にわかに興味が湧いてきた――『博奕好き』(2)

「鬼の雪隠」は、車谷長吉と奈良を旅行したときのもの。これも『夫・車谷長吉』に書かれた情緒ある旅の風景とは、かなり異なっている。

「強迫神経症を病んでいる私の連れ合いに、奈良県明日香村の風景を見せたいと思った。連れ合いは行ったことがないという。私は二十七年前の台風の翌日、勤務先の出張で、明日香路を歩いたことがある。仕事とはいえ、深い安息をもたらしてくれた旅であった。」
 
ここでは高橋順子が、はっきりした目的を持って、車谷を誘導している。

「連れ合いは虚無的なものに傾斜しがちな人だが、生の方にも強く手をかけている人である。振幅が大きい。その人と、主人公たちの死に絶えた村を歩いてみたかった。そこから生の方へと立ち上がってくるものがあれば、私たちは救われるような気が、少なくとも私はしたのである。」
 
切羽詰まった旅だった。車谷の強迫神経症はかなり重く、場合によって高橋順子は、命の危険も覚悟したのである。

車谷が亡くなり、三回忌に間に合うように書いた追悼の文章とは、同じ題材でも印象は全く違う。
 
と同時に追悼とは、距離を正確に見定めて書くものだ、ということがはっきり分かる。これだけ繰り返し朗読しておきながら、『夫・車谷長吉』に別の光が当てられようとは、私自身、何とも鈍感なことであった。
 
タイトルにも取られた「博奕好き」は、『文學界』のエッセイである。

高橋順子は本当に競馬が好きだ。『夫・車谷長吉』にも、車谷が入院したとき、たいして重い病気ではないと見定め、競馬場へ友だちと繰り出していくところがある。
 
まあその程度と思っていたが、実際はかなり重症である。
 
夫婦で交わす競馬談議がある。

「私が競馬に行って帰って来ると、必ずどうだった、と訊ねる。三百円勝った、とか、千二百円負けた、と私は報告するのだが、そのたびにさも軽蔑したように、『おれは小博奕は打たん。小説という博奕を打ってるからな』と言ってわざとらしく溜め息をつくのである。『三万円勝ったとか十万円すった、とかやってきたらどうなんだ、女子と小人のすることは』。」
 
何度読んでも面白い。高橋順子は、夫婦になったから、「三百円勝った、とか、千二百円負けた」ですんでいるが、独身のときは、相当なものだったのではないだろうか。
 
夫婦のことがらでは、料理の話も面白い(これは読売新聞)。

「魚料理については困った。連れ合いは播州飾磨、私は下総九十九里浜の産である。二人とも魚料理が好きなのはいいのだが、連れ合いは煮魚、焼き魚、刺し身の順に好きで、私とはまったく逆。煮魚の味つけも私は甘辛で、連れ合いは薄味である。」
 
二人とも五十近くの結婚で、戸惑うことが多かった、と『夫・車谷長吉』にある。
 
それでも長吉が十年近く、料理人の下働きとして修業を積んだのは、良かったようだ。

「連れ合いにはお米の磨ぎ方から、庖丁の引き方、だしのとり方、調味料を入れる順序、火加減・水加減、さらに、砂糖専門店や貝の専門店まで教わった。」
 
その中で一つ、教えてくれないものがあった。

「家庭料理の基本はほとんど教えてくれたのだが、揚げ物は教えてくれなかった。私が相当のうっかり屋なので、鍋の油に火がまわって家を燃やされたら一大事だというのである。」
 
『夫・車谷長吉』に、棒だらを煮ていて、うっかり眠ってしまい、鍋を黒焦げにした話が出てくる。車谷は、「順子ちゃんの尻拭いだ」と、嬉々として鍋の底を洗ったそうである。

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