意見が分かれた本――『タラント』(角田光代)(1)

角田光代の読売新聞連載の小説。「みのり」という女性が、1999年に大学に入るところから、2009年までの20年間を描く。
 
そこに章を割るかたちで、「みのり」のお祖父さんの独白が入る。これは最初、なぜ章を割って入るのかが分からなかった。「みのり」のお祖父さんであることも、途中までは分からない。だからネタバレに近いことだが、これは最初に分かったってかまわない。

「みのり」を描く時間の順序は行ったり来たりして、やや混乱のうちに読んでしまう。

おまけにお祖父さんの独白は、戦争で片足を失うというもので、最初は「みのり」の話にどう絡むのか、分からない(もちろん最後には一続きになる)。

だからもう一度、整理する意味で読んだ。こんどはすんなりとよく分かった。

「みのり」は香川県から東京の大学に合格し、東京郊外の、いろんな大学が合同でやっている女子寮に入る。彼女は故郷を出るとき、羽ばたくように東京に出てきたものの、最初はまったく馴染めない。
 
誰とも話をしなかった「みのり」は、別の大学の1年先輩と、寮の先輩の部屋で話をする。叙述はこんな調子である。

「『ごめんなさい、すっかり話しこんじゃって。なんだかだれとも話していなかったからうれしくなってしまって。野菜ありがとうございます』と頭を下げる。その瞬間、まったく予期せず、両目から涙がほとほとと絨毯に落ちて、みのりはあわてて袖口で目をこすり、『あっすみませんすみません』と、手近にあったボックスからティッシュを抜き取り、しゃがみこんで涙のしみを拭く。」
 
ここはなかなかうまい。「みのり」が、東京に慣れていないことを端的に表わし、また素直な人柄もそのまま納得される。
 
そしてその先。

「『あっごめんなさいティッシュ勝手に』
『やだもう、ぜんぜんごめんでもないしすまなくもないよ。いいよそんなの。それよか、あんただいじょうぶ?』
『だいじょうぶです、いや、びっくりした、ごめんなさい。泣くなんてへんですよね』と顔を上げられず、みのりは紙袋を両手で抱いてじりじりと玄関に後ずさる。『いや、泣くなんて思わなかったな、なんかたのしくて。あの、またきていいですか』」。
 
実にうまい、思わず吹き出す。こういうところがあるから、角田さんの小説は、期待をもって読み進められるのだ。
 
このとき、「新入生歓迎! 麦の会」のチラシをもらう。「麦の会」は大学を横断するサークルで、地域の子どもたちとふれあい、児童養護施設で子どもたちと交流し、海外に物資支援、教育支援を行なっている。主な海外支援国はカンボジア、ラオス、ネパールなどである。

「みのり」はこのサークルに入り、新入生だが大学は違う、宮原玲という女性と遠藤翔太の2人と知り合う。

「みのり」はサークルに入るとき、こんなことを考えていた。

「自分はつまらなくて退屈な、なんの興味も持っていないぼんくらだと、いやというほど自覚させられ、だからこそ、こういう世のなかの役にたつようなサークルに入って、自分を鍛えるべきだと思う。」

「みのり」の大学生活は「麦の会」を中心に回りだし、東南アジアへのスタディツアーにも参加する。それは小さな出版社に就職するときにも、決定的な意味を持つ。

そして挫折が来る。

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