悪夢ではあるが――『一下級将校の見た帝国陸軍』(4)

話をフィリピンに戻す。とはいうものの、著者がここに挙げている様々なことを、私が抜き書きすることもかなり徒労だ。というかそんなことはしたくない。
 
根本のところを言っておくと、「『思考停止』、結局これが、はじめから終わりまで、帝国陸軍の下級幹部と兵の、常に変わらぬ最後の結論であった。」
 
しかしこれでは、どうしようもない。たとえ最後はそうなるとしても、反省の内実がかけらでもないと、反省する意味がない。

少し具体的に見ていこう。

「〔私が〕納得できない一番大きな点は、上級指揮官の抱く『米軍』像が虚構ではないのか、という疑念である。そしてその虚構に対処するため命令を出すが、現実の打撃の前にその虚構が常にぐらぐらとし、ぐらぐらするたびに決心変更し、そのたびに前の命令を取り消すに等しい新しい命令を出しては、われわれを『奔命に疲らせる』状態にしているのではないか、やっていることはすべて『指揮官の気休め』で、結局すべては無駄ではないのか、という疑念である。」
 
あんまり具体的になってないですね。しかしそういうことなのである。
 
もっと卑近な、言うだに口が曲がりそうなこともある。

「戦後の戦犯問題で、形式的には堂々と発令しておきながら、『そういう命令は出していない』と証言したため、『部下に責任を転嫁して助かった卑怯な指揮官』ときめつけられている人は決して少なくない。」
 
ずっとそうだったんだ。安倍晋三元首相の気持ちを忖度するという名目で、上司に言われて改竄した書類を出し、しかし上司は私は知らないとしらばっくれ、しょうがないので責任を執って自殺した官僚がいた。昔も今もまったく同じことをやっている。
 
軍隊で命令が出ても、それを疑う癖がついた。だから「敗戦」と言っても、ジャングルから出ていけなくなった人もいた。小野田少尉などは戦後30年間、戦争を継続していた。

「参謀が口にする、想像に絶する非常識・非現実的な言葉が、単なる放言なのか指示なのか口達命令なのか判断がつかないといったケースは、少しも珍しくなかった。〔中略〕何がゆえに、捕虜を全員射殺せよとの〝ニセ大本営命令〟が出たり、その参謀が〝全部殺せ〟と前線を督励して歩いたあとを副官がいちいち取消して廻るといった騒ぎまで起こる」。
 
ここまで来ると、ちょっとした不条理劇で、現実のこととは思えない。いやむしろ、生命の極限まで追いつめられると、かえってそういう不条理な面が出てくるのか。
 
戦争には一般に、強い精神力が要求される。しかしそういう精神力と、〝強がり演技〟に過ぎない「気魄誇示」とは、本来無関係なはずである。ところがこれが、同じだと見なされる。

「〔「気魄誇示」の〕演出は一つの表現だから、すぐマンネリになる。するとそれを打破すべく誇大表現になり、それがマンネリ化すればさらに誇大になり、その誇大化は中毒患者の麻薬のようにふえていき、まず本人が、それをやらねば精神の安定が得られぬ異常者になっていく。」
 
これは実に厄介だった。自国民を何万人殺そうが、こういう「気魄演技屋」は何の責任も負わず、何の痛痒も感じない。

「司令部との連絡係をやっている将校にとっては、この種の参謀との折衝は、文字通り、神経を消耗しつくし、気が変になって来そうな仕事であった。帝国陸軍の下級将校の多くは、敵よりも、これに苦しめられ、そして戦況がひどくなって現実と演技者のギャップがませばますほど、この苦しみは極限まで加重していった。」
 
敵よりも苦しいもの、それが「参謀」との交渉だった。これは本当に言葉がない。そして「玉砕」にいたる真実がここにある。

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