究極の難問に挑む――『ひとはなぜ戦争をするのか』(1)

国際連盟がアインシュタインに提案し、「誰でも好きな方を選び、いまの文明でもっとも大切と思える問いについて意見を交換できる」ことになった。
 
アインシュタインは、「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」という問いを、フロイトにぶつける。

これは2人の往復書簡である。
 
それだけでも面白いのに、「解説Ⅰ」を養老孟司が、「解説Ⅱ」を斎藤環が書いている。20世紀の智者が一堂に会している。

しかし「四(!)酔人経綸問答」と言っては悪いが、人はなぜ戦争をやめられないのか、については、たぶん正解は出ない。大方の人間は、4人の知の高みには、達していないからである。

しかし文明が進んでゆけば、戦争をしないようになる糸口だけは、見つかるかもしれない。
 
内容を読んでいこう。初めにアインシュタインの手紙である。
 
アインシュタインは率直である。なぜ多くの人々が努力をするにもかかわらず、国際平和は実現されていないのか。それは「人間の心自体に問題があるのだ。人間の心の中に、平和への努力に抗う種々の力が働いているのだ。」
 
たとえば次のようなことがある。

「なぜ少数の人たちがおびただしい数の国民を動かし、彼らを自分たちの欲望の道具にすることができるのか? 戦争が起きれば一般の国民は苦しむだけなのに、なぜ彼らは少数の人間の欲望に手を貸すような真似をするのか?」
 
まさにウクライナを攻撃するロシアである。プーチン1人が、戦争を仕掛けているように見えるのに、なぜ大勢の国民が支持し、場合によっては命を捨てるのか。
 
マスコミの情報操作や学校教育によって、人は自分自身を犠牲にしても、戦争に行くようになる。なぜ、こんなことが起こるのか。

「答えは一つしか考えられません。人間には本能的な欲求が潜んでいる。憎悪に駆られ、相手を絶滅させようとする欲求が!」
 
そこで「本能的な欲求」ということになれば、「無意識の大家」フロイトに訊け、となるのである。
 
ちなみにこの往復書簡は1932年のことで、第2次大戦の7年前になる。
 
アインシュタインに対して、フロイトも同じく率直に書く。
 
人の利害の対立は、まず初めは暴力で解決していた。動物たちは、そうやって決着をつけてきた。人間も動物なのだから、最初はみな暴力で解決していたのである。
 
しかしこういうやり方は、社会の発展に伴って、暴力による支配から、「法(権利)」による支配へと変わっていく。
 
フロイトは言う。ただし「法(権利)」とは、連帯した人間たちの力であり、「共同体の権力」にほかならない。

「相違点はただ一つ、一人の人間の暴力ではなく、多数の人間の暴力が幅を利かすだけなのです。」
 
うーん、そういうものなのか。

「『法によって支配される』社会が一度できあがっても、利害の対立が起きれば、暴力が問題を解決するようになってしまうのです。これは避けがたいことです。」
 
そうですか。これは人間の、超えられない条件の1つ、というわけですね。
 
でもそうすると、人間は永久に、戦争を続けるしかなくなるではないか。

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