久々の愛子節――『九十歳。何がめでたい』

久々の佐藤愛子、帯に「2017年上半期ベストセラー/総合第1位/98万部突破‼/小学生からお年寄りまで/今年最も/読まれている本。」とある。
 
ネットにやられて、本はもうだめだ、ということが如実にわかる。
 
読者が書店に来ても、何か面白いものはないかな、という気持ちが失せている。
 
あるいは、本を作る側に、こんどはこんなふうにして、面白がらせてやろう、あるいは驚かせてやろう、という気がなくなっているのではないか。
 
それで結局、両方の妥協する点が佐藤愛子、そういうことだろう。
 
と、文句は付けたけども、でもやっぱり、佐藤愛子は面白い。
 
ちょっと衰えてはいるけれど(何しろ九十二歳だ)、でも、おもわず含み笑いをするところがある。
 
佐藤愛子はまず、エッセイを書く自分の位置を定める。
 
例えば新聞で、こういう見出しがある。

「『マイナンバー』スマホで利用
 将来 行政手続き可能に」
 
なんだかわからないので、本文の記事を読んでみる。

「何を言っているんだか、さっぱりわからない。だいたい『スマホ』というものがわからない。いつだったか氷雨の降る日に無線タクシーに電話をかけたが、混雑しているとみえて三十分近くかけつづけたがつながらなかった。その後、たまたま乗ったタクシーの運転手氏にそのことを愚痴ったら、彼は一枚のカードをさし出していった。
『このナンバーをスマホで打てば、直接我々に届きますから、早いです』
『スマホ?』」
 
佐藤愛子は、この位置にいる。そしてその位置を、絶対に動かない。というか、もう90を超えているから、動こうにも動けない。
 
しかし、そういう自分を見つめる目は正確で、一点のくもりもない。
 
その結果、結論はシンプルで、そして格調が高い。

「『文明の進歩』は我々の暮らしを豊かにしたかもしれないが、それと引き替えにかつて我々の中にあった謙虚さや感謝や我慢などの精神力を摩滅させて行く。」
 
まあこれはしょうがない。文明というのは、その方向に流れていくものだ。
 
しかし、ときには立ち止まって、考えた方がいいこともある。

「もっと便利に、もっと早く、もっと長く、もっときれいに、もっとおいしいものを、もっともっともっと……
 もう『進歩』はこのへんでいい。更に文明を進歩させる必要はない。進歩が必要だとしたら、それは人間の精神力である。私はそう思う。」
 
ほとんど、池田晶子のセリフである。

(『九十歳。何がめでたい』佐藤愛子
 小学館、2016年8月6日初刷、2017年11月1日第21刷)

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