藤井聡太とは何者か――『藤井聡太 強さの本質』(2)

 最初に〈巻頭インタビュー「最善手を目標に」〉から。

「うーん、そうですね。玉の、何ていうか……。堅さというと、駒を集めて、ということになりますけど。寄りづらさというか、エリアを確保して自玉を寄せづらくさせるという指し方があります。そういうエリアを確保しようという意識は確かにあるのかもしれません」。
 
玉の堅さとか、厚みとは違う、「自玉を寄せづらくさせる」方法があるという。そこから具体的な手を挙げて、説明するのだが、私にはわからない。おぼろげに分かるような気もするが、でもやっぱり分からない。
 
そこから進んで、「少し苦しい局面でどうするのかというのが課題です。苦しい局面では、ある意味、最善手は存在しません。そういうところで自分の中で指し手が決まらないという面が出てしまっています。まあ、そもそも苦しくするのが問題なのですが(笑)」
 
この課題は、たぶん解決不能だと思う。しかし藤井も、あんがい普通のことで悩んでいるな。いや、藤井が苦しい局面というのが分からないから、やっぱり凡人と比べない方がいいのか。よくわからん。
 
AIについては、こんなことを言っている。少し遡って、

「棋譜並べは、奨励会の頃は結構、行っていましたが、最近はやってないですね」
――ということはAI?
「そうですね。将棋ソフトを使うのがメインです。ある局面のソフトの評価値を見て、その点数がどうしてそうなるのか、要因を考えます」
 
なるほど、ソフトはそういうふうに使うのか、ってこれ、考えてみれば、そういうふうに使う以外に、使い道があるんだろうか。
 
もちろん私がいくら考えても、どうしてソフトの評価値が、そんなふうになるのかは、分からない。でもプロ棋士なら、ほとんど全員、そういうふうに使ってるんじゃないかな。
 
こんなところもある。

「――棋譜は将棋年鑑から?
『大山康晴全集を頂き、並べていました』」
 
それで大山名人の霊が、取り憑いたのだ。というのは、半分は冗談だが、実は秘かに信じているところがある。
 
インターネットで、藤井聡太に関連するところを見ていたら、「背中のチャックを開けたら、大山名人が入ってたりして」というのが、目を引いた。
 
将棋をかじった人なら、誰でも考えるんじゃないか、藤井聡太は「チャック大山」だと。
 
インタビュアーは、藤井さんにとって「強さの本質」というのは何か、と本書のタイトルをぶつける。
 
すると次のように答えた。

「どのような局面であっても、ある程度正しい判断ができて、最善に近い手を選択できることを、一つの目標として持っています。どんな局面でも正しく指せるというのが強さというのかなと思います」
 
さすがはいいこと言うねえ、と思いながら、しかしよく考えると、誰に聞いても、プロ棋士なら、だいたい同じことを言わないだろうか。
 
しかし藤井聡太棋聖が言うと、重みが違う。それにまだ高校生だし。「将棋の持つ普遍の面白さを味わってほしい」、こういう言葉で、棋聖位就任の挨拶を締めくくっている。これでまだ高校生。

インタビューの最後に、特に目標とする人はいますかと聞かれて、「そうですね。特にはありません」と答えている。
 
これがもし大山の生まれ変わりなら、特に目標とする人はいない、というのは、非常によく分かる。

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