藤井聡太はどこから来たのか?――「藤井聡太と将棋の天才。――Number9/17」(2)

先崎学の特別エッセイ、「22時の少年。――羽生と藤井が交錯した夜」は、4段組でわずかに1ページ。しかしこれが、限りなく深い余韻を残す。
 
あれはたしか、藤井聡太が棋士になって、半年くらいたった頃のことだ。

「『3月のライオン』の刊行元である白泉社が、加藤一二三、羽生善治、先崎学、藤井聡太の四人によるトーナメントという、ミニ企画を組んだ。放送はニコニコ生放送で作られ、こぢんまりしつつも華やかなイベントだった。」
 
これは将棋ファンなら目が離せない。
 
トーナメントの決勝は、羽生vs.藤井になった。これも将棋ファンなら、こういうふうになるだろうという、予想通りの組み合わせである。
 
事件は、対局の終盤に起こった。2人の指し手が、千日手の形をとったのである。つまり同じ局面を4回繰り返せば、無勝負になり、もう一度、今度は先後を入れ替えて、対局することになる。
 
普通の対局ならば、ルールにのっとって、そうなる。
 
しかしこの時は、違った。藤井はまだ現役の中学生であり、午後10時をすぎて、初手からの対局というのは、労働基準法に違反するのだ(対局中に10時を超えるのは、かまわないという)。
 
みんな、さあどうするか、頭を抱えた。このままいけば、生放送だから、優勝者は決められないことになる。

「その時だった。藤井君が手を変えた。要は指し直し局になることを避け、自ら負けになる順に飛び込んだのである。
 すぐに羽生勝ちで終った。」
 
スタッフたちは、藤井が間違えたとか、まだまだ若いなあとか、あれこれ喋っていたが、先崎はそうは思わなかった。
 
藤井は、負けになることを承知で、手を変えたのである。

「私は確信を持って分った。そして羽生が分ったということも。将棋指しは将棋のことならたいがいのことは分るのである。」
 
羽生は楽屋に戻ったが、あきらかに不機嫌だったという。本来は、30年も歳が離れていれば、いわば「花相撲」なんだから、羽生の方が、勝ちを譲ってもよかったはずなのである。
 
それが口惜しいことに、藤井聡太に気を遣われてしまった。
 
先崎は、水面下に広がる、幻のドラマを活写する。

「真実は永遠に分らないだろう。羽生先輩に勝ちをゆずったなどということを、藤井君がいうわけがない。羽生だって何も語るまい。〔中略〕
 ただ、もし私の棋士としての読み筋が正しければ、ふたりは一生忘れることがないだろう。」
 
藤井がタイトル戦に出てくれば、それはいつも華々しい活躍で、初心者から高段者まで、あらゆる観客を魅了する。
 
けれども、ささやかな片隅の対局でさえも、藤井聡太は、注目する人を感動させる魅力を、持っているのである。
 
人しれないところで、それを掬い上げた先崎学の、筆の冴えにも感謝である。

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