警察小説と見せて――『桃源』(1)

ご存じ黒川博行の警察小説、だが――。
 
大阪府警泉尾署の新垣遼太郎と上坂勤が、600万円を持ち逃げした男を追って、沖縄まで飛び、南西諸島を舞台に、大掛かりなトレジャーハント詐欺事件に挑む、というのが、小説の形式である。
 
では、その内容とはどんなものか。
 
それは新垣と上坂の掛け合い漫才であり、だから大阪から沖縄まで行くのも、じつは弥次喜多の珍道中なのだ。
 
冒頭の滑り出しは、警察小説としては快調そのもの。

「朝、刑事部屋に入るなり、宇佐美に手招きされた。デスクのそばへ行く。
『ま、座れ』
 いわれて、傍らのスチール椅子を引き寄せ、腰をおろした。
『仕事や。無尽をやってくれ』
『無尽……。詐欺的な?』
『いや、そこが分からん。いまのとこはな』」
 
全部で550ページを超える警察小説が、こんなスピードでいいのかしらん、と思う間もなく、話は脱線に次ぐ脱線。

「『アメリカの映画観てたら、酒場の場面がよう出てくるでしょ。ひと癖ありそうな髭のバーテンダーがおってね。あれ観ると、ぼくも焼酎やめてバーボン飲みますねん』
『バーボンでもテキーラでも、好きに飲めや」』
 
若い方の上坂勤がすぐに脱線して、新垣遼太郎がそれを戻していく。

物語を進行していく話者は新垣であり、一応、主人公であるから、二枚目で、仕事もでき、女にもよくモテる。
 
しかし陰の主役は、上坂勤の方である。

「『遼さん、『ヘイトフル・エイト』観ました?』
『観るわけないやろ』映画にはほぼ興味なし。特に字幕つきの映画は。
『ぼく的には今年のナンバーワン。やっぱり、タランティーノはすごいわ。役者のキャラとセリフが立ってますねん。タランティーノとコーエン兄弟は外れがない。ティム・バートンもよろしいね。『スリーピー・ホロウ』はゴシックホラーの名作です――』好きなように喋らせておく。」
 
上坂勤は、京都芸術工科大学の映像学科を出て、府警の採用試験を受けた変わり種だ。36歳になる今でも、雑誌のシナリオコンクールに応募している。
 
冒頭の10ページ足らずで、もう犯人を追うことではなく、犯人を追う刑事の方に、力点が移っている。黒川博行なら、こうでなくてはウソだ。

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