まったく知らない世界――『重森三玲 庭を見る心得』(1)

いやあ、知らなかった、重森三玲。

三玲はフランスの画家、ミレーにちなんで改名した、と巻末の著者紹介に出ている(出生名は計夫。たぶん「かずお」と読むのだろうが、振り仮名を振ってないので、よくわからない)。
 
平凡社のSTANDARD BOOKSの目録を見ていると、寺田寅彦、岡潔、串田孫一、湯川秀樹、南方熊楠、神谷美恵子、多田富雄、柳田國男、三木成夫といった名前の中に、重森三玲が並んで出て来る。
 
他の碩学たちも、改まって深いところまで知っているかと問われれば、かなり怪しい。しかし、この年になるまで、名前を聞いたこともないのは珍しい。これ、私だけ?
 
知らない人のために概略を記す。

「しげもりみれい」は、1896年に生まれ、1975年に没した。作庭家、庭園史研究者、また茶の湯の研究家にして実践者でもあった。前衛いけばなを提唱し、茶の湯と同じくその定型化を批判、雑誌『いけばな藝術』を創刊する。
 
この中で、「茶の湯と同じくその定型化を批判」、というところが気になる。
 
また、「作庭家、庭園史研究者」というのがよくわからない。著者紹介から一部を引く。

「一九三九年に東福寺からの依頼で代表作『八相の庭』を作庭、戦後旺盛な創作活動を続ける。高野山、岸和田城、大徳寺瑞峯院、香里団地、興禅寺などに代表作が遺る。最晩年には最高傑作と言われる松尾大社の『上古の庭』を作庭。融通無碍に巨石が並ぶさまは圧巻。」
 
ということだが、どれも見たことがないので、まったく分からない。ここでは、「作庭する」という動詞を初めて知った。
 
また先の履歴の中で、社寺に混じって「香里団地」とあるのが目を惹く。
 
能書きはこのくらいにして、本文を読んでみる。

この本は新書版の大きさで、26篇の短いエッセイを収める。
 
最初の「早涼林泉録(住宅は各人の美術館)」を見てみる(でもこれ、何て読むんだ)。

「庭のない家、即ち住宅などというものは住宅ではない。大小そんなことはどうでもよい。兎も角美しく手入の行き届いた庭があってこそ、それが住宅である。」
 
最初から、強烈なパンチである。僕のようなマンション住まいは、どうなるのだ。
 
畳や障子についても、同じく強烈な一発。

「実は今日の畳に、あまりにも悪いものが多過ぎる。新しいと言えば、先ず障子の紙だけは新しくないと衛生的にも悪いし、黒くよごれた紙や、穴のあいた障子ほど心の貧乏さはない。」
 
僕のマンションには和室が一つあるが、その上に茣蓙を敷いてあるので、畳は見えない。
 
また障子の紙については、大丈夫、障子は入っていないから。
 
そこに続けて、「更に又、床〔とこ〕は家を引き立てる第一の場所だが、近来は床というものが全く無視されて来ている。新しい建築には、床のないものが多いし、あっても床には本を積み重ねたり、テレビなどの置場と化している。全く床は近代人のためには無用の長物化している。」
 
この文章が書かれたのは1968年、著者72歳のときである。このときはもう、床は「無用の長物」になっていた。
 
最初にこういうマニフェストを主張し、以下各論を述べるのは、けっこう大変だろうなあと、ちょっと心配になる。

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