奇跡の聞き書き――『音が語る、日本映画の黄金時代―映画録音技師の撮影現場60年―』(19)

『居酒屋兆治』に続いて、83年後半には、藤田敏八監督の『海燕ジョーの奇跡』(84)が入る。

これは紅谷さんにとって、いい思い出がない作品だという。終盤のフィリピン・ロケで、ヒロインの藤谷美和子が失踪したりして、トラブルの多い撮影だった。「一番の問題は脚本がよくなかったことですよ」と、紅谷さんは言う。
 
藤田敏八監督とは、これが最後の仕事になった。
 
そして降旗康夫監督の『夜叉』(85)の登場となる。主演・高倉健、ヒロイン・田中裕子。今は港町で漁師をしている元ヤクザが、女と出会い、昔の血を蘇らせるという物語。
 
これは製作が、降旗監督や木村大作キャメラマンなど、7人のスタッフ・プロダクションが母体で、ここで出た議論を、脚本家がまとめるというものだった。
 
最初から合議制で行くと、こういうよくある話になりがち、という見本ですな。『夜叉』はテレビで見たが、ほとんど印象に残っていない。
 
ただ紅谷さんは、田中裕子に言及していて、それが面白い。

「紅谷 録音の立場から言うと、田中裕子という人は芝居にメリハリがあって、セリフが声にならない息だけの部分があったり、強めにいう部分があったりと、いろいろ使い分けるので非常にセリフが録りにくい女優さんなんです。また大阪のミナミから流れてきた女の役ですから、大阪弁のニュアンスを出そうとすると余計に分かりにくい。でも、どんな場面でも芝居を持たせるし、演技的にはさすがだと思いました。」
 
紅谷さんが、セリフが分かりにくい、録りにくいというと、その俳優はまずダメである。ところが田中裕子に関しては、さすがだと言っている。面白いものだ。
 
またこの音楽は、ハーモニカ・口笛奏者の、トゥーツ・シールマンスである。あの『真夜中のカーボーイ』の、ハーモニカのソロ演奏は絶品だった。紅谷さんも、気もちよく音楽録りができたという。
 
そしていよいよ、深作欣二監督で準備が進められていた、井上靖原作の『敦煌』に参加する。

しかし最初に結論を言うと、これは深作監督では日の目を見なかった。『敦煌』(88)は監督を替えて、佐藤純彌監督で世に出た。
 
この辺りの経緯は、紅谷さんも、すっきりとはしゃべっていない。それを要約すると、ますます訳の分からないものになるので、それは省略する。
 
次に今村昌平監督の『女衒』に参加する。紅谷さんは86年のロケハンから参加して、台湾の基隆や香港、シンガポール、そしてオープンセットを建てることになった、マレーシアのマラッカ海峡などを回っている。
 
僕はこの映画を記憶していない。タイトルを聞いても、何も浮かばない。よほど忙しかったのか。たぶん仕事は、どん底だったのではないか。
 
このとき紅谷さんは、撮影していて、忘れられないことがあった。台湾の基隆で撮影しているとき、2分間のシーンだった。このまま本番で行くと、途中でバイクの音が入ってきて、NGになる。そこで「バイクが来るから」と言って、全体をストップさせた。他のスタッフは、バイクの音が聞こえないから、なぜ止められるのかが分からない。

すると40秒くらいしてから、近くをバイクが通り過ぎた。驚嘆した中国人の通訳が近づいてきて、「あなたの耳は、神様の耳か?」と訊いたという。
 
これが帯の、「『神の耳を持つ男』が語る!」という言葉になった。

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