内容は前回でほぼ尽きているのだが、とくに面白いところがある。
「第1章 藤井聡太 炎の七番勝負と公式戦29連勝」では、短評の項目に「☖大橋孝洸四段:127手 〔服〕紺系スーツ 〔昼〕天もりそば」とある。
服装や食べ物がいっしょに出ている。これはおかしいや。
29連勝目は「増田康宏四段:91手 〔服〕紺系スーツ 〔昼〕豚キムチうどん(みろく庵) 〔夕〕わんたんめん(紫金飯店) 〔取〕40社100人」
服装は中学生だから、学生服のときがある。でもこのときは紺系スーツ。藤井は豚キムチうどんがお好みで、麺類もしばしば摂っている。
〔取〕は取材陣のこと。このころは各局の朝、昼、夜のニュースで、大々的に放映していた。
藤井聡太の勝負飯とかいって、食事の取材も丹念に行っていた。私は初めのうちは、将棋を知らない若い女やおばさんが、せめて食事に何を摂ったかくらいしか、話題にすることがないんだろうと思っていた。
そういう面もあるにはあるだろうが、それだけでもないことに気づいた。
藤井聡太は、彼に関心を持つ人を、幸福にするようなのだ。
たとえば師匠の杉本昌隆七段。彼は一念発起して将棋のクラスを上げ、そして八段になった(クラスを上げることと、段以が上がることは別のことだ)。
他の棋士たちも、藤井聡太と戦うときは血眼である。もちろん藤井は圧倒的に若いから、相手もむざむざやられる訳にはいかない。
しかしそれだけではない。どうも藤井聡太とやるときは、集中の度合いが違うのだ。あえて言えば、相手もある高みに立っているのだ。だから藤井とやるときは、みな好勝負になる。
藤井聡太に関わりを持つことは、何らかの幸にあずかることなのだ。それがつまり、下々では(とあえて言いたい)、みろく庵の豚キムチうどんであり、紫金飯店のわんたんめんなのである。実際に店に行って、同じものを食べる人が大勢いるという。
第2章のインタビューは、そのパーソナリティが面白い。
「――今の得意科目は?
藤井 やはり数学です。
――今の苦手科目は?
藤井 やはり美術です。頭の中で絵を描くイメージがありません。」
面白い。むかし池田晶子さんが、頭の中に絵が浮かぶことは全くないわね、と仰っていた。人間の脳には個性があって、そういう特殊な働きをするものがある。
奨励会に入ったときは可笑しい。
「――将棋を指すときはどんな子供でしたか?
藤井 自分はよく覚えていないんですが、負けるとよく泣いたと言われます(笑)。・・・・・奨励会に入ったら誰も泣かないし、周りも真剣な雰囲気だし、これは泣いている場合じゃないと思って泣かなくなりました。」
最後の1行が本当に可笑しい。
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