奇跡の聞き書き――『音が語る、日本映画の黄金時代―映画録音技師の撮影現場60年―』(17)

『海峡』については、もう少し書いておきたい。まず音について。

「紅谷 〔本州と北海道が〕貫通する場面のすぐ後に、貫通したトンネルを通って地上へキャメラが出ていく主観ショットがあるんです。あそこで重要なのが、〝風が抜ける〟音だと思いました。だから音楽録音のときに、シンセサイザーで風の音をその場で作ってもらったんです。その音をうねらせて、主観移動で地上へ向かうキャメラに合わせ、音を動かしていきました。この風の音と音楽をダブらせて、本州から北海道へ風が抜けていく感じを表現してみたんです。」
 
この本を読んですぐに、BSテレビで『海峡』を放映した。僕はさっそく、音の方にも意識を半分集中して、映画を見た。
 
するとまず、トンネルの中でも、寒風吹きすさぶ崖の上でも、セリフはどんなときにも明瞭に分かった。NHKの朝ドラで、主人公を含む何人もの大学生が、部室で声を張り上げて、意味不明にがなり立てる『舞いあがれ!』とは全く違う。どんな状況でも、録音技師の技術によって、セリフは明瞭に聞こえるものなんだ。
 
そして青函トンネルが開通した後、言われてみれば本当に、本州から北海道への風が抜けていくのである。それはもう、そうとしか思えなくて、僕は感動した。
 
と同時に、意識を音にも集中すると、映画が3次元の立体的なものとして迫ってきて、これまで見た映画のうち、僕は全部の名作を見返したくなった。

というか、かつて観た映画を、もういちど音にも集中して観てみたい。これは『仁義なき戦い』や『太陽がいっぱい』は音楽も素晴らしい、というのとは次元の違う話だ。

『海峡』は紅谷さんの中では、エポックメイキングなものだという。

「紅谷 自分の仕事の中でも、この作品は一つの大きなヤマ場だったんです。過酷な条件でも同時録音で通したことで、どんな作品が来ても怖くないぞという自信が持てました。大きな山を登りきった感じで、手応えがありました。」
 
この仕事は、第6回日本アカデミー賞の最優秀録音賞を受賞した。
 
これと重なるかたちで、深沢七郎原作の『楢山節考』(83)が入ってきた。監督は今村昌平。

紅谷さんは、今村監督が松竹で撮った2本、『復讐するは我にあり』と『ええじゃないか』をやれなかった。もう二度と、今村作品は担当できないかもしれない、と思っていた。
 
そこへ初春、晩春、初夏、秋、晩秋と、1年がかりでやる『楢山節考』が入ってきた。紅谷さんの高揚した気持ちを、思いやるべし、である。
 
そして人里離れた長野県の真木集落で、今村監督の撮影合宿が始まるが、ここではもう、繰り返しになるので書かない。
 
ただ一つ、二つ、印象的なことを書いておく。

「――人里離れた山の中ですから、音は録りやすかったのでは?
紅谷 これが7月に入ったら、どこからともなく山の向こうから農耕機の音が聞こえてきたんです。見えるところにそんな機械はないんです。周りが静かなものですから、風に乗ってくるその音が目立ってしまう。それで制作部の人間が見当を付けてバイクで走っていってね。音の出元を探すのに苦労していました。この音止めが大変でしたね。」
 
山の向こうの農機具を探すだけでも、気の遠くなるような作業だが、それを突き止めたとしても、農家の何人かの人に、どういうふうに交渉するのかね。農作業の最中に、音止めはできないと思うが、でもそれをやったというのだ。
 
クライマックスにさしかかる辺りから、「おりん婆さん」の死を象徴する、カラスが登場してくる。

「紅谷 スタッフの何人かに、カラス専門の部隊がいました。生まれたてのカラスを連れてきて、現場から離れたところで飼っていたんです。かなりの数のカラスを小屋で飼っていたんですが、いざ撮影になって飛ばしてみると、言うことを聞かなくてね(笑)。イメージとして最終的に画面全体がカラスで真っ暗になってしまう感じが欲しかったんですけれど、真ん中のあたりが空き空きになってね。これは失敗しました。」
 
カラスに出演交渉はできないのだから、当たりまえである。というか、このシーンを撮るために、「生まれたてのカラスを連れてきて、現場から離れたところで飼っていた」、ということが信じられない。映画には、ときに飼育係がいるのか。それこそ狂気と紙一重、という気がする。
 
これはカンヌ国際映画祭で、本命の大島渚『戦場のメリークリスマス』を抑えて、パルム・ドールを獲った。そこから急速に客足が伸びて大ヒットした。
 
おかげで今村昌平は、主宰する横浜放送映画専門学院に2億円を投じて、新百合ヶ丘に日本映画学校(現・日本映画大学)を開設することができた。

「紅谷 ヒットしても僕らスタッフは、微々たる額の大入り袋をもらっただけです(笑)。でも今村さんに『大入りにしては少ないけれど、この金は学校に使いたいんだよ』と言われると、しょうがないなと思いました。まあ僕としてはこれで今村さんとのつながりが復活してね。以降は一本も欠けずに今村組に参加しました。」
 
紅谷さんも、日本アカデミー賞の最優秀録音賞を受賞している。

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