藤井聡太はどこから来たのか?――「藤井聡太と将棋の天才。――Number9/17」(1)

藤井聡太が二冠を取った。棋聖と王位である。そこで文藝春秋の「Number」が、将棋を特集することにした。もちろん初めてである。
 
表紙に藤井聡太の全身写真を入れて、初刷12万部。発売したその日に3万部増刷し、翌日、5万部を増刷した。これで計20万部。
 
編集長は、「読みが間違っていた」と、将棋に引っ掛けて、嬉しい誤算を報告した。
 
あーあ、まだ分かってないのだ。少なくとも50万部、上手に宣伝を打てば、80万を超えるところまでは行くはずだ。
 
それはともかく、中身を見てみよう。
 
まず巻頭に、「藤井聡太、天翔ける18歳」とあって、インタビューを交え、最近の活躍が描かれている。
 
続けて、「記録で辿る異次元の歩み」、「板谷一門の偶然と必然」があって、直接の藤井関連の記事はここまで。
 
以下は、佐藤天彦×中村太地の対談、「中原誠が語る18歳の羽生と藤井」、先崎学のエッセイ「22時の少年。――羽生と藤井が交錯した夜」、「渡辺明、敗北の夜を越えて」、「木村一基、受け師は何度でも蘇る」、「豊島将之、仲間から遠く離れて」、「谷川浩司、光速は終わらない」など、ほかもたいへん盛りだくさんである。
 
ここで特筆大書されるのは、大川慎太郎の描いた「渡辺明、敗北の夜を越えて」と、先崎学のエッセイである。
 
渡辺は棋聖戦の番勝負を、1勝3敗で敗れ去っている。

じつに、その夜のことだ。一緒になった新幹線の中で、渡辺は言う。

「『過去にもタイトル戦で負けたことはあるけど、この人にはどうやってもかなわない、という負け方をしたことはありません。でも今回はそれに近かった』
 白旗を掲げたようにも聞こえた。」
 
負けた夜に、新幹線の中で、翌日の昼がライターにとっての締切りなので、渡辺が解説をする。負けた方にとっては、酷なことだ。しかし渡辺は、それをやる。

「藤井の登場によって自分の将来の立ち位置が見えてしまったということはないのか。緊張しながらそう尋ねた。
『それは今日、棋士全員が思わされたことでしょう』
 穏やかな声色で渡辺は答えた。そこには自嘲も謙遜も悲嘆も感じられなかった。」
 
つまり渡辺は、どうしたら勝てるかを、真剣に考えているのだ。

「今後、彼とどう戦っていくのか。
『現状では藤井さんに勝つプランがありません。だっていまから藤井さんのような終盤力を身につけようとしても無理だから』」
 
今は勝つプランはないけれど、いずれ考える、考えずにはおかない、そう言っているのだ。
 
ほかの棋士が、藤井の将棋は見ていて楽しい、ワクワクする、と言うのとは、まったく違った視点に立っている。
 
いま藤井と当たる大半の棋士は、もう二度と当たることはない。なぜなら、藤井はいずれ他のタイトルも取るだろうし、もう各棋戦の予選も、出る必要はなくなるだろう。つまり相手にとっては、たった一度の記念対局、というわけである。
 
しかし渡辺は違う。違うどころか、複数のタイトルを巡って、ここから数年、藤井と死闘を繰り広げなければならない。
 
しかもその繰り広げられる闘いによっては、日本の将棋の行く末が決まるのだ。そういうことが渡辺には見えている。だから苦悩は深いのだ。

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