ずっとワクワクさせといて――『地面師――他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(2)

この本は読んでいるときは面白いが、読み終えて全体を見渡すと、バカバカしく見えてくる。

「現代の地面師集団は、まるで江戸時代の盗賊のオツトメのように機略縦横、変幻自在に策を巡らす。地面師集団の後ろには、常に内田クラスの大物詐欺師が控え、犯行を指揮しているケースも少なくない。」
 
江戸時代の盗賊のオツトメは、池波正太郎の影響か。これは歴史的な話じゃなくて、いわば漫画の類でしょ。

それはそれで面白いけれど、こういう詐欺に何人もが、主体的にかかわっていることが、信じられない。
 
あるいはそれが、人間というもの、世の中というものなのか。私は6年前に脳出血になって以来、人間世界からずり落ちかけているので、もひとつよく分からない。

「地面師集団は、弁護士や司法書士がそこに加担し、法の網からすり抜ける術を研究し尽くす。そのうえで、高値の土地持ちを狙い、億単位の資産をかすめ取る。〔中略〕いかにも効率のいい仕事だ。そんな闇の住人たちは、なかなか根絶やしにはできない。」
 
すると別の興味もわいてくる。地面師たちは裏の世界を生きながら、何が面白くて詐欺事件を繰り返すのだろう。
 
1つの事件で、場合によっては10人以上の詐欺師が、役割分担して暗躍している。一人ずつに聞いてみたい、あなたはなぜ地面師になったのか、と。大手を振っては暮らせないその生活に、どんな魅力があるのか、と。
 
あるいは、土地持ちを嵌める詐欺そのものが、面白くてたまらないからか。
 
詐欺事件の報酬としての数億円は、ありていに言えば、そんなに魅力ではない(と思う、たぶん)。そういうあぶく銭を持てば、人間らしい感覚で暮らすことはできない。少なくとも地道には暮らせない。
 
そういうことがわからないくらい、この連中は渡世の貫目が低いのか。たぶん、そうなんだろうな。
 
もう一つ、こういう本を読んでいると漠然と、「土地を個人が持つ」ということに、疑問というか違和感が出てくる。
 
第七章の「荒れはてた『五〇〇坪邸宅』のニセ老人」の終わりごろに、こんなことが書かれている。

「たしかに登場する関係者たちが、そろって胡散臭い。加害者と被害者の線引きが難しく、警察は利害が入り乱れた複雑な人間関係を解明しなければならなくなる。有り体にいえば、警察にとって非常に面倒な事件捜査なのである。」
 
この事件は刑事事件としては、立件されなかった。
 
これはそもそも、個人が土地を所有するというところからして、おかしいのであろう。

むかし司馬遼太郎が、そういうことを述べていたな。詳しいことはまるで忘れてしまったが、『文藝春秋』巻頭随筆か何かで、そんなことを述べていたことがあった。
 
考えてみれば、大胆な提言だったわけだが、あまりに大胆で、反響はなかったような気もする。僕がここに書いても、同じことだろうとは思うが。

(『地面師――他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』
 森功、講談社、2018年12月4日初刷、20日第2刷)

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