奇跡の漫画――『将棋の渡辺くん』①~⑤(2)

まあそうはいっても、あまりからかわれると、「渡辺くん」、ちょっとかわいそう。
 
②巻の19番目の漫画は、「旦那は断然/布団派」「ベッドは/落ちそうで/怖い」で始まり、布団は敷きっぱなしにして、と言い、最後のコマは、夫人の目から見た旦那の、「布団とぬいぐるみ/のセットを見ると/中に入らずには/いられない」、「ゴキブリホイホイ/みたいな感じだ」で終わる。
 
これで、「君が僕をどう描こうが、僕の仕事には一切関係がない」、と言えるのは、まさに名人、第一級の人物である。
 
ここで初めて得た知識もある。たとえば、トーナメントで力の入るのが、決勝よりも準決勝なんて、まったく知らなかった(②巻の28番目)。
 
将棋界では1・2位は、優勝・準優勝として名前が残るけども、3・4位は残らない。1・2位は、対局料以外に賞金が出るが、3・4位は、対局料以外は何ももらえない。
 
渡辺が語る最後のコマ。

「だから/気合が入るのは/2位以上になれるか/どうかを決める/準決勝の方だね!」
 
でもね、お言葉を返すようですが、準優勝は棋界の内では名前が残るかもしれないが、外の我々一般には名前は残らないですね。
 
でも渡辺が言うように、「ツウの方は/準決勝も楽しんで/いただければ!」というのは、新しい知識として知っておこう。
 
⑤巻の14番目の漫画は、息を呑む。2017年度の渡辺の成績は、21勝27敗、勝率4割と自己最低だった(ちなみに渡辺の通算勝率は6割6分強である)。
 
このときの夫人の会話。「正直言うとね/君はもう勝てないと/私も思ってたよ」。いやあ、よく言うねえ。
 
このときは得意だった戦法をやめて、思い切って新しい戦法に変えてみた。それも血の滲むような努力をして。

すると翌年、40勝10敗、勝率8割で、自己最高を記録した。
 
どん底から復活までを、赤裸々に、真っ正直に描いて、躊躇するところがない。舌を巻く。

最後の場面はこうだ。

「そしてそうこう/している内に/藤井くんが/来るんだよ」
「で 俺も含めた/棋士みんなが/そっちの対策に/追われるの」
「もう真後ろに/いるんじゃん?」
「え?」
 
ちょっとゾクッとするような、素晴らしい幕切れである。
 
⑤巻の17番目は、渡辺明と藤井聡太の初対戦、朝日杯決勝である。これは公開対局であった。

渡辺はこれに敗れた。
 
家に帰って、伊奈めぐみの取材を受ける渡辺だが、これがまた正直なのである。
 
藤井くんの将棋はどうだった、という夫人の質問に対して、渡辺の答えは、長所は一杯あって短所はない、序盤の理解度が深くて、普段から勉強している上に、その場での順応が早い、一番の長所は、中盤戦での読みのスピード、1分間でそんなに読めるのかよ、というぐあい。とにかく大絶賛である。
 
最後に「渡辺明ブログ」が引いてあり、「(藤井くんだって)たまには負けたり苦戦する将棋もあるはずなので、次回までにそれを研究したいと思います」と締め括る。
 
それに対して伊奈めぐみは、「小学生の作文みたいだな…(かわいいな おい)」と受ける。
 
しかしこれは「小学生の作文みたい」、なんかじゃない。まったく素直に、思ったままを吐露しているのだ。渡辺の真の強さは、ここにもはっきり出でいる。
 
そして夫人の伊奈めぐみも、それを分かっているのだ。

『将棋の渡辺くん』はまだまだ続く、本当に楽しみだなあ、と小学生の作文みたいな感想を書いたりして。

(『将棋の渡辺くん』①~⑤伊奈めぐみ、講談社マガジンコミックス、
 ①2015年12月9日初刷、2020年10月2日第10刷、
 ②2016年8月9日初刷、2021年4月19日第10刷、
 ③2018年3月9日初刷、2020年11月6日第6刷、
 ④2019年8月8日初刷、2020年11月6日第5刷、
 ⑤2020年9月9日初刷、2020年11月6日第3刷)

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