濃厚な香り――『市場界隈ー那覇市第一牧志公設市場界隈の人々ー』(2)

この本は実に丹念に作ってある。これは編集者の手柄である。

まず巻頭32ページがカラー写真で、店や、そこで働く人などが取り上げられている。
 
レイアウトも凝っている。「道頓堀」のように、左右見開きでバーンと取ってあるのもあれば、左右で均等16に割って、それぞれにお店が入っているところもある。ちなみに「道頓堀」は食堂である。
 
そうかと思えば、食べものばかりで構成したページもある。「大衆食堂ミルク」のカツ丼、「足立屋」もつ煮込み、「肉バル 透」のシュウマイ、「道頓堀」のラフテーそば(「じっくり煮込んだラフテーが2枚のっけてある」とネームにある。またついでに言っておくと、「大衆食堂ミルク」の「ミルク」は、牛乳ではなく、弥勒菩薩の意味)。ううう、どれも旨そうである。
 
お店の写真もいいのだが、人の写真がまたいい。どの人も、そこで商売することの喜びにあふれている。
 
本文中にも、一軒の店にかならず1枚、人物を含むモノクロ写真が載せられている。
 
取材の一編ずつは短いから、それほど深く人物を刻んでいるわけではない。でもそれが一群となると、写真の効果とも相まって、ある迫力で迫ってくる。
 
僕は60年よりちょっと昔を、おぼろげに思い出す。母の背中におんぶされて、市場へ買い物に行く。大阪の都島の内代町(うちんだいちょう)にいたころだ。

市場に入ると、僕はかならず、春日八郎の「お富さん」を大きな声で歌った。大阪の話になると、母親は、僕が大人になってからも、必ずそう言った。
 
二、三歳の頃だから、僕は全く覚えていない。でも、春日八郎の「お富さん」は、最初に覚えた歌だ。
 
あるいは母親から、そういうふうに刷り込まれたから、そう思っているだけかもしれない。今となっては、どちらでもいい(それにしても「お富さん」の歌詞はシュールだ)。
 
市場というのは、そういうふうに、ある年齢以上の原風景を、作っているところがある。
 
第一牧志公設市場は、その中でも特に色濃く、出入りした人間の原型を作っているだろう。
 
そういうところでは、お店の人と客は、相対売りが基本だ。これは定価を表示するのではなく、売り手と買い手が丁々発止、話し合って価格を決める。一応、定価は決めてあるけれど、それを基準として、客と店の人で、押し引きをするわけである。だから絶対に定価では、売らないし、買わない。

「市場に買い物にくるのは常連さんだから、話しているうちに家族のことまで知ってしまう。買い物にきたお客さんに『お母さんは元気ですか』ってところから会話に入る。これが相対売りなんですよ。」

「山城こんぶ店」の和子さんはそう言う。
 
第一牧志公設市場とその界隈は、建て替えになればかならず、ちょっと近代化されて、すこしモダンになるだろう。その方が快適だと、当座は思うのだろうが、やがて失われたものが、郷愁のように襲ってくるだろう。

(『市場界隈ー那覇市第一牧志公設市場界隈の人々ー』
 橋本倫史、本の雑誌社、2019年5月25日初刷)

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