絶品の追悼!――『世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女』(5)

「私の奥さん」は、「痩せていなければ価値がない」という、メッセージに苦しめられていた。
 
たしか『コミュニケーション不全症候群』を読んだとき、中島梓は、ダイエット地獄を克服したと書いていた。
 
だから、おなじ地獄に直面しつつある、若い女を救うために、あの本を書いたのだということだった。
 
しかし著者によれば、「奥さん」はその後も、「太っていては価値がない」という強迫観念に、責め苛まれていたという。

「闘病生活が始まってからもというよりは、闘病生活が始まったからこそ、問題はより鮮明になってしまったようです。〈健康になって生きていたい〉という生へと向かうエロス、そして〈死ぬことになろうが痩せなければ〉という死へ誘うタナトスが奥さんの心のなかで激烈な闘争を繰り広げることになってしまいました。」
 
そしてその矛盾が、ひいては命取りとなる癌を、引き起こしたのではないか、とまで言う。
 
作家として、どれほど多くの称賛を浴びようと、そうしたプラスの面は、「痩せていなければ無価値」という囁きによって、一瞬のうちにゼロと化すのだ。

「栗本薫という存在が無価値であるなど、まさに狂気の沙汰としか言いようがありません。しかし、その狂気が私の奥さんの一生を苦しめつづけていました。」
 
これは本当に、僕なんかには、分からないことだ。つきあった女性にも、強度の強迫観念としてのダイエットという人は、いなかったと思う。
 
しかしダイエットというのは、言い方を変えれば、「奥さん」が目標に、一番しやすいものだったんじゃないか。
 
そんなことをいっては、いけないのだろうか。

「理性は論理的に物事を考えていたにもかかわらず、やみくもな衝動によって繰り返しそれが打ち砕かれてきたのを私は見つづけてきました。
 私が奥さんとの生活で共に戦って来た敵は、まさにこの狂気、人の理性を狂わせるやみくもな衝動だったのだと思います。」
 
これは、ダイエットだけの話ではないだろう。すべての過剰なものが、相手になっている。
 
そしてこの過剰なものは、それを克服したとすれば、おそらく彼女の創作は、激烈な打撃をこうむっていたに違いない。そこでは、因果は絡めとられ、どうにもならなくなっていたと思う。

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