最初の百科事典を作った男――『編集者ディドロ―仲間と歩く『百科全書』の森―』(5)

『百科全書』の編集者にとって、宗教と政治、とりわけ神学関係の項目を誰に書かせるかは、最大の難問だった。
 
ディドロは無神論者だったが、面白いことに若いころから、教会とは密接な関係を持っていた。項目執筆者の中にも、何人も聖職者がいる。初期の項目執筆者の代表的な神父と言えば、コレージュ・ド・ナヴァールの神学教授だったエドム=フランソワ・マレである。

マレは『百科全書』第5巻が出た年に亡くなっているが、全部で2000を超える項目を執筆した。「神学」「教会史」「商業」「貨幣」について、900リーヴルを支払う約束の文書が残っている。
 
鷲見先生が確認した限りでは、マレが執筆したジャンルは、政治、数学、医学、宗教、歴史、地理学、商業、軍事、経済、文学、美術、法律などに亙っている。本当にそうなのか。これはもう言ってみれば万能の天才、なんでも来いではないか。
 
しかしディドロは、マレの宗教思想が温和で妥協的なところが満足できず、さらに3名の若い聖職者、クロード・イヴォン、ジャン・ペストレ、ジャン=マルタン・ド・プラドを起用する。

「いずれも聖職にありながら、キリスト教の信仰を人間理性の行使と融和させようとする、当時としてはかなりリベラルな、というよりも危険な思想を奉じていた人びとでした。」
 
そこから話は、さらに深いところに触れるのだが、私にはこの時代のキリスト教信仰というのが、皮膚感覚としてよくわからない。
 
ただディドロが、著者を起用する上で、悪戦苦闘の努力をしていたことだけは十分にわかる。
 
1752年1月末に、第2巻が刊行される。
 
鷲見先生は、この中で目玉項目は、執筆者と対で表わすならば、カユザック「バレー」(BALLET)、ダランベール「気圧計」(BAROMETRE)、ダランベールとディドロ「文字板」(CADRAN)、ディドロ「靴下製造」(BAS)、「ブロンズ」(BRONZE)、「カカオ」(CACAO)、「樹木」(BOIS)、「ビール醸造業」(BRASSERIE)、「印刷活字」(CARACTERES D‛IMPRIMERIE)、「カード」(CARTES)などである。
 
そしてとりわけ注目すべきは、「死体」(CADAVRE)という項目である。これはトゥッサン、ダランベール、ディドロが書いている。

「ようするに三名の執筆者がほぼ等量の記事を書いて、『死体解剖』の問題を論じているのですが、驚くのは三人の主張がまったく食い違っており、編集長二人がそれをよしとして、一切手を加えずにそのまま載せていることです。」
 
これは考えられない。2人の編集長は、中で調整するどころが、まったくアッケラカンとそのまま投げ出しているのだ。
 
それに対して現代の研究者は、こんなことを言う。

「〔鷲見先生の先生である〕ジャック・プルーストはこの項目が『もっとも驚異的な対話の一つ、真の多音音楽〔ポリフォニ〕を構成している』と絶賛しています(『百科全書』、平岡昇・市川慎一訳、岩波書店、一九七九年、一〇六頁)。この『対話の精神』は、今日の私たちには理解を絶するような編集方針となって時おり姿を見せるのです。」
 
こういうところになると、ほんとうに言葉がない。鷲見先生の先生、ジャック・プルーストの批評も、同じく言葉がない。
 
ただここまでで分かることは、『百科全書』とは、現代の「百科事典」とは異なり、かなりジャーナリスティックなものだったということだ。
 
だから『百科全書』第1巻と2巻は、たちまち刊行停止を食らってしまうのだ。

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