ついふらふらと――『老いてこそ生き甲斐』

石原慎太郎のエッセイ。新聞か何かの書評に、作者だけが知る真実、かなにか書かれており、江藤淳のことが出ていたので、ついふらふらと買ってしまった。
 
結論から言うと、まあどうしようもない。だからここでは、なぜ慎太郎はつまらないかを書いてみる。
 
と言っても、ともかく平凡、凡庸、光るところが一箇所もない。
 
江藤淳の死をめぐって、「自分はもう以前の自分ではないとあきらめて自ら死んでしまった彼は、いったい何を失ってしまったのだろうか」と言って、疑問形で終わるのでは、どうしようもないでしょう。
 
一点、「孤独感」というものを取り上げて、江藤淳の場合には、それが脳梗塞と相まって、命取りになったということだが、それは江藤淳について、ほとんどの人がいっていることである。
 
ただ昭和天皇について書かれているところは、ちょっと意外だった。

「私が屈辱と怒りを込めた心外を感じたのは、後日の新聞の無残な焼け跡を視察する天皇の写真でした。革の長靴を履いて軍刀をぶら下げ白い手袋をして焼け跡を歩き回る彼の姿は、相変わらず尊大で悲痛な表情など覗えもしなかった。」
 
慎太郎は、特攻隊を美化しているのではなかったっけ。その辺は、つまり天皇崇拝と特攻の美化が、どういうふうにつながるのか、あるいはつながらないのかは、よくわからない。
 
しかし昭和天皇に対する感覚は、ごく正常だと思われる。

「その翌日に天皇の戦争終結の玉音放送なるものを聞かされました。不備なラジオから伝わってくる、初めて聞かされる天皇の、あのちょび髭をつけ白馬に跨り神様と崇められていた男の奇矯な声に驚き、幻滅したのを覚えています。」
 
昭和天皇について、左翼でない人から、これだけはっきりした批判を浴びせられるのは、珍しいだろう。
 
著者が在籍していた一橋大学の寮の話は、それなりに面白い。

「この私もある時、空腹と甘いものほしさに手元に残っていた十五円で何を買うか迷ったものです。当時の菓子パンでの贅沢はカレーパンで十二円、しかしそれでは二つは手には出来ない。迷った末に十円のジャムパンと五円の甘食パンで我慢したものでした。」
 
面白い、たしかに。しかしこれは、ある時期まで大学で寮生活を送った人なら、ほとんど誰でも経験していることだ。
 
そういうわけで、ちかごろ稀に見る、つまらない読書体験であった。

(『老いてこそ生き甲斐』石原慎太郎、幻冬舎、2020年3月25日初刷)

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