警察小説と見せて――『桃源』(2)

二人の刑事は、11月も押し詰まった日、天神橋筋の商店街で張り込みをしている。

寒空の下で、じっと張り込み――丁々発止、軽口を飛ばすには、最もいい場面だ。

「……上坂は煙草を吸っていた。ダッフルコートの背中が丸い。
『寒そうやな』
『そら寒いですわ。あと十日で十二月なんやから』
『一年てなもんは、あっというまやな』
『月日は百代の家客にして、しかももとの水にあらず、です』
『待て。それは奥の細道か、方丈記か』
『わっ、遼さんてインテリや。いままで指摘されたことはいっぺんもないですよ』
『百代の家客のあとは、ほんまはどうつづくんや』
『行きかう年もまた旅人なり』
『インテリやな、勤ちゃん』
『隠してますねん』さも得意そうに、上坂は煙草のけむりを吹きあげる。」
 
突飛なようだが、ここにも寂しいインテリがいて、それは漱石の『猫』や、ブレイディみかこの『ハマータウンのおっさん』とも、つながっている。しかし黒川博行の小説を読んで、そこまで想像をたくましくする者は、たぶんいない。
 
二人の掛け合いは、たびたびアメリカ映画を巡って行われる。

「『アメリカの刑事映画で見てないもんはないです』
『いちばんはなんや』
『一概にはいえませんね。『ブリット』『ダーティーハリー』『フレンチ・コネクション』『48時間』『ミスティック・リバー』『トレーニングデイ』『16ブロック』……。星の数ほどあります』」
 
ここに挙げられているものは、全部見ている。『フレンチ・コネクション2』や『ミスティック・リバー』は、名作だった。
 
それから新垣のセリフで、「勤ちゃん、〝お日さん西々〟でやってたら、お給金はもらえるんや」というところ、〝お日さん西々〟というのが、解らなかった。関西弁にあるのだろうか。
 
インターネットで調べてみると、ありましたよ。意味は、「お日様(太陽)は我々と関係なく時間とともに西へ西へと移動してゆく。よく使う例として『公務員は仕事しなくてもおひさん西西だからね~』みたいな感じです。」

全然知らなかった。高松市には、「おひさんにしにし」という居酒屋まである。
 
掛け合いは、ときにちょっとエグくなり、そうして笑わせる。
 
上司ともめて、珍しく七時前に署を出たとき――。

「『なんですねん、あのおっさん。残業手当も出んのに、残業せいはないでしょ』
『就業規定に反する、いうのはおもしろかったな』
『気は確かですかね。刑事に就業規定を求めるのは、映画監督に脚本を変えるな、AⅤ女優に裸になるな、相撲取りに髷を結うなというのと同じことやないですか』
『勤ちゃん、髷のない力士はただのデブや』
『AⅤ女優がパンツ脱がんかったら、タダでも観ませんけどね』
 論点がずれている。あえて訂正はしないが。」
 
こういうところばかり読んでいたが、話の筋はそれにふさわしく、ごく簡単なものだった。しかしそれでも、ラストで見せ場を作るところは、見事だった。
 
読み終わってもう一度、本の帯を見たとき、「な、勤ちゃん、/刑事稼業は上司より相棒や」というのが、腑に落ちた。

(『桃源』黒川博行、集英社、2019年11月30日初刷)

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