考えてしまうじゃないですか――『クリスマスのフロスト』

例によって「養老孟司の大言論」シリーズ、3冊目の『大切なことは言葉にならない』を朗読している。
 
その巻末に「養老孟司 オススメ本リスト」がついていて、いろんなジャンルから150冊を超える本が選ばれている。
 
そのⅤ項目、「ミステリー中毒のあなたへ」のトップに、R・D・ウィングフィールドの『クリスマスのフロスト』が上がっていた。

この項は、選りすぐりのミステリー、約10冊の本が挙げられていて、そうすると選ばれて読んでないものは、読みたくなる。ミステリー読みの養老さんが、選りに選った10冊を挙げてるんだぜ。
 
で、読んでみた。裏表紙の惹句から。

「ロンドンから70マイル。ここ田舎町のデントンでは、もうクリスマスだというのに大小様々な難問が持ちあがる。日曜学校からの帰途、突然姿を消した八歳の少女、銀行の玄関を深夜金梃でこじ開けようとする謎の人物……。続発する難事件を前に、不屈の仕事中毒〔ワーカホリック〕にして下品きわまる名物警部のフロストが繰り広げる一大奮闘。抜群の構成力と不敵な笑いのセンスが冴える、注目の第一弾!」
 
そういうことなのだが、うーん、ミステリーとしては、はっきり言って大したことない。いくつも難事件は起きるが、それは時にフロストの馬車馬的努力により、また時には幸運が重なって解決してゆく。

問題はフロストの、事件は解決するけど、「不屈の仕事中毒にして下品きわまる名物警部」ぶりである。

「ジャック・フロストは、権威と規律が重んじられるデントン署内では異質の存在である。きわどい冗談を連発し、服務規定を守らず、地道な捜査と書類仕事が大の苦手、上司の命令を平気で忘れ、叱責されれば空とぼけ、同僚に馬鹿にされればふてくされ、食らいついた相手にはしつこくつきまとい、ひとり暴走してはへまをしでかし、それをごまかそうと冷や汗をかきながら奔走する。」(「訳者あとがき」より)
 
要するに官僚的な世界では、やっていけない人間なのである。
 
養老さんは、デントンの田舎町に東京大学を重ね合わせ、留飲を下げていたのではないか。
 
養老さんは中学・高校で、神奈川の栄光学園というカトリックの学校を出た。そこには神父がおり、国籍は多種多様、国連みたいだったという。つまりグローバル化していた。
 
それが東大に就職したとたん、世間は東大一色になり、まるで田舎に来たかと思ったという。一挙にローカル化したわけですな。

東大ストレスをどんどん溜め込んで、それが頂点に達するころ、『クリスマスのフロスト』に行き当たったのだね。書類仕事なんかどうでもいい、万事結果オーライ、それで行けたらどんなにいいだろう。

養老先生は通勤の行き帰り、これを読んで、憂さを晴らしていたに違いない。
 
しかし問題は、そういう人が一杯いたらしいことである。この本は、1994年の「週刊文春」海外部門ミステリーの第1位なのである。考えてしまうじゃないですか。

(『クリスマスのフロスト』R・D・ウィングフィールド、芹澤恵・訳
 創元推理文庫、1994年9月30日初刷、2003年1月24日第31刷)

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