誰が編纂したのか?――『漱石先生』(1)

著者は寺田寅彦。

これは中公文庫のオリジナルで、2020年7月に出た本である。「文庫オリジナル」ということが、中にもオビにも書いてある。
 
オビ表は「「別格の弟子」の見た/文豪の素顔」となっている。今年出た新刊で、一月後には重版している。〈百年前の漱石〉にかかわる企画としては、見事なものである。「別格の弟子」、というところがポイントか。
 
では誰の編纂か、と思って奥付など見てみるが、分からない。中公文庫の社内の編集者が、ルーティーンとしてやったとはとても思えない。そもそもそんなことなら、企画が通るまい。
 
末尾の「編集付記」の一部にこうある。

「一、本書は著者の夏目漱石とその周辺に関するエッセイを独自に編集し、小宮豊隆・松根東洋城との座談、中谷宇吉郎によるエッセイを加え一冊としたものです。」
 
問題は「独自に編集し、」である。誰が、どんな眼をもって、「独自に編集し」たのか。
 
ということを、くどくどと言っていてもしょうがない。
 
目次、扉のあと、本文が始まる前に「献詞」がある。

「先生と話して居れば小春哉」
 
これは、寺田寅彦から五島寛平宛ての、『漱石全集』初版本の第一巻の見返しに記してある。
 
これを「献詞」にもってくるのは、漱石と寅彦の中を熟知している手練れだ。「先生と話して居れば小春哉」は、最初期の弟子である寺田寅彦以外の、誰にも言えなかったことなのだ。
 
冒頭の「夏目先生」は、記者による聞き書きだが、漱石の本質を如実に、十全についている。

「先生はごく真面目な、そして厳格な方ではあられたが、しかしごく優しい、素直な、思いやりの深い、丁度春のような温かい心持ちの人であった。中にも弟子たちに対しては全く弟に対する慈しみであった。」
 
漱石の息子が書いている、父親はただもう怖いひとであった、生きてる間、一度も笑ったことのない人であった、と。また細君は、漱石が死んだとき、一度脳を解剖して下さいと言った。それは幸い実現しなかったが。
 
とにかく寺田寅彦に見せた顔は、別人である。

「先生の前へ出ると、不思議に自分は本当に善い人になった心持ちになる。少なくも先生の前に居る間は善い人になっているのである。
 先生はそして、人の欠点、罪、罪悪というようなものを見逃してくれる、ごく寛大なところのあった方であった。」
 
妻や子供に見せているのとは、まったく別人である。

「社会からは、いろいろ、拗ねたような、時に冷酷なような風にまで言われたのは、それは先生が世の中からあまりに苛まれ、傷つけられ、虐げられているその憤りが、たまたまそういう形に見えたので、先生の御本性のねじけているのでは決してない。」

私は編集者として、秋山豊氏の『漱石という生き方』を作った。秋山さんは岩波にあって、『漱石全集』の最新版を作った方だ。これは柄谷行人や養老孟司氏に絶賛された。
 
その秋山さんにしてからが、漱石の「あまりに苛まれ、傷つけられ、虐げられているその憤り」というものは、よくわかってはいなかっただろうと思われる。
 
寺田寅彦にだけ、つまり「別格の弟子」にだけ分かった、漱石の深い一面が、ここにはたぶん描かれているのだろう。

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