何よりも文体――『fishy』(1)

金原ひとみの文章はいい。『パリの砂漠、東京の蜃気楼』を読み、文章がいいので、続けて読みたくなった(そのわりにはちょっと時間があいたけど)。
 
もっとも『パリの砂漠、東京の蜃気楼』はエッセイではあるが、しかしロマネスク・エッセイで、小説とエッセイの中間くらいの感じだ。
 
こちらの小説はタイトルが英語になっていて、意味は「怪しい」とか「いかがわしい」。

しかしなぜ、英語にしたのかはわからない。
 
本を買わせるときに、著しく不利にならないだろうか、とこれはもう出版社と著者の間で、百万回議論されたであろうことを、思い浮かべてみる。
 
もちろん、百万回議論されただろうから、これ以上、口を挟むことはしない。
 
登場人物は、折あらば小説を書いてみたいライターの美玖、女性誌を編集している弓子、インテリアデザイナーのユリの3人。
 
5章に分かれていて、各章がそれぞれ、美玖、弓子、ユリの視点で語られる。だから節の目次は、主人公それぞれの名前である。
 
年齢的には弓子が37、ユリが32、美玖が28で、3人はときどき会って酒を飲む。
 
銀座のコリドー街で、3人でナンパしたりする。それが幕開けで、いかにも軽佻浮薄、風俗小説そのものである。

「男女関係なんてUFOキャッチャーみたいなもんで、一ミリの掛け違えとか一瞬のタイミングでコロッと落ちたり落ちなかったりするんだよ。小銭がなくなって諦めたら、脇役みたいなしけた奴が百円で落としていく。そういうちょっとした差で右にも左にも転ぶものなんだよ。」
 
これはユリが、夫と離婚するかしないかで迷っている弓子に語るところ。弓子はユリに猛然と反発するが、言葉に出しては言わない。
 
それに対して、美玖はこんなことを言う。

「何だよー。二人してそんな腑抜けみたいな。空気の抜けたダッチワイフじゃないんだからさ、もっと空気入れていこうよ。〔中略〕ダッチワイフにとって空気が命であるように、私たちにとっては感情が命なんだから。そんな感情の抜けたマンコに突っ込んだって気持ち良くないよ男だって。」
 
実に軽薄で気持ちがいい。もちろん弓子は年長者として、「そういうこと大きな声で言わないで」と、げんなりしたように言う。
 
そして3人は、偶然後ろに座っている3人組のサラリーマンと合流し、飲み会をする。その後は、別々のカップルになり、三者三様の一晩の結末を迎える。
 
経緯を描けば、実にくだらないが、しかしそこらへんに転がっている風俗小説とは、入り口が、似ているけれども違う。文体が違うのである。

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