忘れてもいいが、しかし――『月日の残像』

何種類かの本を朗読用に回している。山田太一の『月日の残像』は、5回目か6回目である。
 
そこでまた、考える必要のある言葉に出会った。このブログでは、この本で見出しを立てるのは3回目である。
 
最後の「この先の楽しみ」という一章で、英国のギッシングについて、こんなことを書いている。

「たとえば読書について、若いころから大変な量の本を読んで来たといい、しかし『かつて読んだもののうちからわずかばかりの断片しか私は覚えていないのである』(平井正穂訳)という。『今まで折にふれては貯えてきた知識を完全に自分のものにしていたならば、私はあえて自らを学者だと自負することもできよう』(同前)。しかし忘れてしまう。それでも死ぬまで『私は本を読みつづけることだろう、――そして忘れつづけることだろう』(同前)」。
 
そういうことなのだ。居直ってはいるんだけども、それだけではない。

「『刻々にすぎてゆく瞬間瞬間の幸福を私はしみじみと感じる。人間としてこれ以上求めるものはなにもないと思う』(同前)」。
 
そうなのだ。これ以上求めることは、何もないのだ。
 
そして山田太一はこう書く。

「私も引用ノートを多量につくった時期がありながら、それでも読書の大半は忘れている。そして、それでも、たぶん死ぬまで刻々の幸せのために本を読み続けてしまうことだろう。」
 
私もまたそうだ。ブログを書きだしても、大半は忘れ去っているだろう。だいたい脳出血後のリハビリ用だから、とくに初期のものは忘れた方がいいのだ。だって今となっては、ちょっと読めないのではないか。
 
しかしもちろん、「刻々の幸せ」はあったのだ。
 
ギッシングは、作家としても私生活でも、不遇で辛い人生を生きた。『ヘンリ・ライクロフトの私記』を開くたびに、山田太一は不思議の感に打たれる。

「周囲に迷惑をかけ、金銭の苦労もかかえ、死につながる病身の男に、どうしてこんな静かな、しんとした幸福感のある私記が可能だったのだろう。今の私には、それが救いのように感じられる。」
 
きっと本を読むときだけが、安らぎの時間だったのだ。
 
山田太一は『月日の残像』を2013年に出し、2015年には『夕暮れの時間に』という、エッセイと書評の単行本を出している。
 
その後、2017年1月に、脳出血で自宅玄関で倒れた。

『夕暮れの時間に』は、2018年に文庫化されて、そこには「巻末特別インタビュー」として、脳出血後のリハビリに励む山田太一の談話が出ている。

これもブログで取り上げた。ただつぎのようなところは、取り上げなかったと思う。

「それからいちばん肝心なことは、本をほとんど読まなくなってしまったことです。非常に不思議な現象ですが、読みたいという気持ちにならない。その部分に触ろうとする自分を止めるものがあるんです。」
 
これはどういうことなのか。
 
脳出血の具合で、そういうことが起こり得るのか、それともたんに老化のせいなのか。
 
どちらにしても、長生きをするということは、不測の事態が起きることだ。

私の前には、どんな事態が待ち受けているのか、少し怖いことではある。

(『月日の残像』山田太一、新潮社、2013年12月20日初刷)

この記事へのコメント