって行こうとすれば、むしろしばしば内戦や戦争状態になる、と言っているのだ。これは鮮やかな逆転の発想ではないか。
しかしとにかく、ソマリランドには牧畜以外に何もない。人々は一体どうやって食っているのか。
これがなんと、外国に出た人間の仕送りなのである。ソマリ人は、最後の命綱を、「氏族」に頼っているのだ。ソマリランドはアフリカの中では、「援助」に頼らない珍しい国である。
アフリカの国は、「欧米諸国、日本や中国、インドといったアジアの経済大国、湾岸の産油国、国連機関、各種NGOからカネや物資が大量に投入され、なんとかかんとかやっていけているという国が普通なのだ。」
世界的な地域による「差異」を利用する資本主義の、最後の砦がアフリカなのだ。
ところで旧ソマリアは、最初に述べたように「ソマリランド」、「プントランド」、「南部ソマリア」の3国が、奇妙な均衡状態を保っている。
あとの2ヵ国も見ておこう。まずは「プントランド」である。
高野秀行は、「プントランド」最大の都市にして「海賊の首都」と呼ばれるボサソに飛んだ。
「それにしても、ボサソ行きの飛行機は半端でないボロさだった。なにしろ、シートのリクライニングがほぼ全て壊れ、背もたれが元に戻らない。〔中略〕そして、乗客の三分の二はシートベルトを締めない。乗務員も放置している。私はもちろん、締めようとしたが、金具が壊れていた。世界中で何百回と飛行機に乗ってきた私だが、シートベルトが装着できない状況は初めてだった。」
これから出かける「プントランド」がどういうところか、推して知るべしである。
「プントランド」の頭に、高野秀行は「海賊国家」という但し書きを付けている。そこでは空港の外にでたときから、護衛用に4人の兵士を雇わなければ、身の安全は保障できないのである。
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